改良により高速化したCタケの水木フォロアビート。
後ほどレシピも公開してもらいます。
テーブルに向かうKに、人だかりが何となくついてゆく。
姉妹揃って自信過剰なのか、それとも何か策があるのか。
アウェイであるにも関わらず淫売は余裕の表情だ。
Kが乱暴に椅子を引き出し、音を立てて飛び乗ると、淫売は向かいにそっと座った。
「分かってるだろうな……下らない挑発に乗るなよ。普通にやれば普通に勝てる筈だ。勝ち急がずに、余裕を残して攻めていけ」
俺はKに耳打ちして、ギャラリーの中に混ざった。
どうせ大会ではないのだ。
これくらいは問題ないだろう。
俺たちの見守る中、静かにシャッフルが始まった。
淫売が手を止め、Kにデッキを差し出す。
「へえ、試合の手順くらいは調べてきたみたいだな」
アキノリが茶化すと、小学生たちが笑い出した。
いいそ、アキノリ。
まんまホビー漫画に出て来るぽっと出の不良だが、今日だけは特別に許す。
淫売め。
選民たるオタクを侮辱した罪、この程度で許されると思うなよ。
思う存分、俺のデッキに蹂躙されるがいい。
「両選手、握手。この場はKさんの身内ばかりなので、憐さんにコイントスを行って頂きます」
またパラガスだ。
気が付くと、何故かこいつがジャッジに納まっている。
アキノリなら、狙って裏を出すくらいのことはやるのだが。
「……表や」
Kの当ては外れ、淫売の弾いた10円は一回跳ねて裏向きに落ちた。
ビートダウンとしては先行が欲しいところだが、このデッキには除去スペルも入っている。
初期手札6枚を活かしきれば、ペースを取り戻すことは容易だ。
「私のターン、カードを1枚スタンバイ。『星の砂』で『おねだりマリー』をカーナ」
アタッカーも伏せ呪文もない、地味なスタート。
淫売のデッキは土メインか。
「ウチのターン、ドロー。カードを3枚スタンバイ、『ミステルの枝』、『気取りやアンニン』で『赤羽白の巴』をカーナ」
それでいい。
相手はスロースタートだ。
多少の隙を作っても構わない。
先手で形勢を固めてしまえ。
「巴の効果で山札から『辻斬り』を手札に。『浅葱色のシュシュ』を捨てて『さすらいのコメット』もカーナ」
ターンエンドや。
Kはラッシュに向け、着々とカードを集めている。
あんなことがあったばかりで若干の不安はあったが、いつになく順当な立ち回りではないか。
アイツに限っては、多少凹んでいるくらいの方が冷静になれていいのかもしれない。
「大丈夫かな? K姉ちゃん」
せっかく順調だというのに、ユキトは何を言っているのだ。
天才デッキビルダー・マッシュのデッキが、ド素人に苦戦するものか。
「今のところはな。このままKがヘマをしなければ、俺のデッキが勝つ」
あのデッキに入った水のスペルは二つ。
そのいずれもが、打撃戦を支援するカードだ。
返しのターン、ひとたび強化スペルが炸裂すれば、もはや誰にもこのラッシュを止めることはできない。
「私のターン、ドロー。カードを一枚スタンバイ」
マリーのパワーでは、シュシュと打ち合うことはできない。
地道に展開するか、手札を溜めて攻撃に備えるか。
どちらの道を選ぼうが、待っているのは蹂躙戦だ。
さあ、スペルフェイズをこっちに寄越せ。
無慈悲で徹底的な敗北を受け入れろ。
「『おしゃべりジェリー』をペイ、『おねだりマリー』のアニメイトで、『人形遣いのカーニャ』をカーナだよ」
金のイコン。
高コストのカードが出て来る可能性が生じた。
だが、その立ち上がりはお粗末だな。
carnaに限らず、ブーストは早ければ早いほど効果が高い。
理由は簡単、より多くの段階で、より高コストのカードを使えるからだ。
だから大抵のデッキでは、金や木の一番打者が火や土のカードにアニメイトする。
それが証拠に、もう2ターン目であるにも関わらず、淫売が出せたのはたかだかパワー4のフォースアクト。
それも対処の容易なジャックだ。
「なんだ。自信満々だった割に、全然大したことなえな」
アキノリはニヤニヤしながら、間抜けな実況解説を始めた。
「巴一匹倒したところで、カーニャは辻斬りの射程内だぜ。サーチで後続が入るし、多少のカウンターじゃどうにもならないだろ」
確かにお前の読みは概ね正解だ。
淫売は雑魚に過ぎず、カーニャは動く前に辻斬りの餌食となる。
ただし。
「ウチのスペルフェイズ。赤羽白の巴のアニメイトで、『子守歌』をキャスト!」
こちらのイコンは無傷、始まるのは一方的な総攻撃だ。
スペルの出現に、淫売の0円スマイルが凍り付く。
これで淫売には、こちらのイコンに触れることすらできない。
淫売に取れる行動は残されておらず、そのままターンが終わった。
「うちのターン、ドロー!」
さあ行け、格の違いを見せてやれ。
Kは2枚のカードをスタンバイし、アタックフェイズを迎えた。
手札は0。
準備は全て整った。
後は殴るだけ。
持てる全ての力を相手に叩きつけるだけ。
「『さすらいのコメット』、アタック! 右側の手札をクラックや!」
ガードの確認は必要ない。
淫売が捨てたのは『宝探し』。
強力なカウンターだが、タイミングが悪かったな。
『宝探し』は土コスト1.
最後の手札が土属性なら、あるいはマリーが起きたなら、死にぞこないもしただろうに。
「コメットの反応効果発動、山札から『辻斬り』を手札へ!」
まだだ。
この攻撃シークエンスは、コメットのアクションでは終わらない。
「フォロア0! 『辻斬り』の効果で、『人形遣いのカーニャ』を墓地へ」
見たか淫売。
攻撃しつつサーチ、攻撃しつつ除去。
この攻防一体の動きこそが、carnaというゲームの神髄なのだ。
「もう一匹……『赤羽白の巴』で、残った手札に攻撃するわ」
既に場は1:2。
淫売に手札はなく、Kの手元には次の弾がある。
ここからさらにフォロアが入れば、戦力差は決定的なものとなる。
それなのに――
「ああ、なんて可哀相なのかしら……」
――なぜこの女は、薄ら笑いを浮かべているのか。
さっきまでの作り笑いとは違う。
玩具を嘲笑う、残忍な獣の笑顔だ。
「可哀相なお姉ちゃん。せっかく勝てると思ったのに、こんな所で躓いちゃうなんて」
カウンター0。
淫売の宣言に、俺は思わず身構えた。
「『新緑のカチューシャ』、カーナ」