ふたり回し

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何もでけんかった! その5

再起戦に向けて動き出す二人。

試合の準備だけしていればいい、というわけにはいかないのであった。


 前大会後、急速に普及した火金速攻、守りを厚くして対応しようとする水木コン、時折現れるその他のデッキタイプ。

 春以降、大規模な大会が開かれていないこともあり、環境は硬直しているらしい。

 この先動くとしても、GWの全国ツアー後になるだろう。

 ただ、収穫が全くないわけではなかった。

 量産されたメタデッキの中にも野心的なデッキは散見され、中でも沖縄の土水LOには感心させられた。

 作者はレシピを公開していないため詳細は不明だが、墓地を介したリソース管理は見事という他ない。

 LOを駆使して、コントロール合戦で水木コンを下している。

「……もう12時か。今日はこのあたりで止めておこう」

 俺がブラウザを閉じると、Kは欠伸混じりに尋ねた。

「なあ、今この家、お前一人やろ。親の部屋、借りてもええ?」

 Kを疑うわけではないが、知らぬ間に寝泊まりさせるのも気が悪い。

 少し迷ってから、俺は顎で隣の部屋を差した。

「それなら隣に、持ち主のいない部屋がある」

 PCデスクの奥、真っ白な壁を、Kは間抜け面で眺めた。

 流石にKでも、この時間になると眠気が回ってくるらしい。

 ファンの音が止み、俺が伸びをして立ち上がると、横から腕が伸びてきた。

「オイコラCタケ、そらフローリングの上で寝ろゆーことか」

 Kめ、毎度のことながら、どこからそんな勘違いが出て来るのだ。

 同じキレるにしても、部屋を確かめてからにしてくれ。

「違う、兄貴だ、兄貴。上京した兄貴の部屋だから、お前が使っても構うまい」

 Kの手首を握りしめ、俺は潔白を主張した。

「なんや。それを先に言わんかい」

 俺の過失を強調して、自分の責任を免れたつもりか。

 

「いきなり掴みかかった奴が、偉そうに」

 いつもの練習と同じく、合宿一日目も喧嘩別れで終わった。

 少しは熱意を共有出来たかと思ったのだが、全く進歩というものがない。

 半ばほっとしつつ、俺はテーブルの上に屈みこんだ。

 まだ、片付けが残っている。

「Cタケ」

 俺は手を引っ込め、開きかけのドアを振り返った。

「ホンマ、ありがとうな、色々……ウチもガンバるわ」

 今まで、ないくらいに。 

 微かな金具の音が聞こえ、それから目の前にドアだけが残った。

 Kが何か言ったような気がするが、多分俺の空耳だろう。

 アイツの口から殊勝な言葉が出て来るとしたら、その時点で既に超常現象ではないか。

 アイデアがまとまったり、Kが押しかけてきたりして、俺も疲れているに違いない。

 灯りを落としてベッドに転がると、いつの間にか朝が来ていた。

 

 申し入れとは言ったものの、一体どうやって捕まえたものか。

 すっかり高くなった日差しを浴びながら、俺は考えを巡らせた。

 場所はKに聞くとしても、俺一人で赴くべきだろう。

 また揉めても厄介だし、何より特訓に集中できなくなっては不味い。

 じき空腹に気づいた俺は、ダイニングに下りていった。

「よう、遅かったやんけ」

 キッチンに、昨日のままのKがいる。

 先に起きて朝食を拵えるとは、中々良い心がけだ。

 今まで筋金入りの恩知らずだと思っていたが、一宿一飯の恩義くらいは感じられるようになったということか。

「何でも揃とるな、お前ん家」

 さて、Kの朝食はどんなものだろう。

 カウンター越しにキッチンを覗きこむと、シンクの中に大皿が見えた。

「なあK、今日の朝食は、どうなった?」

 おかしい。

 キッチンにサラダの姿がない。

 目玉焼きも、ベーコンも、コンソメスープも塩鮭もなし。

 コンロの上の大鍋を指し、Kは平然と言い放った。

「カレー、温めといたし。後洗っといてや」

 俺としたことが、一瞬でもこの阿呆に期待してしまうとは。

 カウンターから身を乗り出し、俺はKに抗議した。

「ふざけるな! なんで今日の朝飯が昨日のカレーなんだ! 貴様には自分で料理するという発想はないのか!」

 恐れ多くも、この俺が晩飯を作ってやったというのに。

 一言付け足すと、Kは俺の顔を鷲掴みにした。

「何が料理や。お前も鍋火にかけただけやないか」

 鬼の首とったりとばかりに、Kは俺の頬を引っ張った。

 本当に、人の揚げ足を取ることだけは手慣れている。

 

「それにしたって、俺のカレーを分けてやったことに変わりはないだろうが。今日の夕飯は、K、お前の当番だからな」

 さあ、せいぜい今夜の献立に頭を悩ませるがいい。

 俺は余裕の笑みを見せつけてやったが、Kは全くうろたえなかった。

 どころか、いつもの意地汚いにやけ面に戻っている。

「言うたな。明後日の朝が来るんが今から楽しみやわ」

 Kめ、卑劣な。

 料理が出来るのを隠していやがったな。

「ああ、それくらいのこと、俺にとっては朝飯前だからな――」

 そんなことより、可哀相女の所在だ。

 俺が尋ねようとすると、Kはなんと自ら話の腰を折った。

「そら朝飯作んのに、朝飯食うてからゆう訳にはいかんわな」

 人が真面目な話をしているのに、どうしてコイツは傾聴するということができないのか。

 こればかりは流石の俺も我慢ならず、カウンターに拳を打ち付けた。

「違う! 妹の話だ! 大会に呼び出すために、会いに行く必要があるだろうが」

 俺の心情など露知らず、Kはさも迷惑そうに肩をすくめて見せた。

 

「なんで途中で話変わんねん。ビックリすんな……」

 俺は椅子を引き出し、腰を下ろしてからKを見すえた。

「取りあえず、どこに行けば会えるか教えてくれ。俺一人で行くから」

 目を白黒させて、Kは聞き返した。

「Cタケが? ウチやのうて?」

 実際はKが行くのが筋なのだろうが、今回は事情が違う。

 Kを連れていくのは、極力避けておきたい。

「お前が行くと、またややこしそうだからな。昨日の続きでレポートを見るなり、一人で練習するなり、大人しくしていろ」

 俺が言いつけると、Kはしばらく考えてから漸く首を縦に振った。

「分かった。任せるわ」

 三ノ宮のスタバが、可哀相女達のたまり場になっている。

 だが今回は話が別だ。

 ショーマ君とやらの高校で練習試合があり、奴も見に行っている可能性が高いという。

「昼からやから、まだ間があるやろ」

 午前10時半。

 俺は時計を確かめ、それからカレー皿を取り出した。

塚口か。割と近いな」

 阪急で10分、駅から歩いてすぐ。

 これなら空振りでもさほど痛くはない。

 俺はカレーをよそい、食パンをトースターに放り込んだ。

 

「なあ、Cタケ。ホンマに一人で大丈夫け?」

 あのKが、慎重論を口にするとは。

 先日のダメージが、まだ尾を引いているのだろうか。

「大丈夫も何も、話をつけてくるだけだろうが。試合中なら、横槍も入るまい」

 トーストをカレーに浸し、俺は大口で齧りついた。