ついに決着!
「なんて、なんて可哀相なのかしら!」
接触不良を起こしてボイス1を連呼し続ける可哀相女。
ついに可哀想女から、可哀相な女に成り下がってしまったのだろうか。
「あの髪型はヘドバンするためだったのか……」
アキノリの揶揄に反応したのか、可哀相女は不意に声を上げた。
「そう……そうだよ、可哀相! お遊びに勝っただけで馬鹿みたいにはしゃぐなんて!」
可哀相、可哀相だよ!
さらに激しく頭を振る可哀相女。
わめき声が次第に、悲鳴へと近づいてゆく。
「ちょっとかじっただけの私に、わざわざ特訓しても辛勝しかできないなんて! お姉ちゃん、なんて可哀相なのかしら!」
何というスタイリッシュな負け惜しみだ。
徹底して持ち芸を貫く姿に、俺は図らずも笑ってしまった。
ピン芸人の参考になるとでも思ったのか、司会も可哀想女を一心に見つめている。
役立たずのスタッフが手をこまねいている中、ソシャゲ男がロープをまたぎ可哀想女に近づいた。
「憐、おまキレ過ぎ」
可哀想女は、しかし、ソシャゲ男の手をフルスイングで弾いた。
「いい加減にして! 彼氏面で付きまとわれて迷惑してるのが分からないの!」
今の奴には、最早敵味方の区別などない。
近づいた物を片っ端から撃ち落とす、暴言のバルカンファランクスだ。
「半端なサッカーしか取り柄のないアンタが、私と釣り合うとでも思ってたの? 当て擦りしか使い道がないのに、気付くだけの知恵もないなんて! なんて、なんて可哀相なのかしら!」
唐突に扱いが変わり、ソシャゲ男は後ずさった。
今まで散々頂いて来た「なんて可哀相なのかしら」だが、DQNが食らっているのを見ると少し笑ってしまう。
「こんな……こんなの憐じゃない!」
寧ろ今まで、どんな女だと思っていたのだろう。
ソシャゲ男は仕切りのロープに引っかかって転び、腰を抜かしたまま四つん這いで逃げ出した。
「可哀相、本当に可哀相!」
顔を覆い、全身を震わせる可哀相女。
滂沱の涙が両腕を伝い、次々に肘から滴り落ちる。
「哀れやのう、憐」
指の奥で可哀相女の目が動き、Kを睨み付けた。
己が下を見て浸るだけのつまらない女であることに、とうとう気づいてしまったに違いない。
「お姉ちゃんが得られるのは、所詮偽物の達成感なんだよ! オタクの遊びに必死になってる間に、時間だけが無情に過ぎてゆくの! ぬか喜びしてる間に、貴重な青春は素通りしていくの!」
可哀相女が髪を掻きむしるのを、Kは冷然と見つめている。
最早奴がマウントを取れる手段など、逆立ちまがいのアクロバティックな詭弁くらいのものだ。
「後には! お姉ちゃんの人生には、何も残らないの! 可哀相! そう、あんまりだよ!」
怒号と鳴き声を交互にまき散らし、可哀相女は俺達を凍り付かせた。
俺達が限られた台詞の枠を融通し合っているというのに、コイツはこの1分で全員分を使ったぞ。
遺憾の意を示したい所が、今の可哀相女に口出しできる者など誰もいない。
ただ一人、八汐さんを除いては。
「見苦しい! いい加減になさい!」
雷の直撃を受け、可哀相女が顔を上げた。
スクールカーストにものを言わせて今まで散々好き勝手をしてきた報いだ。
まさしくカーストの頂点に座する八汐さんの恐ろしさ、存分に思い知るがいい。
「八汐さん、落ち着いてください」
パラガスめ、余計なことを。
世界精神が暴君の血を求めているのが分からんのか。
パラガスはあろうことか八汐さんの前に歩み出て、可哀相女に説教を始めた。
「このちっぽけな勝利の為に、お姉さんが何かを犠牲にしたと思っているなら、それは違います」
大方の予想通り、可哀相女は乱入者に白い目を向けている。
話せば分かると思っているなら、それも立派な貴様の傲りだ。
金床に麦を播いて芽が出るものか。
「この数週間で彼女には、あなた達が何年もかけて奪った物より、遥かに多くの物が与えられた。勝てたのはただの結果です」
建前を素手で扱いすぎて、綺麗事アレルギーにでもなったのだろうか。
可哀相女の顔はみるみる青くなり、不快感を隠すことも出来なくなってきた。
「あなた一体何なの? 一々因縁つけないでよ……空虚な毎日を送っているから幸せな人が許せないのね!」
効いている。
奴は単なる偽善者だが、パラガスは頭の中までお花畑だ。
意図が理解できないどころか、怪奇現象に見えていてもおかしくはない。
「僕は誇る物もない平凡な人間ですが、一つだけ自慢できるものがあります。カードを通じて知り合った日本中の仲間、『みすまる』の友人たち。皆それぞれに理念や目標を持って活動していて、日々彼らから多くのことを学んでいます。彼らと出会えたことに、僕は心の底から感謝しています」
俺やトリシャさんはともかく、アキノリやKから学ぶことがあるものか。
こんな綺麗事を妄信する愚か者は、関西でもパラガス一人くらいのものだろう。
「そ、そんな模範解答、認知的不協和の産物に決まってるよ! こんな可哀相な人、初めて見た!」
可哀相女は顔を背けて逃げ出したが、Kが追いかけ、奴のデッキを手渡した。
「捨てといて。別に要らないから」
ため息交じりの可哀相女に、Kは尚もデッキを押し付ける。
せっかく厄介払い出来たものを、あの馬鹿は呼び戻すつもりか。
あんな性悪プレイヤーがのさばっていたのでは、この辺りのカードゲーム界隈はお終いだ。
「勿体ない思うけどなー。カードゲーマーゆうたら大体頭ええ奴か性格悪い奴のどっちかや」
実際お前、めっちゃ楽しんどったやろ。
敵に塩を送りながら、あろうことかKはヘラヘラしている。
お前はカードゲームの輪を広げているつもりかもしれないが、それは己に酔っているからだ。
後悔どころか、罪を背負うことになっても知らんぞ!
俺の説得は、しかし、余計な司会によって阻まれてしまった。
《……『黙示録』が墓地に置かれた! ここで堀内選手がサレンダー! と同時に2回戦進出者が出そろった!》
カードの未来に暗雲が垂れ込めているのとは裏腹に、会場は光に包まれた。
Kめ、なんと愚かなことを。
1回戦に勝ったくらいで気を大きくして、自分でライバルを増やす奴があるか。
可哀相女が知恵を付けて、また勝てなくなったらどうするのだ。
「カードくらいでしか勝てないからって、私に無理矢理付き合わせようとするお姉ちゃん、なんて可哀相なのかしら!」
可哀相女は気色ばみ、嫌味を吐き捨て控室に戻っていった。
Kの横暴に義憤を覚えたのは、アキノリとトリシャさんのみ。
表情を曇らせている八汐さんまでは許せるが、他の連中はどうかしているぞ。
万事解決したような気でいられるのは今のうちだ。
この日災厄の種が播かれたことを、いずれここにいる誰もが思い出すことになるだろう。