ふたり回し

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探索

なんだかずいぶん間が空いてしまった。

TRPGとか言い出さなければよかった……


「私が普段やっているのは、この近辺の扉の調査です」

 中庭の奥の扉は、階段に繋がっていた。細い階段は少しずつ左に傾き、緩やかな螺旋を描いているらしい。

生理学者が多いので、政府の研究については凡その状況をつかめているつもりですが……肝心のユレシュはまだ見つかりません」

 手すりから奥を覗いて、アレクは底の深さに生唾を飲み込んだ。同じ形の螺旋が積み重なった下に、ガラス張りのドームが突き出ている。

「多い? 同じところに集まっていたりするもんなんですか?」

 カルラは横合いの出口をくぐった。内側と違い外壁は平らに伸びており、外壁伝いのバルコニーは、壁から生えた塔の周りをぐるりと一周しているらしい。

「ええ、現実に関わりの深い人間同士は、比較的近い所に扉を持っています」

 アレク達の左手には、緑色の扉がずらりと並んでいる。この辺りは、とうの昔に調べつくしているのだろうか。バルコニーを四分の一ほど回ったところに通路の入口があり、カルラはそこから城の中に戻った。

「ユレシュの居所が分かった時には?」

 通路の中ほどには、さっきの螺旋階段への入口があった。今度はさっきの階段の裏側を、本来の螺旋階段の向きで上ることになる、

「証拠を押さえれば、保守派を味方につけて摘発できます。実力行使で勝てる相手ではありませんからね」

 カルラによれば、政府の中にも反対派の集まりがあるのだそうだ。彼らが密かに連絡を取り合って、行動工学推進派に対抗しているのだという。

「意外でした。孤軍奮闘してるのかと思ってたから」

 アレクは目を細め、ガラスのドームを見上げた。

「孤軍奮闘ですよ。私が被験者であったことは彼らにも秘密にしています。それが――」

 カルラの淡々とした返事に、アレクはうっかりため息をついてしまった。

「それが悪用されないための最低限の心がけだって言うんでしょう? ……しょうがないじゃないですか、最初から相手が知ってたんだから」

 振り返ったカルラの眼差しには、ささやかながら棘がある。

「その門で責めるつもりは私にもありませんよ。ただ、もしもの時に私をあてにしたいのなら、私のことは黙っていてください」

 はい、必ず。何度も言いつけを破った手前、他には答えようがない。

「この辺りは私が引き続き調べるとして、アレクさんに当って頂きたいのは、上に出たところにある別の棟です」

 話しているうちに、二人はドームのすぐ傍まで来ていた。暗がりを切り抜いたまっさらな陽だまりの中には、楕円を横切る階段と、その上から被さった細い影の網目が見える。左手で目を庇い、ドームの骨組みが落した影を潜り抜け、アレクは真っ白な光の中へと踏み出した。

「ここから先は、まだ私も確かめていない部分です……右手に大きな棟があるでしょう?」

 幅広い袖から伸びたなよやかな指の先には、白亜の宮殿がそびえていた。ハバロフスクの市庁舎をはるかに上回っているというのにさほど大きく見えないのは、周りに立ち並ぶ望楼が余りにも高く、太いせいだろう。望楼のいくつかは遥か頭上に浮かんでいる、別の城から逆さまに生えている。

「これは……端から端まで見て回るのに、一体どれくらいかかるものなんですか?」

 おののきの混じった問いが望楼の間を巡り、かすかに遠く木霊した。ここから見える範囲だけでも、一体いくつの扉があるのだろうか。自分が挑もうとしている探し物の果てしなさに、アレクは小さくふらついた。何千、何万どころか、他の場所も足し合わせれば、ロシア中、世界中の人間に行きわたるだけの個室がある筈だ。これを一人で調べようとしていたのだから、カルラの無謀さには怖ろしいものがある。

「片端から見て回る必要はありませんよ。扉を一つ確認して党の中核や医療機関、心理学と縁がなさそうなら、一帯を全て切り捨て、どんどん次の場所に進んで下さい。初めは中々進まないでしょうが、次第にコツが分かってきますよ」

 溜息まじりの励ましに、アレクは胸をなで下ろした。ユレシュの扉の近くにあるなら、医者や被験者、学者の扉だ。逆にユレシュの扉の方が、ここからかけ離れた所にあるということもないだろう。アレク達が探す場所は、思ったよりも狭そうだ。

「けれども、使える時間は限られています。一日中昼寝していられるのは、土日くらいのものですからね」

 この間アレクが覗いた扉は、夢の中に繋がっていた。いくら学者だと言っても、夢の中まで研究を持ち込むとは限らない。

「ああ……夜に覗いて回っても、大したことは分からないのか……」

 ええ。カルラは気のない相槌をうち、それから再び宮殿を見上げた。

「平日は、城を探索して扉の場所や道すじを確かめるとよいでしょう」

 白い壁面からは、両面に床が付いたS字のバルコニーが張り出している。床面の方向を入れ替えるとき、あそこを通ることになるのだろう。バルコニーを目で追い、アレクは顎に手を当てた。

「天使様、道に迷って時間を食うと、目が覚めるのもやっぱり遅れるもんなんでしょうか」

 アレクの問いに、カルラは首を振った。

「余程のことがない限り、そんなことは起こりません。ご存知でしょうが、夢の中で進む時間はとても短いものなのです」

 たとえ一晩の間でも、城の中を好きなだけ歩き回れるというわけだ。

「それを聞いて安心しました。それじゃ、早速下見に行ってみます」

 小さく会釈して、アレクは宮殿へと歩き出した。バルコニーだけでも十分複雑なのだ。城の中身は一体どうなっていることやら、見当もつかない。

「くれぐれもお気を付けて。空に落ちないようにしてください」

 真っ直ぐな叫び声に、アレクは危うく躓きかけた。あの物静かなカルラが声を張り上げるのだから、アレクの危なっかしさも中々堂に入っている。振り返って大きく手を振り、次のお小言を頂く前にと、アレクは宮殿に駆け込んだ。

 青いアラベスクが入った大きなアーチを潜り抜けると、そこにはまた入り組んだ広間が広がっていた。吹き抜け自体は歪んでいないが、様々な向きの階段が宙ですれ違っている。バルコニーを出入りしながら一つ一つを紐解いて、アレクは扉の場所を覚えた。確かめるのは、目に見えている場所への道順だけではない。城のそこかしこには目につかない扉や奥まったホールがあり、そうしたものを探すのは中々に骨が折れた。

 宮殿に足を踏み入れてから、どれほど時間がたった頃だろう。大きな広間を二つ洗い終え、アレクは見切りを付けて引き上げることにした。何しろ休日は平日の半分もないのだ。必死に見て回ったところで、扉を覗く方が追いつかない。帰りしなには螺旋階段の広間も通ったがカルラを見かけることもなく、アレクは程なくして自分の扉に辿り着いた。