大ピンチの情けないcタケをお楽しみください。
待望の木属性イコン。
一々手札をペイするジリ貧状態とは、これでおさらばだ。
これで盤面は一対四。
ここで八汐さんが焦って守りを疎かにしてくれれば、それで俺の勝利が確定する。
「ターンエンドだ」
さあ、手札をペイしろ。
呪文を無駄にスタンバイして、墓穴を掘ってしまえ。
俺は余裕の笑みを浮かべて八汐さんの様子を伺っていたが、中々動きが見えない。
「カードを一枚スタンバイ、コリンのアニメイトでコリンをカーナ」
可愛げのない優等生め。
しっかりとマージンを残しやがって。
「流石に六甲の山伏を自称されるだけのことはありますね。あの場面から逆転されるとは……ターンエンド」
六甲の、山伏。
なんだその年寄り臭い通り名は。
俺ならもっとマシな名前を思いつくと猿でも分かりそうなものだというのに、どいつもこいつもそろって俺を見やがって。
「タケ兄、高校生にもなって、それは流石に引くぜ」
アキノリに便乗して、Kまで野次を言い出した。
猿の方が幾らかマシだと思ったが、上方修正してやる。
腹を抱え、歯をむき出して笑うお前は、猿そのものだ。
「お前、山伏はマジでないて」
いくら忍耐強い俺とは言え、他人の恥を押し付けられるのは我慢ならない。
俺が立ち上がろうとしたそのとき、トリシャさんが馬鹿共に異を唱えた。
「嘆かわしい! これだけ長い間近くにいながら、おヌシたちは師匠の何を見てきたのジャ!」
こんなときでも味方をしてくれるのはトリシャさんくらいのものだ。
もう甲陽園方面には足を向けて寝られないな。
「自分の体の一部のように、自在にカードを操る師匠こそ、現代の山伏にオジャル!」
そうだ、八汐さんはトリシャさんの連れて来た客だった。
安全圏から俺を笑っていたKたちが、急にそわそわと相談を始める。
「なあ、ウチ、なんて言われてるんかな?」
「Kさんはまだマシでしょ? 一応女の子同士何だし」
「僕も何だか心配になってきたなぁ」
「淳兄は仲いいだろ?」
「それを言ったら当のマッシュはどうなのさ」
せっかく勝負が盛り上がってきているのに、バカなギャラリーのせいで台無しだ。
俺はドローした『気取り屋アンニン』を手札にキープし、ステファニーをスタンバイした。
まだ八汐さんは巻き戻しを伏せている。
「このターン、カーナはなしです。スペル、使いますか?」
さあ、使え。その巻き戻しを。
シュシュを戻されても、大勢に影響はない。
アニスは殴るだけで出し直せる。
巴やナージャなら、さらにもう一度効果を使える。
ここで巻き戻しを無駄撃ちして、ステファニーの餌食になってしまえ。
「いえ。どうぞターンを続けてください」
親切に聞いてやったというのに、少しも乗ってくる気配がない。
少しは初心者らしく、素直にプレイしたらどうなのだ。
俺はシュシュを寝かせて、伏せカードに攻撃した。
「シュシュのアタック、伏せカードを攻撃!」
八汐さんはガードせず、伏せカードを墓地に置いた。
正体はやはり巻き戻しだ。
「スルーした!?」
ギャラリーに、どよめきが広がった。
ガードすれば巴を倒せるところを、何のために素通りさせたのか。
単なるミスなのだろうか。
いや、それはない。
このプレイヤーは、そんなことをするほど甘くはない。
「手札に落とされたくないカードがあるんじゃない?」
パラガスの言う通り、重要なカードがあればスペルを見捨てることもある。
だが、それだけではない。
もう一つ考えられるのだ。
この場面でイコンを残す理由が。
「これはマロのの憶測でオジャルが……八汐はコスト付きのカウンターを狙っているのではないかノ?」
八間の光に輝く、4枚の白いカード。
あの中の一枚が、土属性の代名詞、『砂時計』だったとしたら。
踏んだ瞬間に、俺のフィールドはがら空きになってしまう。
切り札とみて攻めるか、罠とみて見合いにするか。
この選択次第では、無論あり得ない話だが、俺が負ける、かもしれない。
「……攻撃を続行なさいますか?」
俺が負ける?
背中を汗が伝った。
こんな馬鹿なことがあってたまるか。
俺はマッシュなんだぞ。
全国指折りの強豪で、カリスマデッキビルダーで、とにかく神に選ばれた男なのだ。
万が一にでも、野良試合でこんな初心者に負けることがあってはならない。
冷静に考えろ。
冷静に考えるんだ、マッシュ・ザ・デッキビルダー!
「Cタケ、手え止まっとるな」
Kの化粧は、いつの間にか大詰めに入っていた。
紫色の着け爪が、棒状のブラシで器用にまつ毛を巻いている。
普段は散々迷惑をかけておいて、俺が困っているときはこれか。
恩知らずめ、着け爪が目に刺さってくたばってしまえ。
黙れ、黙れ、黙れ!
誰も俺のスぺキュレーションを邪魔するな。
お前達は雑音だ。
俺は静寂の中で、展開を読まなければならないのだ。
八汐さんの手札に精神を集中していると、あるアイデアが意識に飛び込んできた。
「フォロアが嫌なんじゃね? 天秤とか、アニスとか」
それだ!
自分で伏せたから気づかなかったが、八汐さんにはこのカードがステファニーだということは分かっていない。
これは超弩級のインスピレーション。
カウンターのない今がチャンスだ。
「巴で手札にアタック……右から二番目のカード!」
勝利を掴み取る時、トーナメントプレイヤーは特有の気迫を発する。
たとえ物静かでインテリジェントなプレイヤーであったとしても。
だからこの気迫の有無で、プレイヤーは二つに分かれる。
『勝てる』プレイヤーと、それ以外のプレイヤーだ。
追い詰められて言葉を失ったのか、八汐さんは黙って手札を抜いた。
所詮は無難な優等生ということか。
相手の裏をかき、マージンの限界まで攻め上げてこそ、勝利を掴み取ることができる。
挫折知らずのお嬢様には、いい教訓になったことだろう。
「カウンター0。『勾玉ソニン』をカーナします」
なんということだ。
完全に流れを持って行かれた。
味方を一体無駄にし、相手に一体プレゼント。
手札の少ないこのタイミングで、イコン二体分の差は途方もなく大きい。
「タケ兄悪ィ、俺余計なこと言ったわ」
もしや。
さっきのはアキノリの独り言だったというのか?
いや、それはない。
この糞野郎は、いつだって確信犯だった。
俺を惑わせるために、心の声を装い嘘を吹き込むとは、なんと卑劣な。
「……ターンエンド」
もう打つ手が残っていない。
俯いてフィールドを眺めていると、八汐さんの溜息が聞こえた。
「コリン2体のアニメイトで、『退魔師のレーヌ』をカーナします。カーナしたときの効果で、ナージャをリバース!」
止められなかった。
物量が違い過ぎる。手札も、イコンも。
盤面が、勝利が遠のいていく。
行ってしまう。
「マッシュさんのキャストフェイズです。スペルを使用するならどうぞ」
ありません。
出がらしの一言は、冷たく濁った敗色に呑まれて消えた。
次のターン、レーヌを何とか処理したところで、後続は止まるまい。
負ける。
春季関西大会2位、カリスマデッキビルダーの、俺が。
「……ないようですね。では、ソニンで手札にアタックします。ガードは?」
なぜこんなことになってしまった。
俺は一体どこで間違えてしまったのだろう。
アキノリに騙されて巴でアタックしてしまったときか?
アニスを出すためにミステルを使ってしまったときか?
いや、そもそも最初に、他のデッキを選んでもよかったのではないのか?
「いいです、別に……面倒くさい」
そういえば、手札はアンニンだったな。
焼け石に水だが、一応カウンターを使うか。
「カウンター0、『気取り屋アンニン』をカーナ……あー……」
フィールドが、5枠とも埋まってしまっている。
どれか一体、イコンを捨てなければ。
元々裏向きのナージャかステファニーが順当なところか。
眉間に皺を寄せたアンニンの顔を眺めるうち、俺はあることに気付いた。
そういえば、巴はアンニンの効果で出せるコストだった。
「巴をリタイアさせて、アンニンをカーナ……アンニンの効果で、墓地から巴をカーナ……裏向きのナージャをどけます」
しまった。
どうせ負けるのに、何が悲しくてわざわざややこしいイコンを出さなければならないのだ。
「お前、何サーチすんのか考えてへんかったやろ」
動きの止まった俺を見て、Kは欠伸混じりの文句を垂れた。
分かった、分かった。
戻せばいいんだろう、戻せば。
「うーん……巴の効果で、『ミステルの枝』を墓地から回収……」
八汐さんのターンはそこで終わり、最期のターンがやってきた。
これで終わりだ。何もかも。
「俺のターン、ドロー……伏せカードを墓地に移して、カードを一枚スタンバイ。『浅葱色のシュシュ』をペイして、アニスのアニメイトで『ミステルの枝』をキャスト」
レーヌをどかしたところで、ジリ貧か。
俺はため息をつき、自分のフィールドを見渡した。
いや待て。
八汐さんの手札が2枚しかない。
あり得ない話だが、カウンターがなければ殴りきれてしまうのではないか?
「じゃあ、左の手札にシュシュで攻撃」
どうせ『宝探し』か何かに引っかかって終わりだろう。
適当に選んだカードは、しかし、2枚目の巻き戻しだった。
巴に攻撃させてみると、最後の手札は、さっき見た『宝探し』。
コストが支払えないためカウンターは不発に終わり、アンニンの攻撃は素通りした。
「私の完敗です。お手合わせ、ありがとうございました」