ふたり回し

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……ウチが今から、それを教えたる! その4

書いていて楽しいのはこっちの方というね……

 

 1分、2分、3分、4分、5分。
 危ぶんだ端から、Kが全然戻って来ない。
 俺はKを呼びながら階段を駆け上がり、服選びを中断させた。

「先に飯を食え! 8時に家を出られなくなるぞ!」

 警告に従うどころか、Kは予定そのものに難癖を付けて返した。

「8時? まだメイクしなあかんねんで!」

 初めて聞いたかのような顔をするな。
 昨日の昼に2度も確認させただろうが。

「少しは急げ! メイクなんて電車の中でも出来るだろ!」

 押し問答の末、俺は7分遅れで朝食を開始した。
 30分程余裕を見てあるが、問題はトリシャさん達との待ち合わせだ。
 遅刻すると八汐さんのお小言を頂く羽目になる。
 朝食で取り返した3分のビハインドを、着替えで失ってはならない。
 Kにワンピースの着用を強制するという妙手によって、俺はビハインドを5分に抑えた。

「しかし、お前はそれで良かったのか?」

 オカン所蔵のワンピースは見事なまでにオバハン趣味丸出しだ。
 普段のKなら死んでも着たくないなどと言い出すに違いない。
 念入りに顔色を窺っていると、Kはメイクを続けながら答えた。

「流行ってるからええねん。ウェストはベルトで絞ったらナントカなるし」

 防虫剤香るオカンの古着をして、流行っているとはどういうことだ。
 そもそもファッション誌は、コイツを含め読者をハナから馬鹿にしてかかっているのではあるまいか。

「そんなものか? もっと白っぽい服が流行ってた気がするんだがな……」

 そう、原色の服を着ているのは一部の痛い連中に違いない。
 そんなことは門外漢の俺にでも分かる。

「何年前や」

 鼻で嘲われた。
 何たる屈辱。
 Kに地の利があったとはいえ、これではまるで俺がDQNに知識で負けたかのようではないか。
 いや、寧ろ敵に地の利がある状態で戦ったことこそが過ちだったのだ。
 敵のフィールドで戦ってはならない、正に基本中の基本。
 そうだ、これは俺に教訓を与えるために神が用意した障害物、蹴れば飛ぶ石ころ――。

「Cタケ、阪急の駅や。ぼちぼちやで」

 Kめ、ついさっきまで、我が物顔で暢気にメイクしていた癖に。
 俺はタックルボックスの肩紐をかけ直し、勢いよく立ち上がった、

「お、俺がそれを言うところだったんだからな」

 大急ぎでポートライナーの駅に向かうと、果たして改札にはパラガス達の姿があった。

「おーい」

 向うも気づいているというのに、大げさに手を振るK。
 公式大会でハイになっているのか、トリシャさんも負けじと飛び跳ねている。

「待たせたな」

 俺達がトリのようだが、予定していた電車には間に合った。
 主にKが招いた万難を排して時間内に到着できたのは、偏に俺の機知によるものだ。

「武志さん、遅刻したとは言いませんが、こういうときは一本前の電車に乗りなさい」

 解せん。
 時間を守ったのに、そしてなぜ俺だけが捕まるのだ。
 Kの魔の手からスケジュールを守った報いがこれか。

「八汐さん、これはですね、朝からKの奴がですね、やれシャワーだ、やれメイクだ、やれ服が決まらないなどと言い出して……」

 必死の抗弁も空しく、八汐さんの顔は険しくなるばかり。
 分かってますよ、人のせいにするなって言うんでしょ。
 でもそれならなんでKのやったことが俺のせいになるんですか。

「……俺が色々と尻ぬぐいをして、この時間がやっとだったんです」

 散々俺を手こずらせておきながら、、Kは盗人猛々しくも追討ちを加えた。

「嘘つけ、お前電車の中でメイクせいゆうた癖に」

 Kめ、よりにもよって八汐さんの前で、何てことを言い出すのだ。
 俺が青くなる前に、八汐さんが青筋を立てているではないか。

「電車の中で……メイクですって?」

 まあまあ、助け船を出してくれたのは、やはりパラガスその人であった。

「電車の時間です。先を急ぎましょう」