デッキ診断あるある。
俺のブログをトリシャさんが訪れたのは、寒さの極まった2月の頭だった。
彼女は初めから恐るべき理解力を発揮し、そして驚異的なデッキを作り続けてきた。
理想に傾きすぎる嫌いはあるが、そのアイデアは紛れもなく一級品だ。
「うちから行くで! ヴィオラ、カーナ!」
そのトリシャさんが編み出したコンボが、どれだけのパフォーマンスを見せるのか。
是が非でも、この目で確かめなければならない。
俺は余計な口を出さず、デッキの行く末を見守ることにした。
「『おしゃべりジェリー』をカーナします」
パラガスのデッキは金ベースだ。
高コストまで引っ張るから、殉教令の影響を受けやすい。
Kの長い爪が、紫色のカードをめくった。
幸先よいスタートで、Kにターンが戻ってくる。
Kが手をかけたのは、意外なことに戦利品だ。
互いにガードができないこの状況下では、手札の厚みが生存に直結する。
Kにしてはよい判断、いや、これも俺の指導の賜物か。
ところが胸をなで下ろした次の瞬間、あろうことか、Kの馬鹿は戦利品を墓地に捨ててしまった。
「ユウナ、カーナや!」
何だそれは。
今はスタンバイフェイズだぞ。
なぜイコンをカーナしている。
なぜ戦利品が無くなっているのだ。
「Kさん、駄目ですよ、手札から直接カーナしては。必ず一旦、フィールドにスタンバイしてください」
いや、問題はそこではない。
「えーやん、大会とちゃうし、出したら一緒やろ」
コイツを発見する前の俺ならば絶対に看過できない発言だが、問題は本当にそこではない。
ドリーのコストは2。
ペイした2枚とドリーで、Kはもう手札切れだ。
「そら、ヴィオラでアタック、右から二番目の手札をクラックや!」
何という無駄な威勢の良さ。
全く戦況が分かっていない。
「僕のターン、ドロー。Kさんのスペルはないから、ジェリーで直接攻撃します」
だめだ、眩暈がしてきた。
まさかとは思っていたが、本当にKがここまで阿呆だったとは。
俺はテーブルに肘をつき、両手で顔を覆った。
「ふん、ドリーでガードしたる」
やっぱりだ。
そもそものコンセプトからして、全く理解できていない。
「K、ガードはできない……」
「できないでオジャルな」
「できませんね」
3人同時のツッコミを喰らって、Kは不遜にも憮然としている。
見えない。
進むべき道が、どこにも。
俺に一体どうしろというのだ。
この阿呆を勝たせる方法が、一体どこにあるというのだ。
「ハァ? 何分からんこと抜かしとん」
分からないのはこっちの方だ。
お前は一体何を聞いていた。
「ほら、Kさん、さっき殉教令を出したでしょ? そのカードが出ている間は、誰もガードできないんですよ」
パラガスの片手落ちな説明を、Kは頷きながら聞いている。
まるで初めて聞いたかのような、神妙な顔つきで。
「……そーゆーことか、なんや、分かってもうたらえらい簡単やな」
やっと分かったか、DQNめ。
全うな人間ならば当然反省すべきところだが、普通のことをKに期待してはいけない。
「オイコラ、Cタケ! なんでこんなもん入れたんや!」
イタリア人もびっくりの巻き舌で、Kは唾を撒き散らしながらまくしたてた。
殉教令は、トリシャさんという才能のもたらした現代の福音に他ならない。
己の無関心を棚に上げて、よくもこんなもん呼ばわりが出来るものだ。
「なんでも糞も、最初からそういうコンセプトだったじゃねーか! お互いの攻撃が素通りして、大きなイコンが出てこなければ、ドローと除去の厚い方が勝つ!」
それをわざわざ自滅する曲芸を持ってきて、デッキが強いの弱いのと言われてたまるものか。
俺の堂々たる啖呵に見とれて、トリシャさんたちは言葉を失っている。
そうだ、何を臆することがある。
俺はいつだって正しかったではないか。
間違っているのは、咎められるべきは誰だ。
悔しかったら、何か言い返してみせろ。
俺は審判の席につき、決然とKを睨み付けた。
「厚い方がなんやって? 実際2ターンで負けとるやんけ」
お決まりの頭突きを、俺は頭突きで受け止めた。
そう何度も同じ手を喰らってたまるものか。
「使いきったバカは誰だ! ドリーならフォロアでも出せるだろうが!」
まずい。
コイツに付き合っていると、自分が野蛮になっていく気がする。
背に腹は代えられないとはいえ、これは受け入れがたい事態だ。
「あ、そっか。それもそーやな……手札をなるべく残して、か」
徹底抗戦の甲斐があり、とうとうKは過ちを認めた。
唇を尖らせ、いかにも不服そうな顔だ。
「相手のイコンより、手札が多く残ってるようにな。逆にドローはチャンスがあれば狙っていけ。戦利品とか、ドリーとか」
俺はカードを取りだし、Kにしっかりと覚え込ませた。
これで覚えてくれれば、これほど苦労はしないのだが。
「では、もう一ゲームやってみましょう。蛍さん、手札を大事に使ってください」
八汐さんは手を叩き、試験運用を再開させた。
今度はKも手札を大事に使い、殉教令の支配下で勝負を有利に進めている。
「手札を二枚ペイして、『絢爛のマラカ』をカーナ」
パラガスは、加減しながら反撃を加えているようだ。
マラカの登場で小型イコンの動きが止まり、形勢は逆転する。
「土にはこんな守り方もあるんだ。さあ、Kさんは、どうやってマラカを突破する?」
ご丁寧に、パラガスは問題を出して見せた。
この場合は、殉教令を潰してミステルの枝だろうか。
口を出そうとするトリシャさんを、八汐さんがすかさず取り押さえた。
「うちのターン、ドロー。カードを一枚スタンバイ」
Kめ。
またカウンターを忘れたな。
ペイだけで賄ったら、手札があっという間に枯渇するぞ。
「手札を一枚ドローして……カーナはなし。Kさん、スペルはありませんか?」
コイツも苦労するな。
俺が冷ややかに見守る中、Kはきっちりとミステルをキャストした。
「ミステルの枝、マラカをアセンドや!」
せっかく作ったマージンが、1ターンでパーだ。
カウンターを待てばよいものを、これでアタック3発分も損をしているのである。
ジェリ―とソニンのアタックでKの手札は0枚となり、Kは崖っぷちで次のターンを迎えた。
「うちのターン、ドロー」
ドローができれば、まだなんとか鐘馗がある。
Kがカードを手札に加えるのを俺はじっと見守ったが、引き当てたのは、アルファだった。
「あかん、次のターンで負けるわ」
Kは手札をテーブルに投げ、むくれた顔で俺を睨み付けた。
「また負けたやんか! Cタケ、どうにかならんのか」
悉く墓穴を掘っているのは他ならぬKである。
パラガスとは言わず、ユキト程度の腕があれば。
せめて凡人程度の才能があれば。
俺が歯ぎしりしながらこらえていると、パラガスが無茶苦茶を言い出した。
「コストに手札をとられないように、カードを全体的に軽くしたらどうかな?」
愚かな。
手札がなくなるのは、カウンター、フォロア狙いのカードをやみくもに出したせいではないか。
相手の攻撃を計算に入れれば、無駄な手札を使わずに同じペースで展開できるのだ。
「ホンマや! そしたらマトモに殴れるようになるんちゃうん?」
Kは身を乗り出し、パラガスの愚策を称えた。
手出しのカードを増やして、高コストのカードを減らすだと。
ホンマどころか、見当違いも甚だしい。
「待たれい! 先程から黙って聞いてオレバ、手札がとられるだのマトモに殴れるだの……このパトリシア・ポンパドゥール、デタラメにはハッキリともの申させて頂くでえオジャル!」
俺が口を出す前に、考案した本人が立ち上がった。
そう、この場にいるのは鈍才ばかりではない。
馬鹿共お得意の多数決に持ち込まれたとしても、泣き寝入りする必要はないのだ。
「言ってやって下さい! トリシャさん! このバーバリアン共に、合理的な運用というものを!」
テーブルを見渡し、トリシャさんは大きく胸を張った。
息を吸う厳かな音が、ここまで聞こえてくる。
「殉教令の狙い目は、攻め入ることには非ず。その心は、あぶり出した隠れ切支丹を罠にかけることにこそアレ!」
そう、相手に攻撃させることこそ、殉教令の真の役割なのだ。
殉教令は、殴れないイコンにも攻撃を強いる。
コントロール向けのCIPイコンや、中速ビートのアニメイト要因にまで。
「パティ、話題が逸れていますよ。問題は、どうやって決定力を上げるかということなのです」
駄目だ、伝わっていない。
なんだってトリシャさんは、大事な時に限って変なたとえ話を始めてしまうのだ。
「違うでオジャル! そもそもの狙いが呪詛返しなれば、狩人の如く周到に罠をしかけるを専らとすべきでアロウ!」
トリシャさん必死の警告を無視して、素人たちの簡単ビルディングは迷走を始めた。
「最初に持続スペル出すんもあるけど、やっぱ足が重いゆうか……」
「基礎的な攻撃力を上げるために、火を使ってみてはどうでしょう?」
「そうだね。知ってるカードが多いから、Kさんにもとっつきやすいんじゃないかな」
やめろ、当初のコンセプトが崩壊する。
ドローやエンリッチとのシナジーはどうなったのだ。
高コストカウンターからのワンサイドゲームはどこにいった。
「3色だと、準速攻は厳しいなぁ。木は抜けないとして、どうなる? 土から火に変えたら」
よい思いつきだと信じ込んでいるのだろう。
パラガスはにこやかに提案した。
そんな愚策に比べれば 新興国のミックス債権の方がよほど堅実だ。
重く冷たい痛みが、容赦なく俺の頭を締め上げる。
「何を……、パラガス、このデッキの……」
なけなしの声を振り絞ったが、出て来るのは呻きばかり。
必死の訴えも空しく、目の前では、残忍な解体ショーが続いた。
「カンナやろ? マーシュやろ? 鐘やろ? ……なんや、入れたいカードぎょーさんあるなぁ」
俺のタックルケースを漁り、Kはカードを並べていく。
このままでは、このままではデッキがどんどん劣化してしまう。
天才的なインスピレーションの賜物が、凡庸なプレジャディスに呑まれてしまう。
誰か、この茶番を止める者はいないのか。
俺は店を見渡し、そして見つけた。
八汐さんの後ろで、這いつくばるトリシャさんを。
「余り高コストの木カードも抜きましょう。代わりに辻斬りを入れて……」
八汐さんは話しながら、カバーからアルファを取り出している。
頭が、頭が割れる。バラバラになってしまう。
今すぐやめさせなくては、俺の命が危うい。
こんな、こんな馬鹿な真似をこれ以上、やめろ、やめてくれ。
砕け散りゆく意識の欠片が最後に映して見せたのは、短いKの言葉だった。
「なー、一手目除去の方が、手っ取り早ーない?」