ふたり回し

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キュウキュウニョリツリーッ! その1

すごい。エッシャーの城の何倍ものスピードで書ける!



「アリスで手札にアタック! ミモザをディアクティベートや!」

 これで相手のフィールドはがら空きだ。

 最初の手札を総動員した文字通り捨て身の速攻が、無防備な手札に襲い掛かる。 

「もう一発、マーシュで手札にアタック!」

 Kの咆哮が、店内を駆け巡った。

 これが決まれば相手の手札は0、初勝利にリーチがかかる。

 最後の手札が墓地に置かれるのを、俺はじっと見守った。

 

「カウンター、ありません。どうぞ」

 Kに火単を持たせたのは正解だった。

 運次第で判断力を誤魔化せる、速攻は初心者の味方だ。

 こちらの手札は一枚残っているから、次のターン、ミモザの攻撃に耐えることが出来る。

 空いた右手で拳を握り、Kは相手にターンを渡した。

「私のターン、ドロー。ミモザで手札をアタック」

 相手のデッキは、間違いなく火金速攻。

 昨年の全国大会で大流行した強デッキ中の強デッキだが、それも今となっては関係ない。

 Kは手札を墓地に置き、小さくため息をついた。

 着けまつげに囲まれた目は、八間の光を映して活き活きと輝いている。

 初勝利、それも大会となれば、誰しも興奮してしまうものだ。

ミモザの反応効果発動、山札の上から5枚を表向きにします」

 観客の囁き声がぴたりと凪ぎ、カードの置かれる薄っぺらい音だけがテーブルの上に広がった。

 この処理でこのターンは終わり、次のターンの攻撃でKの勝利が決まる。

 場に出たばかりのイコンには、アタックすることが出来ないのだ。

 クイック・レディが、ついていない限りは。

「カチューシャ、虹の絵筆、アリス、メグ……カンナ! エンボディ4でカンナをカーナします」

 終わった。

 どこからともなく、重い喚声が聞こえて来る。

「カンナのアタック、プレイヤーに直接攻撃」

 相手は残ったカードをシャッフルしながら、淡々と宣言した。

 アリスとマーシュの間をすり抜け、Kのにやけた顔を射抜く、冷酷無比な精密狙撃。

『弓使いのカンナ』とは、分かりやすくていい名前だ。

 フォロアとミモザのクラック効果でこのカンナをばら撒くというのが、火金速攻の基本戦術だった。

「早く次のゲームを準備してください」

 突然何が起こったのかKには分かる筈も無く、憐れっぽい視線を俺に寄越してきた。

 

「お前の負けだ。さっさとシャッフルしろ」

 2ゲーム目には先攻虹の絵筆から小型イコンがばら撒かれ、ほぼ即死。

 3ゲーム目では丁寧にイコンを潰され、安全確実な一斉攻撃に沈んだ。

 Kを責めることはない。

 デッキ、知識、経験、読みの深さ。

 全てにおいて相手が上回っていた。

「パパー、勝ったー」

 可愛らしい勝ち鬨を上げながら、小学生の女の子は父親の胸に飛び込んで行った。

 父が娘を抱え上げ、きらきらした笑い声が零れる、正に理想的な光景だ。

「な、何やったん、今の……」

 散らかったフィールドを前に、Kは呆然と呟いた。

 

「まぁ、そんなにガッカリすることもないさ。カードゲームで一番ヤバイのは、あの手の親子連れだからな……よくあるんだよ。親父がカードゲーマーで、子供にデッキを持たせるとこ」

 俄かには信じ難いことだが、Kが『みすまる』に通うようになってからもう一週間が経つ。

 いつも最後は機嫌を損ねて飛び出していくのだが、翌日店に入ると必ずコイツが座っているのだ。

 三日坊主で止めてくれれば、俺としても気楽だったのだが。

 俺は顎をしゃくり、細身のオッサンを指した。

「ほら、あの人、ファインマン3世っていってな。阪大の教授さんで、超有名なカードゲーマー

 ファインマンさんはともかく、京子ちゃんがcarnaを始めていたとは。

 小学生に上がってからは父親の付き添いに来ることもなくなり、カードには興味がないと思っていた。

 意外といえば意外だが、そんなことより、問題はライバルができたことだ。

 これから先、どう考えてもあらゆる地区割りで当ってしまう。

 萎びた溜め息を漏らしながら、俺はKにデッキを渡した。

 これでは全国どころか、店舗大会で一番を取れるかどうかも怪しいものだ。

 

「マッシュ君、どうした。せっかく彼女が出来たのに」

 

 ファインマンさんは京子ちゃんを降ろし、俺たちに笑顔で近づいて来た。

「どうもこうもないですよ。コイツ、いきなり全国行きたいとか言い出すんですよ」

 俺の愚痴を遮ったのは、自分自身の悲鳴だった。

 踝が重たい痛みに脈打っている。

 Kのヤツに蹴り飛ばされたのだ。

「彼女の方に突っ込まんかい、ワレ!」

 コブシの利いた巻き舌で、Kは思いきり怒鳴り散らした。

 ただでさえガンガン痛むのに、空気を振動させやがって。

 ファインマンさんは呑気に笑っているが、これがノロケに見えるなら、それは大らかさではない。

 無神経というものだ。

「蛍言います。御影蛍」

 Kが妙に畏まったお辞儀をすると、ファインマンさんもお辞儀を返した。

「初めまして。大蔵です。時々こうして若者に遊んでもらってるケッタイなオッサンですよ。こっちは娘の京子。ほら、京子、お姉さんに挨拶して」

 大蔵京子です。

 京子ちゃんが傷に響く声で自己紹介すると、Kは屈んで笑いかけた。

 

「京子ちゃん、えらい強いなぁ。一瞬目の前が真っ白になってしもた」

 小学生にボロ負けしたというのに、殊勝なものだ。

 辛うじてKが見せた年上の余裕は、しかし、無邪気な一言に粉砕された。

「お姉ちゃんも、今度は頑張ってね」

 これはキツイ。

 憐れ過ぎていつの間にか笑みが零れてしまう。

 普段デカい顔をして歩いているDQNが、知性の庭に入った途端こうも格好がつかなくなるものだとは。

 声を押し殺して笑っていると、もう一発蹴りが飛んできた。

 Kめ。そんなにローキックの練習がしたければ電柱でも蹴っていろ。

「申し訳ない。生意気なもので、中々口が減らないんです」

 ファインマンさんは苦笑を浮かべ、京子ちゃんをマスターのところに連れて行った。

 相当早く決着がついたから、恐らくは1番乗りだろう。

 アキノリは知らない萌え豚を追い詰め、パラガスはユキトと遊んでいる。

 試合が続く他のテーブルを見渡してから、俺はKを振り返った。


「慣れるどころか、一回戦落ちとはな。それもパーフェクト・マッチだ」

 ぱーふぇくとまっち? 俺が肩をすくめると、Kは首を傾げた。

「ああ、ストレート勝ちのことだよ。公式試合は3ゲームで1マッチだから、取りこぼしがない時は特別にパーフェクト・マッチって言うんだ」

 それもトーナメントの決勝など重要な試合になると、3ゲームが5ゲーム、7ゲームになり、パーフェクト・マッチなどというものはそうそうお目にかかれなくなる。

「なあ、終わってしもたけど、もう帰る?」

 ハンドバッグを肩に引っかけ、溜息まじりにKが尋ねた。

 信じられん。

 ファインマンさん程とは言わないが、貴様にはスプーン一杯の向学心もないのか。

「アホか! 少しでもデッキとプレイングを覚えろよ、ド素人!」

 俺はKの後頭部をしばき、奥の席に連行した。

 念頭に置くのは火金速攻と水木除去コン、ビート同系戦では防御寄りに、火が見えたらブラフをかけ、伏せカードには常に警戒すること。

 よくあるデッキタイプを一通り解説し、対策を教えてやると、Kは珍しく神妙に聞いていた。

 トーナメントを勝ち上がったのはアキノリと京子ちゃんで、全員に冷やかされながらアキノリは辛勝し、ファインマン親子の電撃デビューを阻止。

 大会が終わって参加者は三々五々に帰り出し、Kも帰るのかと思っていたが、俺がフリーで二、三度対戦しても、カードの交換会が始まっても、何故か今日は帰る様子がない。

「お前、何してるんだ? 練習するでもなく、そんなところでダラダラと」

 左右を見渡してから、Kは俺の耳に囁いた。

「まだよー分からんけどな、最近……笑うなよ……ええな……」

 いくらなんでも念を押し過ぎだ。

 よっぽど格好のつかないことでもあるのだろうか。

 にやついた俺の頭に、Kは容赦なく拳骨を落とした。

 

「笑うなゆーたやろ!」

 パラガス達がこちらに気付いて、押し殺した声で笑っている。

 なぜ俺まで巻き添えにされなければならないのだ。

「お、お前が変にもったいぶるからだろ!」

 幸いKは、俺の弁明に反論する術を持たなかったらしい。

 まるで呆れたかのように溜息をつき、コーラルピンクの爪で金髪を巻いた。

「もーえーわ……なんちゅーか、実はな、アレや、ストーカーが居るかも、しれん」