八汐さんが真面目なのでネタを挟みにくいピンチ!
ドリーに1枚ドローされてしまうが、イコンが全滅するよりマシだ。
俺がナージャをカーナすると、、八汐さんは何も言わずに手札を見せた。
『金冠のコリン』、『退魔師のレーヌ』、『おねだりマリー』、『宝探し』。
このままレーヌが出てきたらと思うと、ぞっとする。
「ナージャのエクスチェンジ、手札の『退魔師のレーヌ』と墓地の『砂時計』を交換!」
手札からレーヌを抜き取るとき、八汐さんの眉が僅かに引きつった。
これでしばらく、本格的な攻勢には出られまい。
残るは八汐さんのスペルだ。
ギャラリーの視線が、裏向きのカードに注がれた。
「マリーのアニメイトでスペル『星の砂』をキャスト、カードを2枚ドローします」
しめた。
ナージャが残れば、返しのターン『罪の天秤』で盤面をひっくり返せる。
俺がターンエンドを告げると、八汐さんはカードを1枚ドローした。
これで八汐さんの手札は7枚だ。
「なあ、八汐さんの手札、さっきからやたらと増えてへん?」
なんという間の抜けた質問。
あれだけドローしまくって、増えないほうがどうかしている。
「ドローは土属性のお家芸なんだ。八汐さんは、これまでカードを6枚もドローしてる。手札はアニムの代わりにもなるし、攻撃を防ぐ役割もあるから、これはすごく大きいよ」
パラガスのおせっかいが役に立つこともあるとは。
おかげで解説の手間が省けた。
「カードを2枚スタンバイ、『おねだりマリー』をペイし、ドリーのアニメイトで『金冠のコリン』をカーナします!」
伏せカードは恐らく『巻き戻し』。
あれだけ引いて出ないということはないだろう。
俺は片方のアニスを捨て、ナージャを右向きに回転させた。
「俺のキャストフェイズ、『肉球アニス』をペイし、ナージャのアニメイトでスペル『罪の天秤』をキャスト!」
機先を制したというには遅すぎるが、八汐さんが手間取ったお陰で何とかスペルが間に合った。
そして天秤は二つの罪に、等しく死という罰を与える。
「『罪の天秤』の効果で、『グラサンドリー』と『おねだりマリー』をアセンド!」
一発で二体のイコンが吹き飛び、これで形勢逆転だ。
立ち上がりは少々事故り気味だったが、本来のポテンシャルを発揮しさえすればこの通り。
コツコツとアドバンテージを稼ぐだけの毒にも薬にもならないデッキなど、サンドバッグにもなりはしない。
「な、なんと怖ろしい……今の呪符は恐らく、相手の小兵を動く前に仕留めるためのモノ! 兵糧攻め自体は珍しくもオジャランが、師匠は共倒れ覚悟で禍神の力に手を出してしまわれた……いや、最早師匠そのものが怨霊と化しているのジャ!」
誰か、トリシャさんの解説を解説してくれ。
俺は横目でパラガスを窺ったが、期待に答えたのは奴ではなかった。
「危ない所でしたね。コリンがいなければ全滅していました……本当は、2ターン目に使って始動用のイコンを枯渇させるおつもりだったのでは?」
八汐さんのすました顔は、まだ辛うじて保たれている。
伏せカードの『巻き戻し』で戦力差を取り返すつもりだろうが、分かり切った手をそのまま通す俺ではない。
「まあ、そんな所ですけど、あまりあっさり終わっちゃ面白くないでしょう?」
俺が肩を竦めて見せると、八汐さんの唇が僅かに動いた。
への字に曲がったわけではない。
笑っている、それも目を輝かせて。
「ターンエンド……押しかけた甲斐がありました。たかが子供の遊びと思っていましたが、こんな勝負が出来るものとは!」
これではまるでアスリートだ。
コンナテンションに付き合っていてはこちらが疲労困憊してしまう。
俺は小さく舌打ちして、次の手札をドローした。
『ミステルの枝』、当たりだ。
「カードを2枚スタンバイ、ナージャのアニメイトで、『赤羽白の巴』をカーナ! サーチを選択して、山札から『地獄耳のステファニー』を手札に!」
『巻き戻し』を無駄に使ってくれれば最高だが、流石にそこまで馬鹿ではないらしい。
八汐さんはキャストフェイズを流し、俺はそのままターンエンドした。
「私のターン、ドロー。カードを1枚スタンバイし、コリンのアニメイトで『踊り子シトラ』をカーナします」
除去を警戒してか、八汐さんはコリンにアニメイトをさせた。
無難な対処ではあるが、生憎俺の伏せカードは呪文ではない。
俺はキャストフェイズをパスし、再び自分のターンを迎えた。
「なんや、えらい辛気臭い試合やな」
場違いな感想を漏らし、Kはあろうことかメイク直しを始めた。
この熾烈な場アドの取り合いをして辛気臭いとは、笑わせてくれる。
Kに速攻が使えるようになったところで、所詮は猿が石を使って木の実を割るようになった程度の進歩に過ぎない。
拡大生産というcarnaの本質は、文字通り農耕を営む文明人にしか理解できないものなのだ。
「いや、さっきの除去と事故が続かなかったら、あっさり八汐さんが勝ってたかもしれないよ? マッシュが一気に盛り返して、漸く互角になったくらいかな」
だがそれは一つ前のターンまでの話だ。俺はこのターン、一気に勝負を頂いていく。
「俺のターン、ドロー!」
来た。木のカードだ。
俺はミステルの枝をスタンバイし、『露出狂のネイル』を捨てた。
「『露出狂のネイル』をペイし、シュシュと巴からアニメイト! スペル、『ミステルの枝』でシトラをリタイア!」
袖飾りを翻す黄色い髪のシトラを指さし、俺は高らかに宣言した。
手札が一枚になってしまったが、次のターンに八汐さんが攻めてくることはない。
一時はどうなることかと思ったが、結局最後は俺が勝つのだ。
「何なんアレ、出した時に唱えよったで! 呪文は相手のターンまで待てとか散々ほざいた癖に、自分で間違えるけ? フツー」
Kが鼻息荒く刷毛を振り回すと、チークの粉がテーブルの上を泳いだ。
粉をマトモに吸い込んだパラガスとトリシャさんが腹を抱えて咳き込んでいる。
Kとトリシャさんが来るようになってから、『みすまる』の注意書きは随分と増えたものだが、明日にはリストに化学兵器の持ち込みと店内放送の無断使用が書き加えられることになるだろう。
「|未詠の早業(みよのはやわざ)にオジャル。神殺しの枝は相手にターンを渡す前に唱えることができる、イナ、唱えるより早く式神を貫いてしまうのジャ!」
敵が反応する前に発動する不可避の光刃、木属性の代名詞ともいえるクイックスペル。
ひいき目や中二心で持ち上げているわけではない。
相手のターンを挟まないだけで、クイックスペルは他の呪文に対し大きなイニシアチブを発揮するのである。
伏せカードを呪文と勘違いしているのか、八汐さんはキャストフェイズを流してしまった。
一気に展開を図るチャンスだ。
俺はナージャで攻撃を仕掛け、八汐さんの手札から砂時計をもぎ取った。
砂時計は強力なカウンターだが、アニメイトするイコンがいなくては話にならない。
「フォロア発動! 『肉球アニス』をカーナだ!」