ふたり回し

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なんて可哀相なのかしら! その3

改良により高速化したCタケの水木フォロアビート。

後ほどレシピも公開してもらいます。


 テーブルに向かうKに、人だかりが何となくついてゆく。

 姉妹揃って自信過剰なのか、それとも何か策があるのか。

 アウェイであるにも関わらず淫売は余裕の表情だ。

 Kが乱暴に椅子を引き出し、音を立てて飛び乗ると、淫売は向かいにそっと座った。

「分かってるだろうな……下らない挑発に乗るなよ。普通にやれば普通に勝てる筈だ。勝ち急がずに、余裕を残して攻めていけ」

 俺はKに耳打ちして、ギャラリーの中に混ざった。

 どうせ大会ではないのだ。

 これくらいは問題ないだろう。

 俺たちの見守る中、静かにシャッフルが始まった。

 淫売が手を止め、Kにデッキを差し出す。

「へえ、試合の手順くらいは調べてきたみたいだな」

 アキノリが茶化すと、小学生たちが笑い出した。

 いいそ、アキノリ。

 まんまホビー漫画に出て来るぽっと出の不良だが、今日だけは特別に許す。

 淫売め。

 選民たるオタクを侮辱した罪、この程度で許されると思うなよ。

 思う存分、俺のデッキに蹂躙されるがいい。

「両選手、握手。この場はKさんの身内ばかりなので、憐さんにコイントスを行って頂きます」

 またパラガスだ。

 気が付くと、何故かこいつがジャッジに納まっている。

 アキノリなら、狙って裏を出すくらいのことはやるのだが。

「……表や」

 Kの当ては外れ、淫売の弾いた10円は一回跳ねて裏向きに落ちた。

 ビートダウンとしては先行が欲しいところだが、このデッキには除去スペルも入っている。

 初期手札6枚を活かしきれば、ペースを取り戻すことは容易だ。

「私のターン、カードを1枚スタンバイ。『星の砂』で『おねだりマリー』をカーナ」

 アタッカーも伏せ呪文もない、地味なスタート。

 淫売のデッキは土メインか。

 

「ウチのターン、ドロー。カードを3枚スタンバイ、『ミステルの枝』、『気取りやアンニン』で『赤羽白の巴』をカーナ」

 それでいい。

 相手はスロースタートだ。

 多少の隙を作っても構わない。

 先手で形勢を固めてしまえ。

「巴の効果で山札から『辻斬り』を手札に。『浅葱色のシュシュ』を捨てて『さすらいのコメット』もカーナ」

 ターンエンドや。

 Kはラッシュに向け、着々とカードを集めている。

 あんなことがあったばかりで若干の不安はあったが、いつになく順当な立ち回りではないか。

 アイツに限っては、多少凹んでいるくらいの方が冷静になれていいのかもしれない。

 

「大丈夫かな? K姉ちゃん」

 せっかく順調だというのに、ユキトは何を言っているのだ。

 天才デッキビルダー・マッシュのデッキが、ド素人に苦戦するものか。

「今のところはな。このままKがヘマをしなければ、俺のデッキが勝つ」

 あのデッキに入った水のスペルは二つ。

 そのいずれもが、打撃戦を支援するカードだ。

 返しのターン、ひとたび強化スペルが炸裂すれば、もはや誰にもこのラッシュを止めることはできない。

「私のターン、ドロー。カードを一枚スタンバイ」

 マリーのパワーでは、シュシュと打ち合うことはできない。

 地道に展開するか、手札を溜めて攻撃に備えるか。

 どちらの道を選ぼうが、待っているのは蹂躙戦だ。

 さあ、スペルフェイズをこっちに寄越せ。

 無慈悲で徹底的な敗北を受け入れろ。

「『おしゃべりジェリー』をペイ、『おねだりマリー』のアニメイトで、『人形遣いカーニャ』をカーナだよ」

 金のイコン。

 高コストのカードが出て来る可能性が生じた。

 だが、その立ち上がりはお粗末だな。

 carnaに限らず、ブーストは早ければ早いほど効果が高い。

 理由は簡単、より多くの段階で、より高コストのカードを使えるからだ。

 だから大抵のデッキでは、金や木の一番打者が火や土のカードにアニメイトする。

 それが証拠に、もう2ターン目であるにも関わらず、淫売が出せたのはたかだかパワー4のフォースアクト。

 それも対処の容易なジャックだ。

「なんだ。自信満々だった割に、全然大したことなえな」

 アキノリはニヤニヤしながら、間抜けな実況解説を始めた。

「巴一匹倒したところで、カーニャは辻斬りの射程内だぜ。サーチで後続が入るし、多少のカウンターじゃどうにもならないだろ」

 確かにお前の読みは概ね正解だ。

 淫売は雑魚に過ぎず、カーニャは動く前に辻斬りの餌食となる。

 ただし。

「ウチのスペルフェイズ。赤羽白の巴のアニメイトで、『子守歌』をキャスト!」

 こちらのイコンは無傷、始まるのは一方的な総攻撃だ。

 スペルの出現に、淫売の0円スマイルが凍り付く。

 これで淫売には、こちらのイコンに触れることすらできない。

 淫売に取れる行動は残されておらず、そのままターンが終わった。

「うちのターン、ドロー!」

 さあ行け、格の違いを見せてやれ。

 Kは2枚のカードをスタンバイし、アタックフェイズを迎えた。

 手札は0。

 準備は全て整った。

 後は殴るだけ。

 持てる全ての力を相手に叩きつけるだけ。

「『さすらいのコメット』、アタック! 右側の手札をクラックや!」

 ガードの確認は必要ない。

 淫売が捨てたのは『宝探し』。

 強力なカウンターだが、タイミングが悪かったな。

『宝探し』は土コスト1.

 最後の手札が土属性なら、あるいはマリーが起きたなら、死にぞこないもしただろうに。

「コメットの反応効果発動、山札から『辻斬り』を手札へ!」

 まだだ。

 この攻撃シークエンスは、コメットのアクションでは終わらない。

 

「フォロア0! 『辻斬り』の効果で、『人形遣いカーニャ』を墓地へ」

 見たか淫売。

 攻撃しつつサーチ、攻撃しつつ除去。

 この攻防一体の動きこそが、carnaというゲームの神髄なのだ。

「もう一匹……『赤羽白の巴』で、残った手札に攻撃するわ」

 既に場は1:2。

 淫売に手札はなく、Kの手元には次の弾がある。

 ここからさらにフォロアが入れば、戦力差は決定的なものとなる。

 それなのに――

「ああ、なんて可哀相なのかしら……」

 ――なぜこの女は、薄ら笑いを浮かべているのか。

 さっきまでの作り笑いとは違う。

 玩具を嘲笑う、残忍な獣の笑顔だ。

「可哀相なお姉ちゃん。せっかく勝てると思ったのに、こんな所で躓いちゃうなんて」

 カウンター0。

 淫売の宣言に、俺は思わず身構えた。

「『新緑のカチューシャ』、カーナ」