デッキ構築を面白く書く方法……あるんだろうか?
あれから三日。
Kはまだ鞄を取りに来ない。
化粧品も携帯もなしで長くはもつまいと考えていたが、これが存外平気なようだ。
お蔵入りになるような気がして、奴のデッキはまだ手つかずだ。
ほとぼりが冷めたら、逆に組み直すかもしれないな。
何しろ、課題は山積みなのだ。
「あー……駄目だな」
シャーペンを放り出し、俺はメモに消しゴムをかけた。
ノートの隅には跡ばかりが増え、新デッキのアイデアは一向に固まらない。
水木のやり残しが、どこかで尾を引いているのだ。
ここはいっそ、水木から先にカタをつけてしまうべきか。
今のバージョンの問題点は分かっている。
水をベースにしたまま高速化してしまったことだ。
ターンが進むと、相手の守備が追いついてしまう。
強みだった筈のサーチも、先の展開につながらない。
その非力さが、あの惨敗につながった。
ハンデスでカウンターを抜けば。
子守歌でガードと殴り返しを防げれば。
対症療法で乗り越えられたと、なぜ思いこんでいた。
ぶつかり合いに勝てないデッキに、打撃戦(ビートダウン)ができるものか。
力任せにかけた消しゴムが、薄汚れたページを噛みちぎる。
俺たちデッキビルダーは、デッキの精妙さを愛する生き物だ。
それ故に、テクニカルな手段を過大評価するきらいがある。
柔軟なリソース、スムーズな挙動、複雑なコンボ、的確なコントロール。
何れもが美しく、またゲームを有利に運ぶ要素だ。
だが、今必要なものは――。
パワーだ。
独力でイコンを乗り越え、スペルに耐えられるだけのパワー。
敵の手札に食らいつくためのパワーだけが。
このデッキのコンセプトを、唯一可能にする。
火か、土か。
アニスにつなぐためのアタッカーは。
火は打撃戦に分があり、土は後続を用意できる。
1コストのイコンは、火ならメグ、土ならクレタになるだろう。
どちらもパワーは4。
メグには貫通効果があり、クレタには1ながらアニムがある。
迷うな、叩きこめ。
俺は引き出しから、殉教令のデッキを抜き取った。
火の速攻に必要なパーツは、あらかたここに入っている。
この期に及んでは、エンジンなど悠長なだけ。
最短経路が、一本ありさえすればいい。
息が切れる前に、早さと力で倒し切る。
それが今この時の、このデッキのドクトリンだ。
速攻の基本は、単純化と積み込み。
戦う時間が短い分、カードのコスト域が狭く、手順も少ない。
メグとアニスは当然5枚積みだ。
俺は手前にメグを並べ、一列開けてアニスを並べた。
こうやってコストごとにまとめると、デッキのバランスが一目でわかる。
残りは20枚。
何を入れる。
アニスから、一体何につなぐ。
以前使っていたステファニーは、余りにも立ち上がりが遅すぎた。
1ターンが空いてしまうため、攻撃しながらの展開とは言えず、展開のために一発小突く格好になってしまう。
おまけに今回は、アニス以外のアニムをアテにできない。
手札事情も同様に厳しく、中盤のペイは相当に大きな負担がかかるだろう。
アニス単体で出せて、速効性のあるイコンが必要だ。
俺はタックルボックスを開け、木のイコンをめくっていく。
ドロシー、チェイン、チェイン、パフェット、パフェット、パフェット、タバサ。
あった。
5コストの木属性イコンにはパフェットとバレッタもいるが、合いそうなのはこいつだけだ。
パフェットにはフォロアしかついておらず、バレッタにはタイムラグがある。
タバサならカーナと同時に除去が使え、コンパクトに動けるのだが……。
本体が動けないのはステファニーと同様で、肝心の除去も物足りない。
本体が要らないなら、返しのターンに罪の天秤を撃つ方がどれだけ強力か。
「クソッ!」
完全な手詰まりだ。
俺は一旦席を立ち、重い足取りで階段を下りた。
台所で番茶を飲んでいると、遠い雨音が体に沁みこんでくる。
親父が居ないだけで、まるで他人の家のようだ。
お袋たちの旅行は、GW一杯続く。
出がけに作り置いてくれたカレーも、二日目からは流石に飽きるだろう。
明日以降は、冷凍もので騙し騙しやり過ごすか。
俺はコップを置き、番茶をつぎなおした。
今はそれより、アニスの次のカードだ。
アニスでイコンにアニメイトすると、結局メグしか動けない状況が生じてしまう。
ここは返しのターンにスペルを使い、アニスも攻撃に参加させるべきか。
天秤や殉教令を使えばアニスの攻撃も通りやすくなるわけで、無理なプランではない。
少しだけ番茶を舐め、俺は展開パターンを整理した。
1ターン目にはメグをカーナ。
2ターン目にメグが攻撃、フォロアでアニスを出す。
返しのターンは、罪の天秤だ。
3ターン目、メグとアニスが攻撃してクローナなどを撒いていく。
やっていることが、水木の時と変わっていない。
イコンが水から火になった分、パワーが上がっているだけだ。
アニムが5もあるアニスが、一回しかアニメイトしていないではないか。
しかもそれが、打撃力に還元されていない。
アニメイトすれば攻撃が止まり、アニメイトしなければ速攻で終わってしまう。
フォロアで出したイコンにアニメイトさせる。
当初のコンセプトが間違っていたというのだろうか。
どうあがいても、綺麗なゴールが見つからない。
供給したアニムを、綺麗に攻撃に使いきるような。
問題は分かっている。
アニスが木のイコンであることだ。
これはアニスが木のイコンであり、高いアニム値を持っているからこそ成り立つプランだ。
しかしそれはアニスで出せるイコンも、同じく打撃に向いていないことを意味している。
同じ5コスト以下にハードパンチャーがゴロゴロしている火とは、事情が全く違うのだ。
マルチクラックのあるヨキが出せれば、いや、せめてクイックレディのついたシェリーが出せれば。
アニスが火のイコンだったなら。
アニスが動けない分の打点を埋め合わせて、お釣りまで出るというのに。
属性違いのカードを出すには、同じ属性のコストを追加しなければならない。
アニスと合わせて手札を捨てたら、それだけで6コストだ。
同じ理由でステファニーを見送ったのに、効果のないヨキに6コストも払えるものか。
俺は腰を下ろし、テーブルに突っ伏した。
畜生。
準速攻の詰めで、6コストもするカードが必要なものか。
6コストといえば、高コスト帯の下限だ。
長期戦でも通用する、重量級の強力なカードがいくらでもある。
ステファニー以外にも、ミステル、アザレア、ティアラ、天蓋、砂時計……。
止めよう。
GWが始まったというのに、これではまるでマッチ売りの少女だ。
頭の中に居座った名前達を払いのけようとして、俺は思いとどまった。
「ティアラ? ……そうか、ティアラが出せるのか!」
パワー10のマルチアタッカー、おまけにクイック持ち。
ヨキとシェリーを足して2で割らない、中速ビートの雄ではないか。
なぜ今の今まで思いつかなかったのだろうか。
6コストあれば、ティアラが出せるのだ。
電灯を付けるのも忘れて、階段を駆け上がった。
3ターン目、ティアラによる攻撃。
突破口が、ついに見つかった。
単なる早だしなら2ターンでも出せるが、これはメグの追撃である。
同時に殴らせることで、メグを囮としても活用できるだろう。
carnaほど、一打の差が如実に出るゲームはない。
一打分の余裕があれば、そこまでは手札を使える。
裏を返せば、お互い手札はギリギリまで使いこんでいる。
予想外のフォロア、除去の失敗、クイック持ちのアタッカー。
打点の計算を狂わせることができれば、一瞬で勝負を決めることも可能だ。
「行けるぞ! コイツは勝てるデッキになる!」
俺は自室に飛び込み、机の上を見やった。
一面に広げられた、作りかけのデッキ。
アニスの上の空白が、これで漸く埋まった。
『二刀流のティアラ』4枚積み。
他の筋は考えない。
デッキに許された、最も早く最も強い連打をひたすら狙う。
ビートダウンの基本原則だ。
ここまでできれば、後は自然と埋まっていく。
最序盤の掃討用に天秤を。
防御には黒い羽を。
メグの保険にはマーシュを。
最後の押し込みにはクローナを。
対策用のミステル、ミサを投入して、30枚ジャスト。
これでとりあえずの形になった。
俺は出来上がったデッキを眺め、それから小さく頷いた。
展開パターン、機能のバランス、対応力。
そして熾烈な除去とビートダウン。
悪くない。
無調整の状態で、他を圧倒する決定力がある。
火を取り入れ、筋を一本に絞ったことが幸いした。
春先から悪戦苦闘を続けてきたこのコンセプトが、こんな形で結実しようとは。
巡り合わせとは、実に不思議なものである。
今日もまた、時代の先を行ってしまった。
carnaを特徴づけるフォロアという戦術要素は、もはや単なるビートダウンのおまけではない。
フォロアが積極的な展開手段へと昇華を遂げた今日という日は、メタゲームの歴史に於いて最大のターニングポイントの一つになるだろう。
俺は椅子にもたれかかり、ゆっくりと深呼吸した。
目を瞑り、創造の余韻に浸るこの一ときは、人類に許された最高の贅沢である。
デッキ構築は、単なる作業ではない。
機能する構造体の発明、そして斬新な戦術の創造。
合理性と意外性という相反する二つの側面の綜合によってのみ、真に価値あるデッキは生まれる。
芸術作品と呼ぶにふさわしい、技術と感性とアイデアの結晶。
それこそが、俺達デッキビルダーの追い求める理想なのだ。
ところがそれ以上、完成の余韻は続かなかった。
無粋なインターホンが、満ち足りた静寂を破壊してしまったのだ。
それどころか、節操なくインターホンを連打する訪問者。
よもや宅配が、こんなサラ金まがいの真似をするわけもあるまい。
窓から表を見下ろすと、夜の底に女が立っていた。
お袋の知り合いだろうか。
闇に浮かんだささやかな灯りを、とめどなく流れ去る五月雨。
灯りの下に焼き付いた金髪と、傘も差さずチャイムを押し続ける女の影。
暗さに紛れた紺色の洋服は、ひょっとすると、ブレザーではあるまいか。
そんな馬鹿な。
確かに見慣れた制服だが、あんなところにいるはずがない。
今更、戻ってくる筈がない。
俺はわが目を疑い、玄関まで階段を駆け下りた。
一つには、現実を確かめるため。
もう一つには、無茶な期待に叶えるため。
ドアに嵌った漉きガラスの上、玄関の奥からでも、人影がはっきりと見える。
裸足のまま玄関を横切り、勢いよくドアを押し開けた。
「……さっさと上がれ。練習、始めるぞ」