最初から旗色の悪いCタケ、カッコワロス。
初心者を自称する割には、随分と無謀な挑戦をする。
この人はカードをなめているのか。
それともなんだ、俺のことをお山の大将くらいに思っているのか。
「いいですけど、あのー……分かってます? 一応俺は春先の関西大会で二位に……」
そつのない笑顔のまま、八汐さんは俺の諫言を弾き返した。
「ですから、私に身の程を教えて頂きたいのです。より高い目標があれば研鑽を積むことができますから」
予想の裏をかいてきた。
これが噂に聞く意識高い系というものか。
出会ったのは初めてだが、こんな優等生チックな台詞を当たり前のように言うあたり、寧ろ嫌味というべきだろう。
いや、笑顔を振りまいていると見せかけて、この人は俺のことを軽蔑しているのではあるまいか。
体から重みが抜けてしまったようで、足に力が入らない。
「手加減しなくて、いいんですね?」
勿論です。
八汐さんが答えると同時に、扉が強い光を放った。
遅れてとびかかる轟音にも、この人を竦ませることはできない。
シングル売り場のフェンスが意地の悪い羽音を滲ませる中、俺たちはパイプ椅子に腰かけた。
生徒会長殿は真剣勝負をご所望のようだが、流石にそれでは勝負にならないだろう。
あまり一方的に勝ってしまっては具合が悪い。
俺はガチの木火水コントロールを使わず、さっきまで使っていた調整中のデッキで戦うことにした。
「いいの? そのデッキで」
肩越しに、パラガスが尋ねた。
「このデッキの方がいいだろう。初心者狩りをするほど落ちぶれちゃいないさ」
初心者や子供ををいたぶって喜ぶのは、二流三流のカードゲーマーがやることだ。
それに多少手加減したところで、八汐さんには分かるまい。
お互いにデッキを数回シャッフルすると、八汐さんは自分のデッキを俺の手元に差し出した。
大会に倣って、相手にシャッフルさせようという訳だ。
嗜む程度といったが、意外と本格的な作法を身に着けている。
「お預かり致します」
八汐さんは俺のデッキを受け取ると、5つの山に一枚ずつ分け始めた。
たかが野良試合で馬鹿丁寧にシャッフルしてしまうあたりが、マニュアルを読みたての初心者といった感じで微笑ましい。
「K、よく見とけよ。一流プレイヤーが本気を出すと、どういう風にデッキが回るのか」
俺がにやりと笑って見せると、Kは舌を出して毒づいた。
「赤っ恥晒して来いや、キノコが」
いつも俺に戦術を教えてもらっておいて、この態度だ。
Kこそ少しは恥というものを知ったらどうか。
俺は馬鹿の安っぽい挑発を無視して八汐さんのデッキを手に取った。
おかしい。
カードのカバーが妙にざらついている。
シャッフルしながら恐る恐る窺うと、パールホワイトのカバーには、細かい傷が無数に刻まれていた。
「八汐さん、そろそろ新品のカバーを買った方がいいですよ。傷が沢山ついてると、裏向きでもどのカードか分かってしまいますし」
カードのカバーは、割と頑丈に作られている。
それをここまでボロボロにするには、普通半年程度かかるはずだ。
「これはお恥ずかしい。これからは惜しまず買い換えるように致します」
まあ、大方トリシャさんが使わなくなったお下がりか何かだろう。
俺は考え直して、デッキの再交換に応じた。
「よろしくお願いします」
厳かに挨拶を交わし、八汐さんとのゲームが始まった。
「先攻はどうぞ。八汐さんに譲りますよ」
相手は初心者だ。
そのくらいのハンデがあってもよかろう。
「では、お言葉に甘えて」
八汐さんは素直に好意を受け取り、カードを5枚引いた。
優等生らしく、落ち着いた気品のある仕草だ。
「カード2枚をスタンバイ、『踊り子シトラ』と『砂時計』をペイして、『グラサンドリー』をカーナします」
ターンエンド。
どうやら八汐さんのデッキは、シンプルな土単のようだ。
フィールドも墓地も、黄緑のカードばかりが並んでいる。
「俺のターン、ドロー」
手札に入ってきたのは、『浅葱色のシュシュ』と『さすらいのコメット』、『赤羽白の巴』に『まんまる尻尾のナージャ』、それと『肉球アニス』が二枚。
ドリーのパワーは3だから、2しかないコメットをそのまま使うのは難しい。
「カードを1枚スタンバイ、『さすらいのコメット』を捨てて、『浅葱色のシュシュ』をカーナ!」
本当は言って目から除去スペルをスタンバイしていきたいところだが、仕方ない。
俺がシュシュを表向きにすると、八汐さんは右手を挙げた。
「『グラサンドリー』の効果でカードを1枚ドローします」
俺がイコンを出すたびに、ドリーの効果が発動してしまう。
最小限のイコンで、ドリーを倒さなければならない。
「続いて、私のキャストフェイズ。ドリーでアニメイトして、スペル『星の砂』を使います」
更にカードが2枚加わり、八汐さんの手札は4枚まで回復した。
飛び道具が少ない代わり、土単の守りは異常に硬い。
その硬さを支えているのが、絶え間ないドローなのだ。
「ターンエンド」
俺はターンを返し、八汐さんの手札を眺めた。
場にはドリーが残るだけだが、ターン初めのドローを含めて手札は5枚。
振出しより1枚カードが増えた格好になる。
「カードを2枚スタンバイ、ドリーのアニメイトで『おねだりマリー』をカーナ!」
これは俺の持論だが、デッキは使い手を映す鏡である。
節操のないプレイヤーは流行りもののデッキを使い、根性のないプレイヤーは一発ネタで勝負しようとする傾向が強い。
このテーマで一本記事を書いた時は、実に凄まじい反響があった。
あのファインマンさんにまでトラックバックを頂いてしまった程なのだから、自分の文才が怖ろしい。
その俺の恐るべき観察眼によれば、八汐さんのデッキは『言われたことしかできない優等生』といったところだ。
流行に流されず、基本に忠実で質実剛健なのは結構だが、いかんせん創意に欠けている。
「で、どうなん? 今んとこ」
Kに小突かれて、トリシャさんが耳打ちで返した。
「え? なんやアイツ、口の割に大したことなかったんけ」
聞こえていなくても、トリシャさんの吹き込んだことはKの反応で大体分かる。
スペルを使った分だけ八汐さんの方がりーどしているとか、どうせそんなところだろう。
出した直後のイコンがスペルにアニメイト出来るかどうかで、確かにデッキの立ち上がりは大きく変わってくる。
だが、たまたま八汐さんの運が良かったからといって、俺の知識と経験と機知を覆すことは不可能だ。
「Kめ、覚えてろよ……俺のターン、ドロー」
『罪の天秤』、待望の除去カードだ。
本当はこのカードがさっきのターンに炸裂して、八汐さんのイコンが2体とも吹き飛んでいるはずだったのだが、仕方ない。
「カードを1枚スタンバイ……」
いや待て、次のターンに天秤を喰らわせたところで、本当に間に合うのか。
八汐さんが3コスト、4コストのイコンを出して来たら、シュシュが殴り返されてしまう。
それどころか、このターンをシュシュが生き延びられるかどうかも怪しい。
俺は八汐さんに悟られぬよう、伏せられたカードを見やった。
白い裏面に刻まれた赤いcarnaの文字。
あのカードが、『巻き戻し』であったなら。
「師匠、まだ勝負は始まったばかりでオジャル」
なんだ、その俺が負けそうな応援は。
考えこんでいるからといって、安易に誤解してもらっては困る。
俺は窮しているのではない。
最悪の可能性を考慮し、最善の手を練っているだけなのだ。
こういうピンチにどれだけ冷静でいられるかがプレイヤーの重要な資質だということを、トリシャさんは全く分かっていない。
「マッシュ、リラックス、リラックスだよ」
黙れパラガス。
俺は常に泰然自若で冷静沈着、油断とも動揺とも無縁の男なのだ。
仮にも関東二位のこの俺が、少々嗜む程度の初心者相手に負けるはずがないではないか。
いや、こんな捻りのない土単などに負けていい筈がない。
そんな醜態を晒すくらいなら、死んだ方がマシである。
「う、五月蠅い! 俺は先を読んでいるだけだ。断じて押されているわけではない! 万一八汐さんが有利だとしても、逆転の手はいくらでもある!」
そう、最後に勝つのは俺だ。
勝負は下駄を履くまで分からない。