すまない。
ここまでが真面目すぎたんだ。
9日後、公式大会で、淫売と勝負する。
突然現れた本番に、Kの顔つきが変わった。
「来週の……土曜日……」
カレンダーを見つめる瞳に、恐れの影は映っていない。
勝つことしか考えない、一端の選手の目だ。
「そりゃそうか。齧ったこともない癖に、全一目指すとか言う奴だもんな。お前は」
俺が笑うと、Kはむきになって怒った。
コイツの無謀さが、時々本当に羨ましくなる。
Kを押し戻し、俺はゆっくりと首を振った。
「でも、そういうもんだ。勝てる奴ってのは……」
勝てよ、K。
俺の激励に、Kは拳を打って応えた。
「ああ、勝ったるわ。勝つんや、憐の奴に」
試合中に勝敗を予測すること。
それは、最も避けがたく、最も致命的な罠である。
勝利を求めるなら、考えていいことは一つだけ。
勝つために必要なものは何か、だ。
不思議とコイツには、自然と分かっているような節がある。
「さあ、次は水木だ。除去コンの弱点は覚えてるだろうな」
環境の主役はcarnaにおいても、速攻と除去コンである。
裏を返せば、この両者にイーブン以上を取れるなら、それだけでそのデッキは環境に通用するということだ。
「馬鹿にし腐ってからに……速攻やろ? このデッキでも、できんこたないで」
その通りだ。
止めれば終わりの速攻が、なぜ大手を振って歩けるのか。
その理由はただ一つ。
より大きな物がより小さな物を食らう、生態系の頂点に君臨するデッキ――除去コンに通用するからなのだ。
「できないことはな。逆に、ティアラの筋は簡単につぶされるぞ。先手の泉でも、返しのミステルでも」
ハンデスで封じ込め、取り逃がしを除去で解消する。
二段構えの狙い撃ちを、かいくぐることは極めて難しい。
能動的に守る除去コンのドグマは、carnaにもしっかりと浸透している。
そして速攻の強みは正に、狙われる的を持たない点にあるのだ。
「ともかく、負担の小さいカード、崩されにくいカードを個別にぶつけていけ。当たりさえすれば、除去コンのガードは堅くない」
息をついたのも束の間、次のスパーリングが始まった。
より条件の厳しい水木側の先攻、新デッキは最後まで殴り切れるのか。
「『まんまる尻尾のナージャ』をカーナ! Kの手札を確認して……と。『わんぱくクローナ』を捨て、『負けず嫌いのミサ』を戻せ」
これでKの手札はミサとアニス、メグの3枚。
Kはメグでフォロアを狙ってきたが、天秤は予想済みの一枚だ。
俺は先手を打ってナージャにガードさせ、メグと相打ちに持ち込んでやった。
「『肉球アニス』をペイしてフォロア1、『罪の天秤』! 『浅葱色のシュシュ』を墓地送りや」
次のターン、俺はシュシュ、Kはメグを出しなおした。
1ターン目の再現だが、緒戦でKの手札は偏っている。
フォロアも除去も飛んでこないなら、こちらも安心して展開できるというものだ。
俺は戦線にシエルを加え、メグの攻撃に合わせて死者の書まで使わせてもらった。
「『はにかみシエル』のアニメイトで『死者の書』をキャスト。墓地から『ミステルの枝』『まんまる尻尾のナージャ』『夢占い』を回収させてもらうぞ」
手札の枚数はともかく、アニムの差は歴然だ。
フォロアでクローナが出てきたところで、焼け石に水という他あるまい。
ナージャを出しつつシエルにミステルをサーチさせ、俺はKにターンを返した。
「糞、殴れへん」
Kは苦し紛れにイコンを殴ったものの、フォロアがなくては展開はできない。
俺がバレッタとミステルで蓋をすると、完全に身動きが取れなくなった。
「変に温存したのが仇になったな。序盤に除去は飛んでこないから、もう一体のメグも出した方が良かった」
それでも粘られてしまったのは、メグにナージャを持って行かれたせいか。
天秤のプレッシャーが大きく、相打ち狙いでメグをガードするしかない。
序盤の除去が薄い水木には、一番嫌な展開だ。
「はあ? 普通初手天秤やろ?」
さも騙されたと言わんばかりに、Kはその場で寝転がった。
何が普通だ。
高速天秤は、正真正銘俺の発明ではないか。
世間一般、不特定大多数の水木は、大人しく水から始まる。
使わせながら説明までしてやったのに、コイツ、完全に忘れやがったな。
「それはうちの場合だろうが! 入ってねえよ、普通は!」
出てきても、木のアニメイト役を兼ねたタバサくらいのものである。
「本当に常識がないというか……世間が自分と同じと思うなよ!」
説教しても、聞いているのは膝小僧だけだ。
本体は始めから、テーブルの下に避難してしまっている。
その本体が言い訳したのは、少し経ってからだった。
「しゃーないやんけ。いつも使てるし、水木ゆうたら――」
このデッキの前身か。
テーブルに散らばったアニスを見やり、俺は後ろに手をついた。
いつも見ているのに、なぜ、今まで分からなかったのだろうか。
「そういえば、お前が最初に使ったのもこのデッキだったな」
普段からメタデッキと戦うし、店舗大会にも何度か出ている。
それでもKにとっては、俺のデッキがスタンダードなのだ。
世間より半周進んだ俺だけの地平線が、コイツにも見えているのか。
他ならぬ、俺の目を通して。
自分もカーペットに横たわり、俺は蛍光灯の明かりに目を細めた。
それならば、しかし。
妙な連帯感に浸ってほっこりしている場合ではない。
実物の環境を見せるのも、やはり俺の役割なのだ。
「基礎知識か……そうだな。パソコンもあるし、いい機会かもしれない」
俺は起き上がり、PC用の机についた。
軽い手ごたえと共にボタンが点灯し、デスクトップの本体が唸りだす。
ポータルサイト経由で、ニュースだのレポートだのレシピだのを見せてやるとするか。
「何? ネット?」
Kが寝返りを打ち、のそのそと這ってきた。
この野郎、初めて入った部屋でゴロゴロしやがって。
本当にどこまでも図々しい女だ。
品行というものを教えてやろうとしたその時、俺は目を疑った。
垂れ下がったボートネックの奥に、生白い谷間が、ある。
俺は情けなくも、みっともない声を上げてしまった。
「バカ! 何そんなもんぶら下げてんだよ!」
俺はインテリだ。
俺はインテリだ!
俺はインテリだ!!
インテリは一次欲求に負けない。
インテリは女体になど惑わされない。
インテリは、インテリは絶対、おっぱいに興奮したりしない。
俺はKを見据え、理性を振り絞った。