ここから先、真面目にカードのメタゲームの話が始まるが、果たしてついてこられる人はどれだけいるものか。
Cタケ達がちゃんとカードゲームをやっているからこそ面白い! という作品にしたいものである。
紙コップや包み紙をゴミ箱に放り込み、俺達はそそくさとロッテリアを後にした。
Kが珍しくやる気になったからには、これを逃す手はない。
昨日の復習がてら、俺は電車の中でマークすべきデッキタイプを教えた。
「一番多いのは、まず火金か火単の速攻だろうな。今度の大会は、お前と同じ春に始めた初心者が多い筈だ」
デッキパーツの価格が安く、扱いも簡単。
そして速攻は、水木の除去コンに対抗できる数少ないデッキタイプの一つでもある。
その他のデッキはおおむね除去コンの餌になりがちであり、大抵のTCGで環境が速攻と除去に二分化するのはこのためだ。
土単のような硬さ自慢のデッキが息をしていられるのは、兄貴が意図的に攻め手有利のバランスを作った結果に他ならない。
「後は昨日話した水木と、……土単やっけ」
この3種相手に6割以上がとれるなら、それだけでも十分戦える。
問題は、どの勢力が多いかということだ。
「間をとって土木とかな。実際に出してくるプレイヤーはいても二、三人だろうが、いればそこそこ勝ち上がれるはずだ」
日本人はデッキに安心感を求める。
特に大きな大会では、強さの知れ渡っている定番のデッキに逃げがちだ。
ガチデッキという篩に掛けたつもりでいて、その実横並びの環境に胡坐をかいているに過ぎない。
他人を出し抜こうという野心も、冒険しようという度胸もない、実に情けない民族性である。
「ホンマに当たるもんなん? それ」
そして一晩大会レポを漁っただけで、それが分かってしまう哀しさよ。
「当たるような世の中になって欲しいものだがな……まあ、警戒するに越したことはない」
実際俺達の木火準速攻にとって、除去スペルの豊富な土木は危険な存在だ。
水木と違い、フォロア発動に必要な一発目の攻撃が阻止される恐れがある。
線路沿いの街並みを睨みながら、俺は対土木の試合をシミュレートした。
1ターン目、ドロー効果が付いているマリーかドリーがカーナされる。
こちらはメグかマーシュを出しているはずで、先攻なら返しのターンに攻撃可能だ。
考えられるスペルは主に星の砂。
巻き戻しを1コストのコンに使うということは考えにくい。
ただ後攻の場合は恐らく相手が2ターン目に低コストの木イコンを出してくる。
流行時の定番はいずれも非力なダリアかネッサだったが、問題は木の中型スペルが使用可能になることだ。
2ターン目の攻撃直前に辻斬りだの天秤だのを食らった日には目も当てられまい。
今のところ対抗手段はミサくらいのもので、これも手札を2枚ペイするのが苦し過ぎる。
天秤に引っかからないパワーがあるのも確かなので、諦めてミサを増量すべきか。
逆に一発クラックできれば敵イコンは罪の天秤で一掃できるので、除去カウンターを心配することはないだろう。
巻き戻しが飛んでくることを思うと、アニスから展開していくよりも天秤で相手の展開を遅らせることの方が重要だ。
レーヌが出て来るような段階まで展開されては、最早突破しようがない。
速攻を仕掛ければ厚い手札と除去に阻まれ、大型イコンにつなげば巻き戻しやレーヌに潰される。
スピードの使い分けで対応できる相手ではない。
やはり土木の弱点は、水がらみのテクニカルなコントロールくらいのものだ。
俺達のデッキに入れられるコントロールといえば、除去札位のものだが……
「――や? ――やで、――かい」
アニス抜きで直接使えるのは、1コストのスペルがせいぜい。
1コストの除去スペルといえば誘蛾灯だが、パワー2以下のイコンなどそう多くはない。
金と木の小型イコンの他は、マリー、ちとせ、巴……
何かを掴みかけたその時、俺の考察を邪魔するものが現れた。
「Cタケ! 夙川や! 降りろ!」
Kめ、こんな時に、一体何の用があるというのだ。
ワイシャツの袖をわしづかみにして、Kは力づくで俺を引っ張った。
「やめろ、今閃いたところなんだぞ! インス――」
俺が抗議の声を上げると、Kはさらなる大声で遮った、
「アホ、西宮まで行ってまうぞ!」
西宮? 西宮だと?
いつの間にそんなところまで来ていたのだろう。
引っ張られるままに立ち上がり、窓の外を見渡すと、そこには見慣れた駅のホームがあった。
「なんだ、まだ夙川じゃないか。何が西宮だ」
全く、何につけても大げさな奴だ。
俺が座ろうとすると、Kは周囲の迷惑も構わず怒鳴り続けた。
「その年でボケる奴があるかい! お前んちここやろ!」
しまった。
既に電車が夙川で停まっている。
俺達は服屋の紙袋を抱えたまま、電車のドアに直行した。
幸い空いていたお陰で乗り過ごすことは免れたが、せっかくのアイデアはおじゃんだ。
なんとか欠片だけでも思い出せないものかと、川べりの道を歩きながら俺は先の考察を整理した。
「……土木に勝つためには……何かしらのコントロール要素……」
今のところ、入っているのは除去だけだ。
木と火のカードでコントロール合戦に使えるのは、除去、コスト+、行動制限、そしてクリア。
「ホンマ――脳味噌止まってるから――迷惑や」
速攻の都合としては、クリアを使うにしてもやはり条件付きのミサが限界か。
火矢を使うと手札からペイすることになってしまいがちで、火のイコンを確保しづらくなる。
「――西宮か――一遍顔出しとかんと――皆にも――」
木のカードを使うには、アニメイトできるイコンが出ていないことがネックだ。
初動が木と火でばらけていては低コストのカードばかり増え、その割に立ち上がりまで不安定になってしまう。
1コストで、木で、単発で使える……
「そうか、その手があったか!」
漸く思い出した。
誘蛾灯だ。
誘蛾灯をオプションで2枚差しておけば、土木に限らずコントロールの立ち上がりを遅らせることができる。
なるべく速攻要員を確保したいのは確かだが、天秤使用時にペイするカードとしても誘蛾灯は有難い。
「せやな――Cタケ見せたら――」
そうと決まれば、対策カードのスペースを一から検討し直さなければならない。
マーシュと交換するか、ミサと交換するか。
黒い羽は無理として……ミステルの枝は使いどころが限られているから、一枚減らしてもよいかもしれない。
「よし、帰って早速調整だ! 急ぐぞ!」
俺が足を速めると、Kは突然いきり立った。
「どっちやねん!」
またこれだ。
足りていないのは自分の理解だというのに、話している側が悪いと決めつける。
これでは永遠に進歩が望めまい。
「お前、話を聞いてなかったのか? 誘蛾灯に決まってるだろ。木のスペルは投げ気味に使って、その分火のカードを温存できるように……」
御親切な説明は、しかし、例のごとく遮られてしまった。
「みすまるに行くんか、それとも家に帰るんかゆう話やろ。そんな話一言も出てきてへんからな!」
Kは何を言っているのだろう。
みすまるに行くなら、電車を降りる訳がないではないか。
乗り直すだけ電車賃が勿体ないというものだ。
「帰ってデッキの再調整だ。土木コンに対抗できるかもしれんぞ」
アイデアは鮮度が命。
俺達は大急ぎで家に戻り、ストレージの中を漁った。
誘蛾灯なら、何枚か売らずに残していた筈だ。
「あったで、Cタケ。イコンの方に混じっとったわ」
低コストの除去カードは手札効率が悪く、大抵のカードゲームでは産廃扱いされる。
同じ速攻対策なら、まとめて複数の雑魚を捌ける大型のコンバットトリックの方が手札にもデッキにも優しく、手を止めずに使えて便利。
おまけに誘蛾灯は即時発動ではなく、ドロー時に効果を発揮する反応効果、置物である。
俺もよもや使うまいと思っていたが、本当に世の中何が役に立つか分からない。
「助かった。早速差し替えてみるか」
ボロカードの束をストレージに戻し、俺は準速攻を広げた。
基礎にあたるメグ、アニス、ティアラ、天秤は減らさない。
変更の余地があるのは本筋から外れたクローナ、マーシュ、ミサ、黒い羽、ミステルのスペースだ。
俺達は土水を含む数種類のデッキとスパーリングを繰り返しながら、カードの枚数を調整すること4時間。
陽の光が黄色を帯び始め、Kが漫画を物色し始めたころ、現段階での最適解が決定した。