ふたり回し

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捕食ー7

推理するシーンは筋が通っているのかどうかいつも気になる……

 

 

 大口でかじりついてピロシキを一気に片付け、アレクは包み紙を丸めた。
「銃撃戦が始まる前、カルラが見つかりそうになっただろ?」
 ええ。会話の中身までは聞き取れなかったものの、足音が近づいたのでそれとなく察したのだという。
「直後に銃弾の音が聞こえて、数発は車体の鉄板にも当たったと思います」
 膝の上で手を組み合わせ、カルラは宙を睨んだ。眼差しの先に潜んでいるのが、アレクだとは知りもせず。
「あれ、実は俺なんだ」
 あやふやな自己申告に眉を寄せただけで、カルラも答えあぐねている。
「あのとき、俺はさ、『止まれ』って思っただけだったんだ。でも――」
 ダリアはシモンを撃ち殺した。あまりの出鱈目さに、アレクの声も小さくしぼんでしまう。そんなことが起こった例は、アレクどころか、カルラが何年も前に探索を始めた時から、今の今まで一度もなかったのだ。
「ダリアの元々の計画だったとは考えられませんか? 私が聞いた限りでは、何か口論しているようでしたよ」
 やはり、カルラにとってもあれは未知の現象なのだろうか。
「自分の思った通りにダリアが行動したと感じたことには、いくらでも説明がつきます」
 扉の主と自分の区別がつかなくなることなど、寧ろ日常茶飯事ではないか。カルラの一般論では、しかし、この出来事は説明できない。
「いやいや、ダリアは関係ない隊員もまとめて撃ち殺したんだぞ。作戦が失敗して、地上部隊も大勢死んだんだ」
 1人や2人の裏切り者と、引き換えに出来る損害ではない。あらましを聞かされて、カルラは目を見開いた。
「そんなことになっていたんですか!」
 流石にカルラも自説を取り下げざるを得ず、口元を押さえてじっくりと考え込んだ。
「そんなことが可能だったなんて……実験場にいた時から、今の今まで仮説すら聞いたことがありませんでした」
 確実に再現することが出来れば、ユレシュどころか、党そのものと渡り合うことが出来るかもしれない。勢い込むカルラに、アレクは恐る恐る尋ねた。
「カルラ、俺、思うんだけどさ。ユレシュは本当に、こうなることを……知らなかったのかな」
 推察どころか憶測でさえないことを、歯切れの悪さが物語っている。
「アレクさんに起こった現象を、ユレシュが予測していた?」
 漠然とした印象を不確かな命題に置き換え、カルラは辛うじてアレクの意図を汲み上げた。
「……いえ、それを目標に掲げていたからこそ、ユレシュは研究を始めることが出来たと考えることもできます」
 エッシャーの城発見以前に党が推進していた心理学研究は、大きく洗脳に偏っていた。カルラの周囲でも、発達と洗脳に関する研究には大きな予算が下り易い傾向があるという。
「もし、同じことをできる人間を、ユレシュが生み出してしまったら……」
 膝の上で握った拳に、柔らかい掌が重なった。
「疑い過ぎると、誤った結論にたどり着いてしまいますよ」
 単純に、ユレシュ達さえ想定していなかった事態が起きたと考えるべきだろう。カルラは澄ました顔で、再びピロシキをかじった。
「そうだ。ただの炭酸水だけど、飲み物だけは出せるぞ」
 暫く停電していたが、もう冷えている頃だろう。細身の瓶を冷蔵庫から掴み出し、アレクはカルラに手渡した。蓋まで露がかかって、上手く回らない。
「入院中に、悪くなったものはありませんでしたか?」
 部屋にはキッチンどころか流しすらなく、冷蔵庫の中は瓶ばかりだ。
「もしもの時の備えとして、腐るような物は初めから入れてない」
 蓋のミシン目が切れる音も、久し振りに聞くと清々しい。泡が噴きこぼれそうになり、カルラはぎこちない手つきで瓶に吸いついた。
「生き返ります。思えばずっと何も飲んでなかったんですね」
 慎ましやかな食事が終わるとカルラはホテルに戻って行き、アレクは天井を眺めながら半ば気を失って城の廊下に行きついたのだった。