ふたり回し

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貴重な青春は素通りしていくの! その4

バクチの打ち合いの勝者は

 

 愚かな。
 鏡を空振りすれば、アンヘルも倒されて可哀相女の勝機は完全に絶たれる。

「奴は1人で度胸試しでもしているのか?」

 墓穴の見事さに、アキノリも嗤えずにいる。

「なんか、よく分かんねえ最後だったな……」

 ともかくこれで、勝ちは確定か。
 単なる偶然にしても、Kの読みが当たったことに変わりはない。
 Kがカードを裏返した瞬間、しかし、ギャラリーの間に衝撃が走った。

《開幕『魔法の鏡』が炸裂! 蛍選手は自分の『罪の天秤』でメグを失ってしまった!》

 馬鹿な!
 何が起こっている。
 わざわざ焚きつけたのは、クローナを掴ませる為ではなかったというのか。

《これは大きいですねー。立て直すまでの間、憐選手は相手の攻撃を気にせず展開していけますからねー》

 こんな損害は、完全に想定外だ。
 どいつもこいつも、闇雲に裏をかこうとして出鱈目なプレイングをしやがって。

「あんまりだよ! せっかく私が教えてあげたのに、どうして信じてくれなかったの!」

 顔を伏せ、勝利のくねくねツイストを披露する可哀相女。
 危険な賭けを仕掛けたのがおちょくって士気を下げるためか。
 咬ませ犬にもならん小物め、貴様が得たのは優位ではなく油断に過ぎなかったということを、今にも思い知ることになるだろう。

「ああ、可哀相なお姉ちゃん! 目の前に転がった正解を拾うことさえできなくなっちゃうなんて!」

 可哀想女はマウントを取ることに必死だが、まだKの眼光は衰えていない。
 以前のKなら、戦意か平静のいずれかを喪失していたことだろう。
 判断力はともかく、練習の日々はKを確かに強くしたのだ。

「流石に引っかからんかったか……ターンエンドや」

 舌打ちの後、Kは低い声で呟いた。
 まだ相手がカードを待っている間に追いつく可能性が残されている。
 ここが踏ん張り所だ、K。

《3番テーブルはもう終盤に差し掛かっているようだ……大蔵選手の場にはリコリが一体残るのみ!》

 この程度で見切りを付けるとは、相変わらず蒙昧な実況だ。
 あんな素人共よりは、アキノリの方が余程まともな解説ができるだろう。

「しかし解せんでオジャル。Kが挑発し返したのは、可哀相女の鏡を看破してのことでアロ。何ゆえ囮を使わぬのカ……」

 師匠のお見立てを伺いたくソウロウ。
 トリシャさんが疑問に思うのも無理はない。
 俺もあのカードはクローナだと完全に思いこんでいた。
 いや、信じていたのだ、よりにもよってKの論理的思考力をだ。

「可哀相女と同じ手をやり返して、相手の読みを攪乱したかった……いや、もっと単純に、一度言うことを聞いてしまうとペースを持って行かれると思ったのかもしれません」

 共同生活の副産物として、混沌に支配されたKの心理も多少は分析できるようになった。
 要は自分の負けを絶対認めない。
 可能性がある以上鏡を回避するのが正しい選択なのだが、Kは少々意地を張り過ぎたのだろう。

「そのさらに逆を狙ってたのかもしれねぇな。ブラフを警戒して鏡を使い損なえば、あの可哀想女でもそこそこダメージを食らうだろうし」

 アキノリの解説に、俺は自分の耳を疑った。
 可哀相女が鏡を使わないことに賭ける?
 スタンバイしているにもかかわらず?

「アナヤ! Kの伏せカードが式神ナラバ、アンヘルを温存するが道理でオジャルナ」

 そうか、アンヘルを失えば、可哀相女は一から展開し直さなければならないのだった。
 加えて鏡を処理するために手数を割くこともできる。
 Kのカード次第では、鏡を使わない選択肢もあったということか。
 俺は咳払いをして、アキノリの傲りを諫めた。

「今回の件については恐らくそれが正解だろうが、その作戦は理想的なプレイングからは程遠い」

 要はお前が、Kと同レベルだということだ。
 アキノリが言い返そうとしたその時、可哀相女が嫌な名前を口にした。

「カードを2枚スタンバイ。『幸運のアンヘル』のアニメイトで『人形遣いカーニャ』をカーナ!」

 もう出てきてしまったか。
 カーニャはこの状況下で最悪のカードだ。
 Kは手札を3枚使っただけで危険水域に突入してしまう。
 
《シャトヤーンのアタック、3番テーブルは2-0で塚田選手が勝ち抜けた!》

 トリシャさんに続き、京子ちゃんもここで脱落か。
 段々と知り合いが減っていく、トーナメントは切ないものだ。
 
「ウチのターン、ドロー。カードを1枚スタンバイ!」

 出てきたのは果たしてメグ、初手で2枚あったものを温存していたのだろう。
 だからこそKは平静を保っていられたのだ。
 崖っぷちで踏みとどまっている形勢を、可哀相女は無情にも突き放した。

「『人形遣いカーニャ』のアニメイトで、『金の卵』をキャスト……ごめんね、私ももう負けるわけにはいかないよ」
 
 山札から出てきたのは、2匹目のカーニャだ。
 絶対優勢を手に入れ、可哀想女は目に涙を浮かべている。
 この場にもう騙されるものはいまい。
 感傷こそが奴にとっての快楽なのだ。

「もう終わりにしよう? お姉ちゃんにはもう勝ち目がないよ」

 Kは睨む代わりに、ため息をついた。

「相変わらず暢気なやっちゃな。ターンエンド。お前のターンやで」

 Kの減らず口に、一瞬だけだが可哀相女が目を見開いた。
 何という重く、冷たく、邪悪なプレッシャーだ。
 トリシャさんは俺の後ろに隠れ、アキノリも青い顔で縮み上がっている。
 ただ俺の慧眼だけは恐れに曇ることなく、奴の怒りにある種の綻びを見出していた。

「私のターン、ドロー。『人形遣いカーニャ』のフォースアクトを発動」

 やはりだ。
 暢気というか、1ゲーム目でも割とあっさり投了していた。

「合理的ともとれるが、奴の弱点は根気かもしれん」