ふたり回し

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なんて可哀相なのかしら! その8

デッキ構築を面白く書く方法……あるんだろうか?


 あれから三日。

 Kはまだ鞄を取りに来ない。

 化粧品も携帯もなしで長くはもつまいと考えていたが、これが存外平気なようだ。

 お蔵入りになるような気がして、奴のデッキはまだ手つかずだ。

 ほとぼりが冷めたら、逆に組み直すかもしれないな。

 何しろ、課題は山積みなのだ。

「あー……駄目だな」

 シャーペンを放り出し、俺はメモに消しゴムをかけた。

 ノートの隅には跡ばかりが増え、新デッキのアイデアは一向に固まらない。

 水木のやり残しが、どこかで尾を引いているのだ。

ここはいっそ、水木から先にカタをつけてしまうべきか。

 

 今のバージョンの問題点は分かっている。

 水をベースにしたまま高速化してしまったことだ。

 ターンが進むと、相手の守備が追いついてしまう。

 強みだった筈のサーチも、先の展開につながらない。

 その非力さが、あの惨敗につながった。

 ハンデスでカウンターを抜けば。

 子守歌でガードと殴り返しを防げれば。

 対症療法で乗り越えられたと、なぜ思いこんでいた。

 ぶつかり合いに勝てないデッキに、打撃戦(ビートダウン)ができるものか。

 力任せにかけた消しゴムが、薄汚れたページを噛みちぎる。

 俺たちデッキビルダーは、デッキの精妙さを愛する生き物だ。

 それ故に、テクニカルな手段を過大評価するきらいがある。

 柔軟なリソース、スムーズな挙動、複雑なコンボ、的確なコントロール

 何れもが美しく、またゲームを有利に運ぶ要素だ。

 

 だが、今必要なものは――。

 パワーだ。

 独力でイコンを乗り越え、スペルに耐えられるだけのパワー。

 敵の手札に食らいつくためのパワーだけが。

 このデッキのコンセプトを、唯一可能にする。

 火か、土か。

 アニスにつなぐためのアタッカーは。

 火は打撃戦に分があり、土は後続を用意できる。

 1コストのイコンは、火ならメグ、土ならクレタになるだろう。

 どちらもパワーは4。

 メグには貫通効果があり、クレタには1ながらアニムがある。

 迷うな、叩きこめ。

 俺は引き出しから、殉教令のデッキを抜き取った。

 火の速攻に必要なパーツは、あらかたここに入っている。

 この期に及んでは、エンジンなど悠長なだけ。

 最短経路が、一本ありさえすればいい。

 息が切れる前に、早さと力で倒し切る。

 それが今この時の、このデッキのドクトリンだ。

 速攻の基本は、単純化と積み込み。

 戦う時間が短い分、カードのコスト域が狭く、手順も少ない。

 メグとアニスは当然5枚積みだ。

 俺は手前にメグを並べ、一列開けてアニスを並べた。

 こうやってコストごとにまとめると、デッキのバランスが一目でわかる。

 残りは20枚。

 何を入れる。

 アニスから、一体何につなぐ。

 以前使っていたステファニーは、余りにも立ち上がりが遅すぎた。

 1ターンが空いてしまうため、攻撃しながらの展開とは言えず、展開のために一発小突く格好になってしまう。

 おまけに今回は、アニス以外のアニムをアテにできない。

 手札事情も同様に厳しく、中盤のペイは相当に大きな負担がかかるだろう。

 アニス単体で出せて、速効性のあるイコンが必要だ。

 俺はタックルボックスを開け、木のイコンをめくっていく。

 ドロシー、チェイン、チェイン、パフェット、パフェット、パフェット、タバサ。

 あった。

 5コストの木属性イコンにはパフェットとバレッタもいるが、合いそうなのはこいつだけだ。

 パフェットにはフォロアしかついておらず、バレッタにはタイムラグがある。

 タバサならカーナと同時に除去が使え、コンパクトに動けるのだが……。

 本体が動けないのはステファニーと同様で、肝心の除去も物足りない。

 本体が要らないなら、返しのターンに罪の天秤を撃つ方がどれだけ強力か。

「クソッ!」

 完全な手詰まりだ。

 俺は一旦席を立ち、重い足取りで階段を下りた。

 台所で番茶を飲んでいると、遠い雨音が体に沁みこんでくる。

 親父が居ないだけで、まるで他人の家のようだ。

 お袋たちの旅行は、GW一杯続く。

 出がけに作り置いてくれたカレーも、二日目からは流石に飽きるだろう。

 明日以降は、冷凍もので騙し騙しやり過ごすか。

 俺はコップを置き、番茶をつぎなおした。

 今はそれより、アニスの次のカードだ。

 アニスでイコンにアニメイトすると、結局メグしか動けない状況が生じてしまう。

 ここは返しのターンにスペルを使い、アニスも攻撃に参加させるべきか。

 天秤や殉教令を使えばアニスの攻撃も通りやすくなるわけで、無理なプランではない。

 少しだけ番茶を舐め、俺は展開パターンを整理した。

 1ターン目にはメグをカーナ。

 2ターン目にメグが攻撃、フォロアでアニスを出す。

 返しのターンは、罪の天秤だ。

 3ターン目、メグとアニスが攻撃してクローナなどを撒いていく。

 やっていることが、水木の時と変わっていない。

 イコンが水から火になった分、パワーが上がっているだけだ。

 アニムが5もあるアニスが、一回しかアニメイトしていないではないか。

 しかもそれが、打撃力に還元されていない。

 アニメイトすれば攻撃が止まり、アニメイトしなければ速攻で終わってしまう。

 フォロアで出したイコンにアニメイトさせる。

 当初のコンセプトが間違っていたというのだろうか。

 どうあがいても、綺麗なゴールが見つからない。

 供給したアニムを、綺麗に攻撃に使いきるような。

 問題は分かっている。

 アニスが木のイコンであることだ。

 これはアニスが木のイコンであり、高いアニム値を持っているからこそ成り立つプランだ。

 しかしそれはアニスで出せるイコンも、同じく打撃に向いていないことを意味している。

 同じ5コスト以下にハードパンチャーがゴロゴロしている火とは、事情が全く違うのだ。

 マルチクラックのあるヨキが出せれば、いや、せめてクイックレディのついたシェリーが出せれば。

 アニスが火のイコンだったなら。

 アニスが動けない分の打点を埋め合わせて、お釣りまで出るというのに。

 属性違いのカードを出すには、同じ属性のコストを追加しなければならない。

 アニスと合わせて手札を捨てたら、それだけで6コストだ。

 同じ理由でステファニーを見送ったのに、効果のないヨキに6コストも払えるものか。

 俺は腰を下ろし、テーブルに突っ伏した。

 畜生。

 準速攻の詰めで、6コストもするカードが必要なものか。

 6コストといえば、高コスト帯の下限だ。

 長期戦でも通用する、重量級の強力なカードがいくらでもある。

 ステファニー以外にも、ミステル、アザレア、ティアラ、天蓋、砂時計……。

 止めよう。

 GWが始まったというのに、これではまるでマッチ売りの少女だ。

 頭の中に居座った名前達を払いのけようとして、俺は思いとどまった。

「ティアラ? ……そうか、ティアラが出せるのか!」

 パワー10のマルチアタッカー、おまけにクイック持ち。

 ヨキとシェリーを足して2で割らない、中速ビートの雄ではないか。

 なぜ今の今まで思いつかなかったのだろうか。

 6コストあれば、ティアラが出せるのだ。

 電灯を付けるのも忘れて、階段を駆け上がった。

 3ターン目、ティアラによる攻撃。

 突破口が、ついに見つかった。

 単なる早だしなら2ターンでも出せるが、これはメグの追撃である。

 同時に殴らせることで、メグを囮としても活用できるだろう。

 carnaほど、一打の差が如実に出るゲームはない。

 一打分の余裕があれば、そこまでは手札を使える。

 裏を返せば、お互い手札はギリギリまで使いこんでいる。

 予想外のフォロア、除去の失敗、クイック持ちのアタッカー。

 打点の計算を狂わせることができれば、一瞬で勝負を決めることも可能だ。

「行けるぞ! コイツは勝てるデッキになる!」

 俺は自室に飛び込み、机の上を見やった。

 一面に広げられた、作りかけのデッキ。

 アニスの上の空白が、これで漸く埋まった。

『二刀流のティアラ』4枚積み。

 他の筋は考えない。

 デッキに許された、最も早く最も強い連打をひたすら狙う。

 ビートダウンの基本原則だ。

 

 ここまでできれば、後は自然と埋まっていく。

 最序盤の掃討用に天秤を。

 防御には黒い羽を。

 メグの保険にはマーシュを。

 最後の押し込みにはクローナを。

 対策用のミステル、ミサを投入して、30枚ジャスト。

 これでとりあえずの形になった。

 俺は出来上がったデッキを眺め、それから小さく頷いた。

 展開パターン、機能のバランス、対応力。

 そして熾烈な除去とビートダウン。

 悪くない。

 無調整の状態で、他を圧倒する決定力がある。

 火を取り入れ、筋を一本に絞ったことが幸いした。

 春先から悪戦苦闘を続けてきたこのコンセプトが、こんな形で結実しようとは。

 巡り合わせとは、実に不思議なものである。

 

 今日もまた、時代の先を行ってしまった。

 carnaを特徴づけるフォロアという戦術要素は、もはや単なるビートダウンのおまけではない。

 フォロアが積極的な展開手段へと昇華を遂げた今日という日は、メタゲームの歴史に於いて最大のターニングポイントの一つになるだろう。

 俺は椅子にもたれかかり、ゆっくりと深呼吸した。

 目を瞑り、創造の余韻に浸るこの一ときは、人類に許された最高の贅沢である。

 デッキ構築は、単なる作業ではない。

 機能する構造体の発明、そして斬新な戦術の創造。

 合理性と意外性という相反する二つの側面の綜合によってのみ、真に価値あるデッキは生まれる。

 芸術作品と呼ぶにふさわしい、技術と感性とアイデアの結晶。

 それこそが、俺達デッキビルダーの追い求める理想なのだ。

 ところがそれ以上、完成の余韻は続かなかった。

 無粋なインターホンが、満ち足りた静寂を破壊してしまったのだ。 

 それどころか、節操なくインターホンを連打する訪問者。

 よもや宅配が、こんなサラ金まがいの真似をするわけもあるまい。

 窓から表を見下ろすと、夜の底に女が立っていた。

 お袋の知り合いだろうか。

 闇に浮かんだささやかな灯りを、とめどなく流れ去る五月雨。

 灯りの下に焼き付いた金髪と、傘も差さずチャイムを押し続ける女の影。

 暗さに紛れた紺色の洋服は、ひょっとすると、ブレザーではあるまいか。

 そんな馬鹿な。

 確かに見慣れた制服だが、あんなところにいるはずがない。

 今更、戻ってくる筈がない。

 俺はわが目を疑い、玄関まで階段を駆け下りた。

 一つには、現実を確かめるため。

 もう一つには、無茶な期待に叶えるため。

 ドアに嵌った漉きガラスの上、玄関の奥からでも、人影がはっきりと見える。

 裸足のまま玄関を横切り、勢いよくドアを押し開けた。

「……さっさと上がれ。練習、始めるぞ」