ふたり回し

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遊動

闇市とオモチャ屋。

本物の東側はどれくらい制限されていたんだろう……


「じいちゃん、アレ買って、アレ!」

 じいちゃんとは、どうやらコルレルを指す言葉らしい。子供はコルレルの手を引っ張って、やけにカラフルな店へ連れていく。

「コルレル先生、医者なのに保育もやってるのか?」

 アレクが尋ねると、レフは目を丸くした。

「いや、孫だって。本人の」

 孫? 耳慣れない言葉に眉を寄せると、ラーニャ達はあけっぴろげに笑い出した。

「ごめんごめん、アレクは街の人だったんだ。孫っていうのはね、要するに……子供の、子供?」

 言い終わるより早く、ラーニャは笑っている。コルレルの方へ歩き出したのは、誰が最初だったか。5人の足取りは店を飾る蛍光色に吸い寄せられ、ちゃちなスケボーや楽器の狭間に落ち着いた。

「子供の子供? 親と子供だけじゃないのか」

 アレクの袖が箱の山に触れ、危うく崩れかけたところをリィファが元に戻してくれた。ビニールっぽい光沢の下では、強盗だろうか、覆面を被った男がこちらを睨み付けている。

「私の故郷じゃ、爺さまどころか、おじさんとか従兄とか、その奥さんとか、皆同じ家に住んでたな。家……っていうより、寮みたいなところだけど、住んでるのはみんな親戚」

 親戚とは一体何を指す言葉なのか、アレクはそこから聞かねばならない。銃型のブザーを構えながらおざなりな講釈を垂れ、それからレフは銃口をアレクに向けた。

「爺さんが孫を遊びに連れて行ったりとか、割と普通だって」

 これが普通のことならば、アジートの中はどれだけデタラメなのか。アレクが二の句を継げずにいると、コルレルの孫とやらが駆け寄ってきた。小さな手はプラスチックの青い棒を熱苦しく握っている。

「いたなチャンドラ博士、お前の野望もここまでだ!」

 それはどうかの。レフがブザーを構える。子供が屈んで躱す。棒で子供がレフの横腹をはたく。警察ごっこだ。まともな保育士がいないから、周囲の大人が子供の相手をしているのだろう。

「アレクくぅ~ん、ボーっとしてちゃいかんよ~」

 レフにブザーを突きつけられ、アレクは咄嗟に飛びのいた。赤いブザーが撃ち出す音は、軽はずみで安っぽい。けたたましいランプの赤は人形を染め、棚の隙間を跳ね回る。同じ子供の頃ならともかく、こんな騒動に加わる元気など今のアレクにはない。

「子供と一緒になって遊ぶのは、流石に厳しいな」

 早くも手を挙げたアレクと、子供の棒をブザーで受け止めるレフ。二人の姿を認めて、コルレルが戻って来た。

「こらこら、ミーシャ。お兄さんを困らせてないで、ピョートルと遊んでやりなさい。ミーシャはお兄ちゃんなんだろう?」

 コルレルの後をついて来た子供は、地面に棒をつっかけたままアレク達を遠巻きに見ている。

「やだよー、ピョートルとろいし」

 むくれるミーシャを後ろから抱え上げ、リィファは温かく笑った。

「よーし、じゃあ二対一だ。お姉さんが遊んでやろう!」

 いつの間にひったくったのか、ブザーはリィファの手の中にある。ブザーを子供達に向かって振りまき、カウンターに向かって駆け出した。店主にドル札をパスして、二人の剣を躱しながら壁際の空いているところに連れていく。

「ふう、うるさいのがやっと行った」

 ラーニャの溜息の下に、アレクはそっと自分の溜息を隠した。賑わいの中に紛れて、子供の声は聞こえない。大騒ぎの沈んだ場所を見つめ、言葉を失うアレク。

「邪魔をしたな。感想はまた後で聞くとしよう」

 リィファたちの後を追い、コルレルは笑いながら人ごみに潜っていった。

「家族か……一体、どんな感じなんだろうな」

 アレクにもいたはずだと、エカチェリーナは言っていた。今まで生きて来た世界には影も形もなかった営みに、ふと幼い影が重なる。

「いいことばっかりじゃないよ。嫌な奴が家族だったら、もう最悪。家族家族って口では言うけど、それ結局政治じゃん?」

 冷たく苦い眼差しで、瞳の底は隠れて見えない。男二人が手をこまねいていると、ターニャがラーニャの首に抱き付いた。白い腕に引っ掛かり、珊瑚のロングネックがたわんでいる。

「私もみんなといる方が好きー」

 街では、いつも友達同士だったんでしょ? ターニャに尋ねられて、アレクは僅かに固まった。みんな。その中に、アレクはまだ入っているのだろうか。

「あ、ああ。同じ寮に住んでる仲間がいて、朝と晩は食堂で一緒に食べてた……リィファが戻ってこないけど、探しにいかなくていいのか?」

 そわそわと人ごみを見渡し、アレクは脆い足取りで壁の方に歩きかけた。黒髪の世話焼きを欠いては、いつも通りに盛り上がれない。幸いリィファは直ぐに見つかり、アレクのリフォームが再会された。女達はどうしてこう、買い物が好きなのか。名誉あるマネキンを大人しく演じながら、アレクはレフに萎びた眼差しを送り返した。