再起戦に向けて動き出す二人。
試合の準備だけしていればいい、というわけにはいかないのであった。
前大会後、急速に普及した火金速攻、守りを厚くして対応しようとする水木コン、時折現れるその他のデッキタイプ。
春以降、大規模な大会が開かれていないこともあり、環境は硬直しているらしい。
この先動くとしても、GWの全国ツアー後になるだろう。
ただ、収穫が全くないわけではなかった。
量産されたメタデッキの中にも野心的なデッキは散見され、中でも沖縄の土水LOには感心させられた。
作者はレシピを公開していないため詳細は不明だが、墓地を介したリソース管理は見事という他ない。
LOを駆使して、コントロール合戦で水木コンを下している。
「……もう12時か。今日はこのあたりで止めておこう」
俺がブラウザを閉じると、Kは欠伸混じりに尋ねた。
「なあ、今この家、お前一人やろ。親の部屋、借りてもええ?」
Kを疑うわけではないが、知らぬ間に寝泊まりさせるのも気が悪い。
少し迷ってから、俺は顎で隣の部屋を差した。
「それなら隣に、持ち主のいない部屋がある」
PCデスクの奥、真っ白な壁を、Kは間抜け面で眺めた。
流石にKでも、この時間になると眠気が回ってくるらしい。
ファンの音が止み、俺が伸びをして立ち上がると、横から腕が伸びてきた。
「オイコラCタケ、そらフローリングの上で寝ろゆーことか」
Kめ、毎度のことながら、どこからそんな勘違いが出て来るのだ。
同じキレるにしても、部屋を確かめてからにしてくれ。
「違う、兄貴だ、兄貴。上京した兄貴の部屋だから、お前が使っても構うまい」
Kの手首を握りしめ、俺は潔白を主張した。
「なんや。それを先に言わんかい」
俺の過失を強調して、自分の責任を免れたつもりか。
「いきなり掴みかかった奴が、偉そうに」
いつもの練習と同じく、合宿一日目も喧嘩別れで終わった。
少しは熱意を共有出来たかと思ったのだが、全く進歩というものがない。
半ばほっとしつつ、俺はテーブルの上に屈みこんだ。
まだ、片付けが残っている。
「Cタケ」
俺は手を引っ込め、開きかけのドアを振り返った。
「ホンマ、ありがとうな、色々……ウチもガンバるわ」
今まで、ないくらいに。
微かな金具の音が聞こえ、それから目の前にドアだけが残った。
Kが何か言ったような気がするが、多分俺の空耳だろう。
アイツの口から殊勝な言葉が出て来るとしたら、その時点で既に超常現象ではないか。
アイデアがまとまったり、Kが押しかけてきたりして、俺も疲れているに違いない。
灯りを落としてベッドに転がると、いつの間にか朝が来ていた。
申し入れとは言ったものの、一体どうやって捕まえたものか。
すっかり高くなった日差しを浴びながら、俺は考えを巡らせた。
場所はKに聞くとしても、俺一人で赴くべきだろう。
また揉めても厄介だし、何より特訓に集中できなくなっては不味い。
じき空腹に気づいた俺は、ダイニングに下りていった。
「よう、遅かったやんけ」
キッチンに、昨日のままのKがいる。
先に起きて朝食を拵えるとは、中々良い心がけだ。
今まで筋金入りの恩知らずだと思っていたが、一宿一飯の恩義くらいは感じられるようになったということか。
「何でも揃とるな、お前ん家」
さて、Kの朝食はどんなものだろう。
カウンター越しにキッチンを覗きこむと、シンクの中に大皿が見えた。
「なあK、今日の朝食は、どうなった?」
おかしい。
キッチンにサラダの姿がない。
目玉焼きも、ベーコンも、コンソメスープも塩鮭もなし。
コンロの上の大鍋を指し、Kは平然と言い放った。
「カレー、温めといたし。後洗っといてや」
俺としたことが、一瞬でもこの阿呆に期待してしまうとは。
カウンターから身を乗り出し、俺はKに抗議した。
「ふざけるな! なんで今日の朝飯が昨日のカレーなんだ! 貴様には自分で料理するという発想はないのか!」
恐れ多くも、この俺が晩飯を作ってやったというのに。
一言付け足すと、Kは俺の顔を鷲掴みにした。
「何が料理や。お前も鍋火にかけただけやないか」
鬼の首とったりとばかりに、Kは俺の頬を引っ張った。
本当に、人の揚げ足を取ることだけは手慣れている。
「それにしたって、俺のカレーを分けてやったことに変わりはないだろうが。今日の夕飯は、K、お前の当番だからな」
さあ、せいぜい今夜の献立に頭を悩ませるがいい。
俺は余裕の笑みを見せつけてやったが、Kは全くうろたえなかった。
どころか、いつもの意地汚いにやけ面に戻っている。
「言うたな。明後日の朝が来るんが今から楽しみやわ」
Kめ、卑劣な。
料理が出来るのを隠していやがったな。
「ああ、それくらいのこと、俺にとっては朝飯前だからな――」
そんなことより、可哀相女の所在だ。
俺が尋ねようとすると、Kはなんと自ら話の腰を折った。
「そら朝飯作んのに、朝飯食うてからゆう訳にはいかんわな」
人が真面目な話をしているのに、どうしてコイツは傾聴するということができないのか。
こればかりは流石の俺も我慢ならず、カウンターに拳を打ち付けた。
「違う! 妹の話だ! 大会に呼び出すために、会いに行く必要があるだろうが」
俺の心情など露知らず、Kはさも迷惑そうに肩をすくめて見せた。
「なんで途中で話変わんねん。ビックリすんな……」
俺は椅子を引き出し、腰を下ろしてからKを見すえた。
「取りあえず、どこに行けば会えるか教えてくれ。俺一人で行くから」
目を白黒させて、Kは聞き返した。
「Cタケが? ウチやのうて?」
実際はKが行くのが筋なのだろうが、今回は事情が違う。
Kを連れていくのは、極力避けておきたい。
「お前が行くと、またややこしそうだからな。昨日の続きでレポートを見るなり、一人で練習するなり、大人しくしていろ」
俺が言いつけると、Kはしばらく考えてから漸く首を縦に振った。
「分かった。任せるわ」
三ノ宮のスタバが、可哀相女達のたまり場になっている。
だが今回は話が別だ。
ショーマ君とやらの高校で練習試合があり、奴も見に行っている可能性が高いという。
「昼からやから、まだ間があるやろ」
午前10時半。
俺は時計を確かめ、それからカレー皿を取り出した。
「塚口か。割と近いな」
阪急で10分、駅から歩いてすぐ。
これなら空振りでもさほど痛くはない。
俺はカレーをよそい、食パンをトースターに放り込んだ。
「なあ、Cタケ。ホンマに一人で大丈夫け?」
あのKが、慎重論を口にするとは。
先日のダメージが、まだ尾を引いているのだろうか。
「大丈夫も何も、話をつけてくるだけだろうが。試合中なら、横槍も入るまい」
トーストをカレーに浸し、俺は大口で齧りついた。