ふたり回し

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水蛇の塔(一八六四年五月七日)

いよいよ謎解き開始です。


 五月七日。発掘調査四日目。村民から教はつた薬草を燃やし、三度目にして遂に十全な睡眠を摂る事に成功。調査、鑑定作業の開始を早める為、遺跡西側での伐採作業は先送りし本殿での伐採作業を行つた。露出した本殿の形状は三段重ねの金字塔に近い物で在り、東側からは急な階段が伸びてゐる。一層目はほゞ百米四方の規模を持ち入口の無い完全な土台で在り、彫刻の他には飾り窓が設置されてゐるのみ。二層目は十字の祠堂と周囲の法塔より成る。祠堂の入口は東西南北に二つずつ設けられ、その間に三層目に続く階段が伸びている。三層目は巨大な法塔が南、北、西、中央と四棟配置されてゐる。孰れの法塔も先端に背を向い合せた四匹のナアガ像を頂き、中央の法塔は他の三棟よりも高い。中央の法塔には神像が設置されて居らず扉の彫刻が設えて在るものゝ、装飾が施されてゐるのは枠のみで在り、扉は全く手付かずの石版で在る。

 装飾の多くはナアガに因んだ物で在る。壁面、庇にはアンコオルのやうな華美な装飾は見られ無いが、素朴乍らアプサラやナアガの彫刻が数多く用いられ、二層東側の入口に設えられた秣石、並びに法塔側面には蛇を負う女神像の彫刻が施されてゐる。又、出土した門塔の残骸を調査した處、此方もナアガ像を備へてゐた。此の事から此の寺院に於いてナアガが殊更篤く信仰されてゐた事が窺える。ナアガは雨を司ると云ふから、ヒンドウ教が伝播する以前のメコン川に対する土俗信仰が吸収されたのやも知れぬ。或は、ヒンドウ教を受容したやう装い旧来の神権政治を続けてゐたと考えるべきか。

 本日は疑う事無き豊作の一日で在つた。明日は引き続き本殿内外部のガジマル伐採を行ひ二層内部の調査を行ふ予定で在るが、ハツプが一つ気掛かりな発言をした。如何も一層が妙に高いと謂ふので在る。成程一層は土台で在るにも関はらず二層と同等か其れ以上の厚みを持ち、些か見栄えが悪い。此れは建築様式や年代の問題に留まらず、先日我々が掘削を断念した横穴の存在を示唆してゐる。掘削の再開が徒労に終はる恐れを鑑みれば順調に進行してゐる本殿上層の調査を優先するべきで在り私は学生達に提案することを憚ったものゝ、一層の壁面に出来た浅い窪みの事を忘れる事が出来なかつた。