バクチの打ち合いの勝者は
愚かな。
鏡を空振りすれば、アンヘルも倒されて可哀相女の勝機は完全に絶たれる。
「奴は1人で度胸試しでもしているのか?」
墓穴の見事さに、アキノリも嗤えずにいる。
「なんか、よく分かんねえ最後だったな……」
ともかくこれで、勝ちは確定か。
単なる偶然にしても、Kの読みが当たったことに変わりはない。
Kがカードを裏返した瞬間、しかし、ギャラリーの間に衝撃が走った。
《開幕『魔法の鏡』が炸裂! 蛍選手は自分の『罪の天秤』でメグを失ってしまった!》
馬鹿な!
何が起こっている。
わざわざ焚きつけたのは、クローナを掴ませる為ではなかったというのか。
《これは大きいですねー。立て直すまでの間、憐選手は相手の攻撃を気にせず展開していけますからねー》
こんな損害は、完全に想定外だ。
どいつもこいつも、闇雲に裏をかこうとして出鱈目なプレイングをしやがって。
「あんまりだよ! せっかく私が教えてあげたのに、どうして信じてくれなかったの!」
顔を伏せ、勝利のくねくねツイストを披露する可哀相女。
危険な賭けを仕掛けたのがおちょくって士気を下げるためか。
咬ませ犬にもならん小物め、貴様が得たのは優位ではなく油断に過ぎなかったということを、今にも思い知ることになるだろう。
「ああ、可哀相なお姉ちゃん! 目の前に転がった正解を拾うことさえできなくなっちゃうなんて!」
可哀想女はマウントを取ることに必死だが、まだKの眼光は衰えていない。
以前のKなら、戦意か平静のいずれかを喪失していたことだろう。
判断力はともかく、練習の日々はKを確かに強くしたのだ。
「流石に引っかからんかったか……ターンエンドや」
舌打ちの後、Kは低い声で呟いた。
まだ相手がカードを待っている間に追いつく可能性が残されている。
ここが踏ん張り所だ、K。
《3番テーブルはもう終盤に差し掛かっているようだ……大蔵選手の場にはリコリが一体残るのみ!》
この程度で見切りを付けるとは、相変わらず蒙昧な実況だ。
あんな素人共よりは、アキノリの方が余程まともな解説ができるだろう。
「しかし解せんでオジャル。Kが挑発し返したのは、可哀相女の鏡を看破してのことでアロ。何ゆえ囮を使わぬのカ……」
師匠のお見立てを伺いたくソウロウ。
トリシャさんが疑問に思うのも無理はない。
俺もあのカードはクローナだと完全に思いこんでいた。
いや、信じていたのだ、よりにもよってKの論理的思考力をだ。
「可哀相女と同じ手をやり返して、相手の読みを攪乱したかった……いや、もっと単純に、一度言うことを聞いてしまうとペースを持って行かれると思ったのかもしれません」
共同生活の副産物として、混沌に支配されたKの心理も多少は分析できるようになった。
要は自分の負けを絶対認めない。
可能性がある以上鏡を回避するのが正しい選択なのだが、Kは少々意地を張り過ぎたのだろう。
「そのさらに逆を狙ってたのかもしれねぇな。ブラフを警戒して鏡を使い損なえば、あの可哀想女でもそこそこダメージを食らうだろうし」
アキノリの解説に、俺は自分の耳を疑った。
可哀相女が鏡を使わないことに賭ける?
スタンバイしているにもかかわらず?
「アナヤ! Kの伏せカードが式神ナラバ、アンヘルを温存するが道理でオジャルナ」
そうか、アンヘルを失えば、可哀相女は一から展開し直さなければならないのだった。
加えて鏡を処理するために手数を割くこともできる。
Kのカード次第では、鏡を使わない選択肢もあったということか。
俺は咳払いをして、アキノリの傲りを諫めた。
「今回の件については恐らくそれが正解だろうが、その作戦は理想的なプレイングからは程遠い」
要はお前が、Kと同レベルだということだ。
アキノリが言い返そうとしたその時、可哀相女が嫌な名前を口にした。
「カードを2枚スタンバイ。『幸運のアンヘル』のアニメイトで『人形遣いのカーニャ』をカーナ!」
もう出てきてしまったか。
カーニャはこの状況下で最悪のカードだ。
Kは手札を3枚使っただけで危険水域に突入してしまう。
《シャトヤーンのアタック、3番テーブルは2-0で塚田選手が勝ち抜けた!》
トリシャさんに続き、京子ちゃんもここで脱落か。
段々と知り合いが減っていく、トーナメントは切ないものだ。
「ウチのターン、ドロー。カードを1枚スタンバイ!」
出てきたのは果たしてメグ、初手で2枚あったものを温存していたのだろう。
だからこそKは平静を保っていられたのだ。
崖っぷちで踏みとどまっている形勢を、可哀相女は無情にも突き放した。
「『人形遣いのカーニャ』のアニメイトで、『金の卵』をキャスト……ごめんね、私ももう負けるわけにはいかないよ」
山札から出てきたのは、2匹目のカーニャだ。
絶対優勢を手に入れ、可哀想女は目に涙を浮かべている。
この場にもう騙されるものはいまい。
感傷こそが奴にとっての快楽なのだ。
「もう終わりにしよう? お姉ちゃんにはもう勝ち目がないよ」
Kは睨む代わりに、ため息をついた。
「相変わらず暢気なやっちゃな。ターンエンド。お前のターンやで」
Kの減らず口に、一瞬だけだが可哀相女が目を見開いた。
何という重く、冷たく、邪悪なプレッシャーだ。
トリシャさんは俺の後ろに隠れ、アキノリも青い顔で縮み上がっている。
ただ俺の慧眼だけは恐れに曇ることなく、奴の怒りにある種の綻びを見出していた。
「私のターン、ドロー。『人形遣いのカーニャ』のフォースアクトを発動」
やはりだ。
暢気というか、1ゲーム目でも割とあっさり投了していた。
「合理的ともとれるが、奴の弱点は根気かもしれん」