明けましておめでとうございます。
血迷うな、お前の目の前にいるのはKだ。
お前だって良く知っているだろう。
粗暴で下品で口が悪く、自分磨きと男漁りに余念がない。
正真正銘の糞ビッチではないか。
そんな女の乳に、ありがたみなどあってたまるものか。
あれは安物だ。
歳末売り尽くしの格安品、言わば安乳だ。
安乳ごときに騙されるな、マッシュ・ザ・デッキビルダー!
「どこ見てんねん! 変態!」
今更自分の乳を抱え、怒鳴り散らすK。
安物の癖に、思いあがるのも大概にしろ。
一体どれだけ自分を買いかぶれば、お前の乳に世の男性が魅力を感じると思えるのだ。
「見てないし! 興味ないし! たまたま見えちゃっただけだし!」
俺の弁明に耳を貸さず、Kは右手を振りかぶった。
「興味ないんやったら、ちゃっかり勃起すんな!」
鈍い音、鋭い熱、共振する激痛。
余りの衝撃に、息をすることさえままならない。
股間を押さえながら顔を上げた俺に、Kは無慈悲な追い打ちを加えた。
「ホンッマに懲りんやっちゃな!」
Kめ、覚えていろ。
男にしか分からぬこの痛み。
この大会が終わったら、いつかお前にも味わわせてやるからな。
「K、貴様……せっかく人が座学を教えてやろうという時に」
俺が仄めかした途端、Kは膝立ちでデスクに張り付いた。
本当に腹が立つほど、どこまでも現金な奴だ。
「そやそや、それで、何見んねん? Cタケ」
デッキか?
しれっと尋ねるKに、俺は渋い顔で答えた。
「それもだが、大事なのはレポートだ。最近あった店舗大会とかの」
俺は履歴から『星間受信機』を開き、有名どころのレポートを探した。
画面を送る度、ボイジャーさんの集めた記事が大量に現れる。
「レポート?」
あった。
4/22.HotPit@ビッグストレージ秋葉店、投稿者はブライカンか。
DWDのガチ勢でも、中堅どころのプレイヤーだ。
奴の所見なら、少しは参考になるだろう。
「その日の大会でどんなデッキと当たったとか、どんなデッキが優勝したかとか、人によっては、試合の内容が細かく書いてある。よその環境を知るには一番手軽な方法だな」
神妙な顔つきで、画面を見守るK。
レポートを開くと、無頼漢の無趣味なブログが現れた。
4/22.ホットピット@ビッグストレージ秋葉店。
使用デッキ:水木コントロール。
一回戦から準決勝まで、真っ白な背景に試合の概要がつづられている。
「おお、ホンマに水木やな……一回戦は火単かいな」
初手で『死者の書』を引けたのが幸いしたらしい。
相手もメグからカンナの最速パターンだが、『死者の書』を使い回して完封。
危なげなく二回戦に歩を進めている。
「最近の水木は、火金対策のために回収を増量してるんだ。『死者の書』2枚で延々回したりな」
その代わりに減ったのがハンデスだ。
阪神圏でもホットピットを見ていると実感する。
以前ナージャだった枠が、よくアクアや巴とコンバートされることが増えた。
「それやったら、速攻はもうあかんのちゃう?」
デスクの上で腕を組み、Kは一つ欠伸をした。
何という安直な憶測。
環境というものは、そんなに単純なものではない。
「お前な、今まで大会で、散々速攻と戦ってきたろ」
速攻は、まだ絶滅していない。
実際大会で水木と当たっても、殴り切ってしまうことが多々ある。
「コントロールってもんはな、確実に速攻を止められるようになったりしないの。事故とかじゃなくて、堅くするにも限度ってもんがあるんだよ」
二回戦、ブライカンが当たったのは自分と同じ水木コンだ。
相手の事故につけ入ってミステルの連打で押し切っているが、バレッタがハンデスされたせいでかなり場アドに差がついた。
「自分以外にも水木コンがいる以上、対コントロール戦にも力を割かなければ勝ち残れない……必然的に、防御力は速攻を止められるギリギリのラインに落ち着くことになる」
今日の水木コンも、元をたどれば土木コンだったのである。
物量と除去で上回り、パワーラインも高い土木が、なぜ水木に取って代わられたのか。
ハンデスと回収という、コントロール同型戦の二大要素を持っていたからだ。
水木コンはそれ自体が、コントロール同型戦を形にしたデッキといえよう。
「ギリギリて……なんでもっと堅せんの? 速攻以外なら、大体とれるやん」
俺の話を半分無視して、Kは見当違いの質問を寄越した。
このニワトリが。
珍しく真面目な顔をしていると思ったのに、右から左に抜けているとはどういうことだ。
それとも何か。
それは授業中に居眠りする練習か。
マンツーマンでバレなければ、教室で見破られることはないという算段か。
「だから言っただろ! 水木だよ。速攻対策に枚数を割いたら、ミラー戦に弱くなるだろうが!」
俺が説明し直すと、Kはさらに聞き返した。
「ナンデ?」
何が『ナンデ?』だ。
自明にして判明な事実を、馬鹿丁寧に解説してやっている俺への報いがそれか。
「コントロール同士で戦うのに使うカードの枚数が減るから! 当たり前だろ」
どうだ。
完璧な三段論法ではないか。
これで分からなければ、お前の知能は6歳児並みだ。
「ナンデ?」
本当に便利な言葉だな、『ナンデ?』は。
一言で何でもかんでも迎撃しやがって。
好奇心旺盛な6歳児の親の苦労が、思いやられるというものだ。
いや、好奇心旺盛な6歳児なら、インテリに育つ公算が高い。
苦労が報われる分、6歳児のお守りの方が万倍マシではないか。
「黙れ! そしてよく聞け! 水木コンはコントロール同士の戦いに備え、妨害やリカバリーに相応のスペースを割くことになる。これが大前提だ。そして妨害やリカバリーにスペースがとられるということは、速攻対策に利用できるスペースが限られていることを意味する。これが小前提だ。よって水木コンの速攻対策には穴ができる。これが結論だ。ちゃんと三段論法に――」
いや待て、三段論法の基本は「AならばB」、「Aである」、「よってB」。
大前提はむしろ、妨害にスペースを拡大することと防御にスペースを拡大することが背反しているということではあるまいか。
俺は一瞬迷ったが、堂々とシラを切ることにした。
そもそもKごときに、三段論法が理解できるはずがない。
顔に出さなければ大丈夫だ。
「――なるという訳だ」
俺が自信に満ちた顔で言い切ると、Kはだみ声で吠えたてた。
「嘘つけ、お前今なんか間違うたやろ!」
どうして都合の悪いときだけ、コイツの勘は働くのだ。
俺は咳払いをして、椅子ごとKに向き直った。
「大前提……コントロール対策を増やすと速攻対策は減る。小前提……水木コンは同型戦のためにコントロール対策を増やす。結論……水木コンの速攻対策は減る。これでどうだ」
どうだ、これで文句はあるまい。
DQNごときが、天下の鬼才を手こずらせやがって。
俺の完璧な論理を、しかし、Kは鼻であしらった。
「なんや、そんなん子供でも知っとるわ。速攻の相手ばっかしとるわけにもいかんから、水木コンはある程度までしか堅くならん。速攻にしたら、水木がどんなに強くなっても勝てる見込みがあるゆうことやろ?」
偉いもったいぶった言い方するから、なんやどえらい話かと思たわ
Kは肘をつき、わざとらしく溜め息をくゆらせた。
「いやいやいやいやいや! お前、それ俺の説明を聞いてから考えただろ!」
分かってるなら、なんでわざわざ訊いたんだ。
俺が問いただすと、Kはふてぶてしく居直った。
「Cタケを試した!」
何が試しただ。
ふざけるのも大概にしろ。。
そんなことは関西地区大会、一位で通過してから言ってもらおうか。
怒鳴りつけたい所をぐっとこらえ、俺は話を先に進めた。
「……というわけで、三回戦だ。お待ちかねの火金と当たってる」
環境を支配する、二大メタデッキの衝突。
厚みを持たせたはずの守りが、易々と突破されている。
「火金、やっぱ早いな……一発目の『死者の書』がもう間に合うてへんやん」
開幕リボンから『虹の絵筆』、2ターン目の頭には3体のイコンが揃っていた。
ブライカンはリボンのせいでシュシュを出すことができず、手札をペイして『死者の書』を使ったもののジリ貧。
次のターンにドローした時点で投了している。
「火金の最速パターンだな。リボンがジャックを持ってるから、後攻を引くと初動が潰される」
対策としては、手札を使いこんでジャックの発動条件を回避するか、2コストイコン始動で動くか。
いずれも速攻相手の場合は自殺行為だ。
さっきのスパーでは火金を止められたが、俺たちのデッキは全開の火金をコンスタントに倒せるだろうか。
レポートから『星間受信機』に戻ると、Kは珍しく俺に催促した。
「Cタケ、他の大会はないん?」
ないどころか、このページにも大量に並んでいる。
Kは環境を知るために、俺は変化の兆候を見極めるために。
ボイジャーさんの集めたレポートを漁り倒した。