ふたり回し

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貴重な青春は素通りしていくの! その8

ついに決着!

 

「なんて、なんて可哀相なのかしら!」

 接触不良を起こしてボイス1を連呼し続ける可哀相女。
 ついに可哀想女から、可哀相な女に成り下がってしまったのだろうか。

「あの髪型はヘドバンするためだったのか……」

 アキノリの揶揄に反応したのか、可哀相女は不意に声を上げた。

「そう……そうだよ、可哀相! お遊びに勝っただけで馬鹿みたいにはしゃぐなんて!」

 可哀相、可哀相だよ!
 さらに激しく頭を振る可哀相女。
 わめき声が次第に、悲鳴へと近づいてゆく。

「ちょっとかじっただけの私に、わざわざ特訓しても辛勝しかできないなんて! お姉ちゃん、なんて可哀相なのかしら!」

 何というスタイリッシュな負け惜しみだ。
 徹底して持ち芸を貫く姿に、俺は図らずも笑ってしまった。
 ピン芸人の参考になるとでも思ったのか、司会も可哀想女を一心に見つめている。
 役立たずのスタッフが手をこまねいている中、ソシャゲ男がロープをまたぎ可哀想女に近づいた。

「憐、おまキレ過ぎ」

 可哀想女は、しかし、ソシャゲ男の手をフルスイングで弾いた。
 
「いい加減にして! 彼氏面で付きまとわれて迷惑してるのが分からないの!」

 今の奴には、最早敵味方の区別などない。
 近づいた物を片っ端から撃ち落とす、暴言のバルカンファランクスだ。

「半端なサッカーしか取り柄のないアンタが、私と釣り合うとでも思ってたの? 当て擦りしか使い道がないのに、気付くだけの知恵もないなんて! なんて、なんて可哀相なのかしら!」

 唐突に扱いが変わり、ソシャゲ男は後ずさった。
 今まで散々頂いて来た「なんて可哀相なのかしら」だが、DQNが食らっているのを見ると少し笑ってしまう。

「こんな……こんなの憐じゃない!」

 寧ろ今まで、どんな女だと思っていたのだろう。
 ソシャゲ男は仕切りのロープに引っかかって転び、腰を抜かしたまま四つん這いで逃げ出した。

「可哀相、本当に可哀相!」

 顔を覆い、全身を震わせる可哀相女。
 滂沱の涙が両腕を伝い、次々に肘から滴り落ちる。

「哀れやのう、憐」

 指の奥で可哀相女の目が動き、Kを睨み付けた。
 己が下を見て浸るだけのつまらない女であることに、とうとう気づいてしまったに違いない。

「お姉ちゃんが得られるのは、所詮偽物の達成感なんだよ! オタクの遊びに必死になってる間に、時間だけが無情に過ぎてゆくの! ぬか喜びしてる間に、貴重な青春は素通りしていくの!」

 可哀相女が髪を掻きむしるのを、Kは冷然と見つめている。
 最早奴がマウントを取れる手段など、逆立ちまがいのアクロバティックな詭弁くらいのものだ。
 
「後には! お姉ちゃんの人生には、何も残らないの! 可哀相! そう、あんまりだよ!」
 
 怒号と鳴き声を交互にまき散らし、可哀相女は俺達を凍り付かせた。
 俺達が限られた台詞の枠を融通し合っているというのに、コイツはこの1分で全員分を使ったぞ。
 遺憾の意を示したい所が、今の可哀相女に口出しできる者など誰もいない。
 ただ一人、八汐さんを除いては。
 
「見苦しい! いい加減になさい!」

 雷の直撃を受け、可哀相女が顔を上げた。
 スクールカーストにものを言わせて今まで散々好き勝手をしてきた報いだ。
 まさしくカーストの頂点に座する八汐さんの恐ろしさ、存分に思い知るがいい。

「八汐さん、落ち着いてください」

 パラガスめ、余計なことを。
 世界精神が暴君の血を求めているのが分からんのか。
 パラガスはあろうことか八汐さんの前に歩み出て、可哀相女に説教を始めた。

「このちっぽけな勝利の為に、お姉さんが何かを犠牲にしたと思っているなら、それは違います」

 大方の予想通り、可哀相女は乱入者に白い目を向けている。
 話せば分かると思っているなら、それも立派な貴様の傲りだ。
 金床に麦を播いて芽が出るものか。

「この数週間で彼女には、あなた達が何年もかけて奪った物より、遥かに多くの物が与えられた。勝てたのはただの結果です」

 建前を素手で扱いすぎて、綺麗事アレルギーにでもなったのだろうか。
 可哀相女の顔はみるみる青くなり、不快感を隠すことも出来なくなってきた。

「あなた一体何なの? 一々因縁つけないでよ……空虚な毎日を送っているから幸せな人が許せないのね!」

 効いている。
 奴は単なる偽善者だが、パラガスは頭の中までお花畑だ。
 意図が理解できないどころか、怪奇現象に見えていてもおかしくはない。

「僕は誇る物もない平凡な人間ですが、一つだけ自慢できるものがあります。カードを通じて知り合った日本中の仲間、『みすまる』の友人たち。皆それぞれに理念や目標を持って活動していて、日々彼らから多くのことを学んでいます。彼らと出会えたことに、僕は心の底から感謝しています」

 俺やトリシャさんはともかく、アキノリやKから学ぶことがあるものか。
 こんな綺麗事を妄信する愚か者は、関西でもパラガス一人くらいのものだろう。

「そ、そんな模範解答、認知的不協和の産物に決まってるよ! こんな可哀相な人、初めて見た!」

 可哀相女は顔を背けて逃げ出したが、Kが追いかけ、奴のデッキを手渡した。

「捨てといて。別に要らないから」

 ため息交じりの可哀相女に、Kは尚もデッキを押し付ける。
 せっかく厄介払い出来たものを、あの馬鹿は呼び戻すつもりか。
 あんな性悪プレイヤーがのさばっていたのでは、この辺りのカードゲーム界隈はお終いだ。

「勿体ない思うけどなー。カードゲーマーゆうたら大体頭ええ奴か性格悪い奴のどっちかや」

 実際お前、めっちゃ楽しんどったやろ。 
 敵に塩を送りながら、あろうことかKはヘラヘラしている。
 お前はカードゲームの輪を広げているつもりかもしれないが、それは己に酔っているからだ。
 後悔どころか、罪を背負うことになっても知らんぞ!
 俺の説得は、しかし、余計な司会によって阻まれてしまった。

《……『黙示録』が墓地に置かれた! ここで堀内選手がサレンダー! と同時に2回戦進出者が出そろった!》

 カードの未来に暗雲が垂れ込めているのとは裏腹に、会場は光に包まれた。
 Kめ、なんと愚かなことを。
 1回戦に勝ったくらいで気を大きくして、自分でライバルを増やす奴があるか。
 可哀相女が知恵を付けて、また勝てなくなったらどうするのだ。

「カードくらいでしか勝てないからって、私に無理矢理付き合わせようとするお姉ちゃん、なんて可哀相なのかしら!」

 可哀相女は気色ばみ、嫌味を吐き捨て控室に戻っていった。
 Kの横暴に義憤を覚えたのは、アキノリとトリシャさんのみ。
 表情を曇らせている八汐さんまでは許せるが、他の連中はどうかしているぞ。
 万事解決したような気でいられるのは今のうちだ。
 この日災厄の種が播かれたことを、いずれここにいる誰もが思い出すことになるだろう。