ふたり回し

小説投稿サイトとは別に連絡や報告、画像の管理などを行います

水蛇の塔(一八六四年五月六日)

いよいよ発掘が始まります。


 三日目。酒宴の御蔭で村民との交流が始まりガジマル伐採の協力を得る事が出来た。糸口を見付けたのは洗濯当番のアランで在る。居合わせた女達が亜麻の肌着に興味を持ち、此れが交渉の材料と成つたのだ。貯水池跡に接する遺跡の東側の伐採が進行し、木々の下より二重の回廊及び二つの門塔の基礎を露出させた。更に作業中地下一ピエに石畳が埋没してゐた事が判明。伐採と並行して石畳の発掘作業を開始し、長石を延べた通路も発見される。作業後振舞われたワインは思いの外好評で在り、又彼らと親睦を深める事が出来た。遺跡の全貌が次第に顕かに成りつゝあり未だ嘗て経験した事の無い興奮を感ずるも、特筆すべき出土品も無く日誌に記載すべき問題も無い為、一日遅れで昨夜書き損なつた物語の続きを此処に記す。

 ある夏、来る日も来る日も大雨が降り続き濁流は土手を乗り越える寸前まで迫つてゐた。案の定族長の娘ウイシヤを捧げるやう河の神からの託宣が在り、当時の族長は村を守る為予てからの慣習通り川沿いの祠へ娘を捧げた。娘は其れまで数えきれぬ乙女達が犠牲と成つて来た事に胸を痛め、舞を踊る代はり二度と生贄を取らぬやう河の神に願ひ出た。河の神は娘の高徳に胸を打たれ悔い改めて黒い鱗を脱ぎ捨て、雪峰のやうな白い肌の善神へと姿を変えたのであつた。斯くして娘の願ひは叶ひ以後河が溢れる事は無く成つたと云ふ。

 嘗て川沿いの祠と呼ばれてゐた物は調査中の遺跡を指してゐる公算が高い。河川の氾濫が治まり生贄の必要が失せた為、次第に人々から忘れられて仕舞つたので在らうか。発掘が進めば伝承通りの証左が得られるやも知れぬ。