ふたり回し

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何もでけんかった! その3

すまない。

ここまでが真面目すぎたんだ。


 9日後、公式大会で、淫売と勝負する。

 突然現れた本番に、Kの顔つきが変わった。

「来週の……土曜日……」

 カレンダーを見つめる瞳に、恐れの影は映っていない。

 勝つことしか考えない、一端の選手の目だ。

「そりゃそうか。齧ったこともない癖に、全一目指すとか言う奴だもんな。お前は」

 俺が笑うと、Kはむきになって怒った。

 コイツの無謀さが、時々本当に羨ましくなる。

 Kを押し戻し、俺はゆっくりと首を振った。

「でも、そういうもんだ。勝てる奴ってのは……」

 勝てよ、K。

 俺の激励に、Kは拳を打って応えた。

 

「ああ、勝ったるわ。勝つんや、憐の奴に」

 試合中に勝敗を予測すること。

 それは、最も避けがたく、最も致命的な罠である。

 勝利を求めるなら、考えていいことは一つだけ。

 勝つために必要なものは何か、だ。

 不思議とコイツには、自然と分かっているような節がある。

「さあ、次は水木だ。除去コンの弱点は覚えてるだろうな」

 環境の主役はcarnaにおいても、速攻と除去コンである。

 裏を返せば、この両者にイーブン以上を取れるなら、それだけでそのデッキは環境に通用するということだ。

「馬鹿にし腐ってからに……速攻やろ? このデッキでも、できんこたないで」

 その通りだ。

 止めれば終わりの速攻が、なぜ大手を振って歩けるのか。

 その理由はただ一つ。

 より大きな物がより小さな物を食らう、生態系の頂点に君臨するデッキ――除去コンに通用するからなのだ。

「できないことはな。逆に、ティアラの筋は簡単につぶされるぞ。先手の泉でも、返しのミステルでも」

 ハンデスで封じ込め、取り逃がしを除去で解消する。

 二段構えの狙い撃ちを、かいくぐることは極めて難しい。

 能動的に守る除去コンのドグマは、carnaにもしっかりと浸透している。

 そして速攻の強みは正に、狙われる的を持たない点にあるのだ。

「ともかく、負担の小さいカード、崩されにくいカードを個別にぶつけていけ。当たりさえすれば、除去コンのガードは堅くない」

 息をついたのも束の間、次のスパーリングが始まった。

 より条件の厳しい水木側の先攻、新デッキは最後まで殴り切れるのか。

「『まんまる尻尾のナージャ』をカーナ! Kの手札を確認して……と。『わんぱくクローナ』を捨て、『負けず嫌いのミサ』を戻せ」

 これでKの手札はミサとアニス、メグの3枚。

 Kはメグでフォロアを狙ってきたが、天秤は予想済みの一枚だ。

 俺は先手を打ってナージャにガードさせ、メグと相打ちに持ち込んでやった。

「『肉球アニス』をペイしてフォロア1、『罪の天秤』! 『浅葱色のシュシュ』を墓地送りや」

 次のターン、俺はシュシュ、Kはメグを出しなおした。

 1ターン目の再現だが、緒戦でKの手札は偏っている。

 フォロアも除去も飛んでこないなら、こちらも安心して展開できるというものだ。

 俺は戦線にシエルを加え、メグの攻撃に合わせて死者の書まで使わせてもらった。

「『はにかみシエル』のアニメイトで『死者の書』をキャスト。墓地から『ミステルの枝』『まんまる尻尾のナージャ』『夢占い』を回収させてもらうぞ」

 手札の枚数はともかく、アニムの差は歴然だ。

 フォロアでクローナが出てきたところで、焼け石に水という他あるまい。

 ナージャを出しつつシエルにミステルをサーチさせ、俺はKにターンを返した。

「糞、殴れへん」

 Kは苦し紛れにイコンを殴ったものの、フォロアがなくては展開はできない。

 俺がバレッタとミステルで蓋をすると、完全に身動きが取れなくなった。

「変に温存したのが仇になったな。序盤に除去は飛んでこないから、もう一体のメグも出した方が良かった」

 それでも粘られてしまったのは、メグにナージャを持って行かれたせいか。

 天秤のプレッシャーが大きく、相打ち狙いでメグをガードするしかない。

 序盤の除去が薄い水木には、一番嫌な展開だ。

「はあ? 普通初手天秤やろ?」

 さも騙されたと言わんばかりに、Kはその場で寝転がった。

 何が普通だ。

 高速天秤は、正真正銘俺の発明ではないか。

 世間一般、不特定大多数の水木は、大人しく水から始まる。

 使わせながら説明までしてやったのに、コイツ、完全に忘れやがったな。

「それはうちの場合だろうが! 入ってねえよ、普通は!」

 出てきても、木のアニメイト役を兼ねたタバサくらいのものである。

「本当に常識がないというか……世間が自分と同じと思うなよ!」

 説教しても、聞いているのは膝小僧だけだ。

 本体は始めから、テーブルの下に避難してしまっている。

 その本体が言い訳したのは、少し経ってからだった。

「しゃーないやんけ。いつも使てるし、水木ゆうたら――」

 このデッキの前身か。

 テーブルに散らばったアニスを見やり、俺は後ろに手をついた。

 いつも見ているのに、なぜ、今まで分からなかったのだろうか。

「そういえば、お前が最初に使ったのもこのデッキだったな」

 普段からメタデッキと戦うし、店舗大会にも何度か出ている。

 それでもKにとっては、俺のデッキがスタンダードなのだ。

 世間より半周進んだ俺だけの地平線が、コイツにも見えているのか。

 他ならぬ、俺の目を通して。

 自分もカーペットに横たわり、俺は蛍光灯の明かりに目を細めた。

 それならば、しかし。

 妙な連帯感に浸ってほっこりしている場合ではない。

 実物の環境を見せるのも、やはり俺の役割なのだ。

「基礎知識か……そうだな。パソコンもあるし、いい機会かもしれない」

 俺は起き上がり、PC用の机についた。

 軽い手ごたえと共にボタンが点灯し、デスクトップの本体が唸りだす。

 ポータルサイト経由で、ニュースだのレポートだのレシピだのを見せてやるとするか。

「何? ネット?」

 Kが寝返りを打ち、のそのそと這ってきた。

 この野郎、初めて入った部屋でゴロゴロしやがって。

 本当にどこまでも図々しい女だ。

 品行というものを教えてやろうとしたその時、俺は目を疑った。

 垂れ下がったボートネックの奥に、生白い谷間が、ある。

 俺は情けなくも、みっともない声を上げてしまった。

「バカ! 何そんなもんぶら下げてんだよ!」

 俺はインテリだ。

 俺はインテリだ!

 俺はインテリだ!!

 インテリは一次欲求に負けない。

 インテリは女体になど惑わされない。

 インテリは、インテリは絶対、おっぱいに興奮したりしない。

 俺はKを見据え、理性を振り絞った。