ふたり回し

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こんな勝負ができるものとは! その9

デッキ診断あるある。


 俺のブログをトリシャさんが訪れたのは、寒さの極まった2月の頭だった。

 彼女は初めから恐るべき理解力を発揮し、そして驚異的なデッキを作り続けてきた。

 理想に傾きすぎる嫌いはあるが、そのアイデアは紛れもなく一級品だ。

「うちから行くで! ヴィオラ、カーナ!」

 そのトリシャさんが編み出したコンボが、どれだけのパフォーマンスを見せるのか。

 是が非でも、この目で確かめなければならない。

 俺は余計な口を出さず、デッキの行く末を見守ることにした。

「『おしゃべりジェリー』をカーナします」

 パラガスのデッキは金ベースだ。

 高コストまで引っ張るから、殉教令の影響を受けやすい。

ヴィオラアニメイト、スペル、『殉教令』や!」

 Kの長い爪が、紫色のカードをめくった。

 幸先よいスタートで、Kにターンが戻ってくる。

 Kが手をかけたのは、意外なことに戦利品だ。

 互いにガードができないこの状況下では、手札の厚みが生存に直結する。

 Kにしてはよい判断、いや、これも俺の指導の賜物か。

 ところが胸をなで下ろした次の瞬間、あろうことか、Kの馬鹿は戦利品を墓地に捨ててしまった。

「ユウナ、カーナや!」

 何だそれは。

 今はスタンバイフェイズだぞ。

 なぜイコンをカーナしている。

 なぜ戦利品が無くなっているのだ。

「Kさん、駄目ですよ、手札から直接カーナしては。必ず一旦、フィールドにスタンバイしてください」

 いや、問題はそこではない。

「えーやん、大会とちゃうし、出したら一緒やろ」

 コイツを発見する前の俺ならば絶対に看過できない発言だが、問題は本当にそこではない。

 ドリーのコストは2。

 ペイした2枚とドリーで、Kはもう手札切れだ。

「そら、ヴィオラでアタック、右から二番目の手札をクラックや!」

 何という無駄な威勢の良さ。

 全く戦況が分かっていない。

「僕のターン、ドロー。Kさんのスペルはないから、ジェリーで直接攻撃します」

 だめだ、眩暈がしてきた。

 まさかとは思っていたが、本当にKがここまで阿呆だったとは。

 俺はテーブルに肘をつき、両手で顔を覆った。

「ふん、ドリーでガードしたる」

 やっぱりだ。

 そもそものコンセプトからして、全く理解できていない。

「K、ガードはできない……」

「できないでオジャルな」

「できませんね」

 3人同時のツッコミを喰らって、Kは不遜にも憮然としている。

 見えない。

 進むべき道が、どこにも。

 俺に一体どうしろというのだ。

 この阿呆を勝たせる方法が、一体どこにあるというのだ。

「ハァ? 何分からんこと抜かしとん」

 分からないのはこっちの方だ。

 お前は一体何を聞いていた。

「ほら、Kさん、さっき殉教令を出したでしょ? そのカードが出ている間は、誰もガードできないんですよ」

 パラガスの片手落ちな説明を、Kは頷きながら聞いている。

 まるで初めて聞いたかのような、神妙な顔つきで。

「……そーゆーことか、なんや、分かってもうたらえらい簡単やな」

 やっと分かったか、DQNめ。

 全うな人間ならば当然反省すべきところだが、普通のことをKに期待してはいけない。

「オイコラ、Cタケ! なんでこんなもん入れたんや!」

 イタリア人もびっくりの巻き舌で、Kは唾を撒き散らしながらまくしたてた。

 殉教令は、トリシャさんという才能のもたらした現代の福音に他ならない。

 己の無関心を棚に上げて、よくもこんなもん呼ばわりが出来るものだ。

 

「なんでも糞も、最初からそういうコンセプトだったじゃねーか! お互いの攻撃が素通りして、大きなイコンが出てこなければ、ドローと除去の厚い方が勝つ!」

 それをわざわざ自滅する曲芸を持ってきて、デッキが強いの弱いのと言われてたまるものか。

 俺の堂々たる啖呵に見とれて、トリシャさんたちは言葉を失っている。

 そうだ、何を臆することがある。

 俺はいつだって正しかったではないか。

 間違っているのは、咎められるべきは誰だ。

 悔しかったら、何か言い返してみせろ。

 俺は審判の席につき、決然とKを睨み付けた。

「厚い方がなんやって? 実際2ターンで負けとるやんけ」

 お決まりの頭突きを、俺は頭突きで受け止めた。

 そう何度も同じ手を喰らってたまるものか。

 

「使いきったバカは誰だ! ドリーならフォロアでも出せるだろうが!」 

 

 まずい。

 コイツに付き合っていると、自分が野蛮になっていく気がする。

 背に腹は代えられないとはいえ、これは受け入れがたい事態だ。

「あ、そっか。それもそーやな……手札をなるべく残して、か」

 徹底抗戦の甲斐があり、とうとうKは過ちを認めた。

 唇を尖らせ、いかにも不服そうな顔だ。

「相手のイコンより、手札が多く残ってるようにな。逆にドローはチャンスがあれば狙っていけ。戦利品とか、ドリーとか」

 俺はカードを取りだし、Kにしっかりと覚え込ませた。

 これで覚えてくれれば、これほど苦労はしないのだが。

「では、もう一ゲームやってみましょう。蛍さん、手札を大事に使ってください」

 八汐さんは手を叩き、試験運用を再開させた。

 今度はKも手札を大事に使い、殉教令の支配下で勝負を有利に進めている。

 

「手札を二枚ペイして、『絢爛のマラカ』をカーナ」

 パラガスは、加減しながら反撃を加えているようだ。

 マラカの登場で小型イコンの動きが止まり、形勢は逆転する。

「土にはこんな守り方もあるんだ。さあ、Kさんは、どうやってマラカを突破する?」

 ご丁寧に、パラガスは問題を出して見せた。

 この場合は、殉教令を潰してミステルの枝だろうか。

 口を出そうとするトリシャさんを、八汐さんがすかさず取り押さえた。

「うちのターン、ドロー。カードを一枚スタンバイ」

 Kめ。

 またカウンターを忘れたな。

 ペイだけで賄ったら、手札があっという間に枯渇するぞ。

「手札を一枚ドローして……カーナはなし。Kさん、スペルはありませんか?」

 コイツも苦労するな。

 俺が冷ややかに見守る中、Kはきっちりとミステルをキャストした。

「ミステルの枝、マラカをアセンドや!」

 せっかく作ったマージンが、1ターンでパーだ。

 カウンターを待てばよいものを、これでアタック3発分も損をしているのである。

 ジェリ―とソニンのアタックでKの手札は0枚となり、Kは崖っぷちで次のターンを迎えた。

 

「うちのターン、ドロー」

 ドローができれば、まだなんとか鐘馗がある。

 Kがカードを手札に加えるのを俺はじっと見守ったが、引き当てたのは、アルファだった。

 

「あかん、次のターンで負けるわ」

 Kは手札をテーブルに投げ、むくれた顔で俺を睨み付けた。

「また負けたやんか! Cタケ、どうにかならんのか」

 悉く墓穴を掘っているのは他ならぬKである。

 パラガスとは言わず、ユキト程度の腕があれば。

 せめて凡人程度の才能があれば。

 俺が歯ぎしりしながらこらえていると、パラガスが無茶苦茶を言い出した。

「コストに手札をとられないように、カードを全体的に軽くしたらどうかな?」

 愚かな。

 手札がなくなるのは、カウンター、フォロア狙いのカードをやみくもに出したせいではないか。

 相手の攻撃を計算に入れれば、無駄な手札を使わずに同じペースで展開できるのだ。

「ホンマや! そしたらマトモに殴れるようになるんちゃうん?」

 Kは身を乗り出し、パラガスの愚策を称えた。

 手出しのカードを増やして、高コストのカードを減らすだと。

 ホンマどころか、見当違いも甚だしい。

 

「待たれい! 先程から黙って聞いてオレバ、手札がとられるだのマトモに殴れるだの……このパトリシア・ポンパドゥール、デタラメにはハッキリともの申させて頂くでえオジャル!」

 俺が口を出す前に、考案した本人が立ち上がった。

 そう、この場にいるのは鈍才ばかりではない。

 馬鹿共お得意の多数決に持ち込まれたとしても、泣き寝入りする必要はないのだ。

「言ってやって下さい! トリシャさん! このバーバリアン共に、合理的な運用というものを!」

 テーブルを見渡し、トリシャさんは大きく胸を張った。

 息を吸う厳かな音が、ここまで聞こえてくる。

「殉教令の狙い目は、攻め入ることには非ず。その心は、あぶり出した隠れ切支丹を罠にかけることにこそアレ!」

 そう、相手に攻撃させることこそ、殉教令の真の役割なのだ。

 殉教令は、殴れないイコンにも攻撃を強いる。

 コントロール向けのCIPイコンや、中速ビートのアニメイト要因にまで。

「パティ、話題が逸れていますよ。問題は、どうやって決定力を上げるかということなのです」

 駄目だ、伝わっていない。

 なんだってトリシャさんは、大事な時に限って変なたとえ話を始めてしまうのだ。

「違うでオジャル! そもそもの狙いが呪詛返しなれば、狩人の如く周到に罠をしかけるを専らとすべきでアロウ!」

 トリシャさん必死の警告を無視して、素人たちの簡単ビルディングは迷走を始めた。

「最初に持続スペル出すんもあるけど、やっぱ足が重いゆうか……」

「基礎的な攻撃力を上げるために、火を使ってみてはどうでしょう?」

「そうだね。知ってるカードが多いから、Kさんにもとっつきやすいんじゃないかな」

 やめろ、当初のコンセプトが崩壊する。

 ドローやエンリッチとのシナジーはどうなったのだ。

 高コストカウンターからのワンサイドゲームはどこにいった。

「3色だと、準速攻は厳しいなぁ。木は抜けないとして、どうなる? 土から火に変えたら」

 よい思いつきだと信じ込んでいるのだろう。

 パラガスはにこやかに提案した。

 そんな愚策に比べれば 新興国のミックス債権の方がよほど堅実だ。

 重く冷たい痛みが、容赦なく俺の頭を締め上げる。

 

「何を……、パラガス、このデッキの……」

 なけなしの声を振り絞ったが、出て来るのは呻きばかり。

 必死の訴えも空しく、目の前では、残忍な解体ショーが続いた。

「カンナやろ? マーシュやろ? 鐘やろ? ……なんや、入れたいカードぎょーさんあるなぁ」

 俺のタックルケースを漁り、Kはカードを並べていく。

 このままでは、このままではデッキがどんどん劣化してしまう。

 天才的なインスピレーションの賜物が、凡庸なプレジャディスに呑まれてしまう。

 誰か、この茶番を止める者はいないのか。

 俺は店を見渡し、そして見つけた。

 八汐さんの後ろで、這いつくばるトリシャさんを。

 

「余り高コストの木カードも抜きましょう。代わりに辻斬りを入れて……」

 八汐さんは話しながら、カバーからアルファを取り出している。

 頭が、頭が割れる。バラバラになってしまう。

 今すぐやめさせなくては、俺の命が危うい。

 こんな、こんな馬鹿な真似をこれ以上、やめろ、やめてくれ。

 砕け散りゆく意識の欠片が最後に映して見せたのは、短いKの言葉だった。

「なー、一手目除去の方が、手っ取り早ーない?」