ふたり回し

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こんな勝負が出来るものとは! その2

Cタケ、長いものに巻かれる。



「そうだぞお前ら。生徒会長に男も女も関係ないだろ。嘘だと思うならこの人を見るがいい! ゆるぎない眼差し! 気品ある微笑み! すらりと伸びた背筋! 手入れの行届いた黒髪! 洗練された着こなし! この君子たるに相応しい風格! この人をおいて一体誰に生徒会長をやれというのだ!」

 俺は素早く生徒会長側につき、二人の過ちを正してやった。

 全く、これだから先入観でものを言う連中は困る。

 少しは自分の頭で論理的にものを考えて欲しいものだ。

「男のやるもんや言うたんは誰や!」

 言いがかりと共に、空手チョップが飛んできた。

 頭蓋骨を振動が駆け巡り、髄液が波打っている。

 Kめ、俺の高級な頭脳をお前の安物と一緒にしやがって。

 俺は抗議を試みたが、生徒会長に先を越されてしまった。

「誤謬は恥ずべきことではありません。分かって頂ければそれでよいのです」

 生徒会長が叩いたのは、Kではなく俺の肩だった。

 なにがそんなに嬉しいのか、Kが腰に手を当ててニヤついている。

 俺が歯ぎしりしながら屈辱に耐えていることにも気付かず、生徒会長は自己紹介を始めた。

「ご挨拶が遅れました。私、関西学院高等部の一宮八汐と申します」

 お噂はかねがね伺っておりました。

 八汐さんはKとパラガスに握手を求めた。

「御影蛍や、よろしゅう」

西宮高校二年の園田護です。そちらは同級生の三田武志。パトリシアさんにはいつもお世話になっています」

 パラガスが平常運転で微笑みかけると、八汐さんは小さく頭を振った。

「こちらこそ、いつもパティに良くして頂いて感謝しています」

 本来真っ先に挨拶するべきはこの俺なのだが、まあそれくらいは赦してやるとしよう。

 真打はいつも最後に登場するものなのだ。

 俺が咳払いをすると、八汐さんが振り返った。

「ご紹介に預かりました、三田武志ことマッシュです。全国でも有数の実力を持つcarnaのデッキビルダーで、春の大会では決勝戦に進出しております。『第五実験区画』というブログにデッキレシピや構築のテクニックを紹介しているので、困ったときには参考にして下さい」

 俺のキャリアを聞いて、八汐さんは一瞬目を見張った。

 それもそのはず、俺程の大物に会う機会など、そうそうあるものではない。

「え、ええ、あなたが……パティの言っていた……聞きしに勝るお方でした」

 気圧されてしまったのか、八汐さんの返事は間延びしている。

 そこまでするつもりはなかったのだが、これで尊敬を勝ち取れたはずだ。

「そういえば、パトリシアさんはご一緒ではないのですか?」

 パラガスが訊ねると、八汐さんはなぜか首を傾げた。

「それが駅を出るなり、先に話を通すからと駆け出して……てっきり、もうお邪魔しているものだと思っていました」

 言われて店の中を見渡してみたが、俺達の他には常連の小学生が奥でだべっているだけだ。

 第一店の扉が開けば、雨の音で分かるはずではないか。

 Kは両手で俺たちをかき寄せ、押し殺した声で相談を持ちかけた。

「おかしいんちゃう? メール来てから、うちらずっと店にいてたで」

 一度電話をかけようという話が持ち上がったそのとき、店にかかっていたアニソンが俄かに止まり、急に店内放送が入った。

「ふふふふふ。オヌシ達、まだ『みすまる』の中ににいるとでも思っていたでオジャルカ?」

 トリシャさんの声は、四方から同時に聞こえてきた。

 その上姿が見えないのでは、居場所をつき止めようがない。

「まさか! これはトリシャさんの作り出した――」

 パラガスは天井を見上げご親切に合いの手を入れたが、トリシャさんが答えることはなかった。

 マイクを勝手に使っているのがバレ、マスターがカウンターに戻ってきたのだ。

「トリシャちゃん、流石にそれは使わないで――」

 マスターがマイクをひったくる爆音が炸裂し、ぱったり途絶えた放送にホワイトノイズが流れ込む。

 思わず耳を押さえてカウンターをのぞいてみると、そこには果たしてマイクを取り返そうとするトリシャさんの姿があった。

「困るよ、他のお客さんもいるのに。もう裏口から来ても入れてあげないからね!」

 口先ではあんなことを言っているが、あの締まりのない顔は女子高生に飛びつかれるのを満喫しているようにしか見えない。

 閉口する俺達をよそに、八汐さんはぐんぐんとカウンターに突き進み、トリシャさんの首根っこをつかまえた。

 

「パティ、いい加減になさい。人の迷惑を顧みずに年甲斐もなくいたずらばかり……ご覧なさい、子供達はあなたの一挙一動を見て育つのですよ」

 何という清らかな声だ。

 死ぬほどもっともらしい正論が、全く独善的に聞こえない。

 あのトリシャさんが屁理屈をこねることも出来ず、マスターに謝罪させられるとは。

 あんなものをまともに食らった日には、賢しらなだけの偽善者など一撃で粉砕されてしまうだろう。

「ま、まあ、過ちを犯すことのない俺には全く関係のないことだがな」

 俺が二人を温かいまなざしで見守っていると、不意に耳元でKが囁いた。

「Cタケ、心の声が出てるで」

 Kめ、いつにも増して調子に乗りすぎだ。

 次に餌食となるのは自分だということを全く理解できていないらしい。

 俺は精一杯Kを振り返り、余裕の笑みを見せつけてやった。

「俺よりも自分の心配をしたらどうだ。粗暴で怠惰で横柄で口さがなく欲深い、お前のような女にこそ八汐さんのありがたい説教が必要なんだからな」

 お騒がせいたしました。

 しょんぼりしたトリシャさんを引きずって、八汐さんが戻ってきた。

 片やウエストコートにクロスタイ、片や水色のコスプレセーラー服。

 教師に連行される学生の図である。

「びっくりしましたよ、トリシャさん。結界に閉じ込められたのかと思って」

 パラガスが励ました途端にトリシャさんは息を吹き返し、八汐さんの手を逃れた。

 前々からどこまでお人好しなんだと思っていたが、どうやら異次元に到達していたらしい。

 これでトリシャさんの忍者、陰陽師、及び傷痍軍人ごっこエスカレートしたら一体如何するつもりなのだ。

「園田さん、パティを甘やかさないでください。その子に必要なのは我慢と配慮です。ねらーの言葉を借りるなら、自演自重汁TOUGH乙ということなのです」

 流石八汐さん、俺達の言いたいことを的確に言ってくれる。

 俺も正に自演自重汁TOUGH乙と思っていたところなのだ。

 大いに溜飲を下げ、しきりに頷く俺に、しかし、Kは理不尽にも蹴りを入れた。

「お前一応ツッコミやろ! 仕事せんかい!」

 この一体どこに、俺のツッコミが要求される経緯があったというのだ。

 馬鹿の考えることは本当に一々理解できない。

「まあまあ。それより八汐さん、こちらに見えたということは、八汐さんもパトリシアさんと一緒にカードで遊んだりされるんですか?」

 パラガスが尋ねると、八汐さんは心なしか微笑んだように見えた。

 やはり彼女も、carnaプレイヤーのようだ。

 外国人美少女に引き続き、委員長キャラまでもが俺目当てでやってくるとは。

 Kに捕まったときは俺の人生も最早ここまでと悲観したが、これは本格的に俺の時代が始まってしまったのかもしれない。

「ええ、パティに教えてもらって、少々嗜んでおります」

 来た。二本目のフラグが。

 俺は一つ咳払いをして、紳士らしくこちらから申し出ることにした。

「わざわざ足を運んで頂いて、断ったのではデッキビルダーの名折れ。八汐さんほどのお方なら、喜んで手とり足とり……」

 余程感激したのだろう。

 話が終わらないうちに、八汐さんは俺の手を熱烈に握った。

「願ってもない! 話を伺い、かねがねお手合わせしたいと思っていました!」