ふたり回し

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捕食ー6

ひとごこち。

「今更だけど、病院に戻らないと。アジートから撤収するって、伝言を頼まれてるんだ」
 ニュースを聞いても、カルラは軽く相槌を打つだけだった。
「車が無事なら良いのですが……」
 スロープが破壊されて、暫く車は出られないだろう。死体が積み上がっているとも言えず、アレクは適当なところで濁した。車には細工するとしても帰りの足はなく、結局トロッコを使うしかないかもしれない。或いは途中までニコライ達に便乗するべきか。階段を上りながら、二人は善後策について話し合った。
 懐中電灯一つもないトンネルから戻ってくると、アジートの大通りさえ眩しくて目がくらむ。居住区から人々が戻って来ているようで、各々落とし物を探したり、店の被害を確かめたりしている。病み上がりの身体で無理をしたのが祟ったのか脛と膝が悲鳴を上げ始め、カルラに肩を貸してもらってアレクは漸く診療所に辿り着くことが出来た。
「奥さん、二人ともご無事でした?」
 侵入が食い止められたのだから無論無事には違いないが、玄関から廊下まで、診療所は血塗れの迷彩服で一杯だ。コルレルの手が空いているはずもなく、アレク達は伝言と引き換えに、僅かばかりの雑貨を受け取った。
「元々担ぎ込まれた位だから、自分の荷物は殆どなかったんだよな」
 レフ曰く元気の出るお見舞いを、カルラに背負わせるわけにもいかない。それでも部屋に帰りつき、ゴミの間に這いつくばると、もう掃除をする気力は残っていなかった。
「汚いところでごめん、って、こういう時の為にあったんだな」
 アレクが息を切らしている間にもカルラはゴミを次々処分し、柄の折れた箒で埃と髪の毛をかき集めた。
「どうせ後数日のことですから、ちゃんと掃除しても仕方ないでしょう」
 これで入居した時より幾分清潔になっているのだから、恐ろしい。カルラは片付けを済ませると買い出しに向かい、ピロシキやサンドイッチを抱えて帰って来た。
「通りは滅茶苦茶でしたけど、お店の中は無事なところが多かったみたいです」
 ありがとう。アレクが俯きがちに礼を言うと、カルラは隣に腰を下ろした。
「いつかちゃんと、この埋め合わせをしてもらいますからね」
 得意げな横顔につられて、アレクもつい笑ってしまう。
「ハードルが上がっちゃったな」
 アレクは温かいピロシキを受け取り、大きな口を開けて頬張った。ピロシキの皮が軽い音を立て、肉汁が口一杯に広がる。
「カルラはこの後、ホテルに戻るのか」
 アレクが尋ねると、カルラは小さく頷いた。
「ええ、一度仮眠して、保安局の様子を探ります」
 それが分からないことには、手の打ちようがない。
「ダリアが捕まった後、どうなったかは分かった?」
 アレクが知っているのは、彼らが撤退したということだけだ。ヨハン達がダリアを逮捕して帰ったのか、その場で始末したのか、或いはダリア自身がヨハン達の説得に成功したのか。あの場にいたカルラは、あの後の会話を聞いているかもしれない。アレクの問いに事実が含まれていたので、カルラは目を円くして聞き返した。
「アレクさん、あの場にいた人物を覗いていたんですか?」
 ああ。答えかけて、アレクは目を見開いた。あの現象については、誰よりまずカルラに相談するべきだったのではないか。
「そうだ、そのことで、話しとくことがあったんだよ」