ふたり回し

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水蛇の塔(一八六四年五月九日)

次第に謎解きの材料がふえてきた。


 調査六日目。トーマが下痢を催す。熱は無いものゝ脱水症状が深刻な為、急遽プノンペンの病院に入院。密林は未知の細菌の巣窟で在る。我々も重々注意せねばなるまい。伐採作業が停滞したため、我々は予定通り遺骸の鑑識と副葬品の整理を行つた。

 華奢な体格と幅広な骨盤の形状は六つの遺骸が成人女性の物で在る事を示し、遺跡が権力者の霊廟で在るとの見方は弱まつた。装身具は孰れも純金製で在り腕輪、胸当て、冠には青玉も用いられてゐる。中でも特筆す可きは二号棺に納められてゐた腕輪で在る。双頭の蛇が二重に巻き付く形状、外面に打刻された鱗の模様共に当時の文化水準の高さを感じさせ、目が輝いて見えるやう意図されたので在らう、眼球に用いられた青玉は星条を持ち、此れだけでも数千フランの価値が在る。副葬品は盃七点、小刀十点、鏡六点、扇八点、錫杖四点が出土し、此れ等も純金製で在るが盃五点は内側に褐色の染みが見受けられる。村に伝はる酒は白色で在る為、我々は儀式の際盃に血液を注いだ物と推察した。改めて石棺の素描を確認した處、棺の主と思しき女性が喉首を裂かれ噴出した血を神官が盃に受けてゐる彩色画を確認。彼らが極めて重要な儀式に於ける生贄で在る事を示唆する証左で在るが、何故その盃が棺に副葬されたのかは不明である。

 伝承に在る祠とやらには儀式の詳細を判明させるための手掛かりが有るやも知れぬ。一旦副葬品に関する議論を打切り、我々は午後より再び遺跡周辺の探索を開始すると間も無くハツプと遭遇し北の森に立ち入らぬやう忠告された。案内人の譯した處に拠れば、森の奥には少女の姿をした悪霊が出没すると云ふ。日没迄には切り上げる由を伝えさせ、彼に見逃して貰う事とした。

 我々は手分けして祠の探索に任つたものゝ祠は疎か街の痕跡すら発見出来ぬまゝ日没を迎えた。よもや悪霊云々を信じはしまいが遭難や肉食獣は軽視出来ぬ驚異で在る。見切りを付け予定通り遺跡へ引き返す頃合いを窺う内、私は菖蒲の群生地に辿り着いた。暫し見蕩れてゐると窪地を埋め尽くす花畑の中心に大きな石が見つかり、私は思はず駆け寄り此れを確かめた。全く加工されてゐ無いが、墓石で在る可能性は高い。明日は祠の探索の前に此の墓穴の発掘を行う事とする。