ふたり回し

小説投稿サイトとは別に連絡や報告、画像の管理などを行います

……ウチが今から、それを教えたる! その7

ガチのカードゲーム、始まる。

 

 八汐さんも随分と世間的な建前に拘る御仁である。
 都合が悪かろうが救いがなかろうが真実は真実。
 それを捻じ曲げることの方が正義にもとるのではないか。

「まあまあ。結果として場が収まったことには違いないし、良かったということにしておきましょう」

 こちらも相変わらずの誤魔化しようだ。
 パラガスに促され、俺は釈然としないままホールの入り口をくぐった。
 俺が同伴できるのは、廊下の途中まで。
 最後に言うべきことがないか考えていると、後ろでアキノリの噴き出す音が聞こえた。

「まだ笑ってるのか」

 いくら痛快だったとはいえ、他人を貶めることで満足していたのでは可哀相女と大差ない。
 こういう時に窘めるのは、やはり年長者の務めであろう。
 小さな悪を看過すれば、カードゲーマー、いや、オタク全体のイメージが損なわれることになるのだ。

「いやー、ブレねえなと思って」

 ブレないとは、あの芸風のことか。
 奴が変わるところは、確かに想像しようがない。

「あれは勝ち負けでしか物を考えられないタイプだな。自分の正しさに固執するあまり、他人から学ぶということが原理的に出来ないんだ」

 俺の慧眼に、皆は目を見張った。 
 所詮世間知などは雑学にも数段劣るのものだが、理論派だからと言って世間知らずだと思われるのも面白いことではない。
 加えて子供達、特にアキノリが道を踏み外さないよう、偶にはこうして真っ当な見識を示してやる必要があるのだ。

「Cタケ、お前自分で言ってて、何とも思わんか……」

 強いて言えば、我ながら己の洞察の深さに感服させられるといったところだが、俺は敢えて誇ることはしなかった。

「いや。そんなことよりも、試合前に一つだけ、お前に伝えておくべきことがある」

 気が付けば、目の前には『関係者以外立ち入り禁止』の張り紙だ。
 先頭のトリシャさんが足を止め、俺達を振り返った。

「うん」

 珍しくも神妙な顔で頷くK。
 パラガス達も、静かに先行きを見守っている。

「戦術的なことは今までも散々言ってきたし、電車の中で一通り確認済みだ。今更細かいことを言っても仕方あるまい」

 大会中は緊張するものだ。
 まして窮地においては、普段通りの判断力を発揮することは難しい。
 精神的な支柱となる心理的なアドバイスが必要だ。

「で?」

 アキノリに説教させられたせいで、思いつく前に着いてしまった。
 警句、金言、その他、大体何にでも当てはまる名ゼリフめいたフレーズ。
 何でもいい、思い出せ、思い出すんだマッシュ・ザ・デッキビルダー!

「今まで余りそういう話はしたことがなかったがな……要は試合中の心構えだ」

 せっかく俺が激励してやろうとしているというのに、何という女だ。
 Kは顎をしゃくり、俺の脛に蹴りを入れた。

「言えや。行けへんやろ」

 有名人。
 名言を言ってくれそうな有名人。
 その言葉が最初に繋がったのは、不本意ながら沙恵さんの顔だった。

「受け売りだが仕方あるまい……」

 溜め息を足下に転がし、俺はあの言葉を復唱した。

「勝てるかどうかは考えるな。相手に勝つ方法だけを考えろ」

 途中で勝敗を予想できたところで、試合に勝てるわけではない。

『そんなこと分かったって、何の足しにもなんないよ』

 勝てると思えば手抜きになる。
 負けると思えば投げやりになる。
 そんなことを考える余裕があるなら、勝つために必要なことに頭を使え。

『どうやって勝つかだけを考えな』

 全く持って耳の痛い台詞だ。
 今年こそはあの人にも勝たなければならないと思っていたが。

「相手に勝つ方法だけを……か」

 分かった、やってみるわ。
 Kの瞳に、今まで見たことがない光が宿った。

「話は済んだようでオジャルな。イザ、出陣!」

 拳を掲げ音頭を取りたいトリシャさんと、それに続く半端で不揃いな掛け声。

「四人とも、頑張って!」
「分からないことがあったら、八汐お姉さんに聞きなさい」
「俺達は観客席で待ってますから」

 口々に挨拶し、俺達は四人の出陣を見送った。
 後は一回戦が終わるまで、観客として見届けることしかできない。
 兄貴め。
『関係者以外』のレッテルを貼りつければ俺を締め出せると思ったようだが、無駄だったな。
 Kとフォロアビートは、既に防衛線の内側に浸透しているぞ。
 カードゲーマーは、絶体絶命の窮地にも突破口を見出してこそ。
 いや待て、あれはまだ言ってない。

「K、後一つだけ、お前に教えておくべきことがある」

 遠くなった後ろ姿に向かって、俺は声を振り絞った。

「一つだけゆうたやんか」

 何だその迷惑そうな顔は。

「だから一つだけだって言ってるじゃねーか」

 親の心子知らずとは、正にこういうことを言うのだ。
 それから更に二、三回同じ問答を繰り返し、俺は今度こそ本当にKを送り出したのだった。