ふたり回し

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キュウキュウニョリツリーッ! その5

恐るべきトリシャさんの自爆コンボや、いかに。

 その凛々しい詠唱に、ギャラリーは騒然となった。

「そんな馬鹿な!」

「マジかよ!」

「今のはもしや……」

「これが本物だっていうのか!」

 クソ、とんだ誤算だ。

 連れてきて早々、コイツらにトリシャさんの正体が知れ渡ってしまうとは。

 せっかくのチャンスが、これでは水の泡だ。

 カリスマデッキビルダーには完璧な美少女こそふさわしいという真理を知らしめる好機が!

「タケ兄、トリシャさんって……」

 立ち尽くす俺の袖を、ユキトが軽く引っ張った。

 訊くなユキトよ、いや、全て聞かなかったことにしてくれ。

「いや、これはその、何というか、つまりだな……」

 ダメだ。何も浮かんでこない。

 今まで数々の電撃的インスピレーションを授かってきたこの明晰な頭脳が、こんな時に限って沈黙を貫いている。

 小学生の無慈悲な好奇心は、凍り付いた俺の心にピッケルを突き立てた。

「ホントにイコンを召喚できるの!?」

 小学生万歳。

 

「お前達には黙っておこうと思っていたんだがな……トリシャさんだけには、禁断の召喚呪文を伝授することにしたのだ」

 あんな子供だましに引っかかってしまうとは、ユキトもまだまだ青いな。

 選ばれし者にだけ妖精さんの姿が見えているとか、本当に思っているのだろうか。

 俺はこみ上げる笑いを抑え込み、がけっぷちの真顔で盤面を見つめた。

「スゲー、RPGみてー!」

「ずるいよ、僕にも教えてよ」

「タケ兄、ホントはすごい人だったの?」

 気が付けば、トリシャさんに向けられていた憧れに輝く瞳は俺の方を向いている。

 見たまえ蛍君。これが俺の実力、いや人望というものだ。

 俺が目配せすと、気づいたKはトリシャさんを指さした。

「お前何吹いとんねん! 何も起こってへんやろ。コイツがカッコつけてケッタイな台詞言っただけや!」

 Kめ、余計なことを。

 試合中くらい少しは集中したらどうなのだ。

 お前のせいで小学生たちの視線が心なしか薄ら寒くなったではないか。

 ここで取り乱しては面子が丸つぶれだ。

 俺はカードゲーマーらしく、余裕のポーカーフェイスで応えた。

「ま、まあKみたいなバカには、見えなくても仕方ないかもな……本物のイコンは」

 蓮華の間に召喚されたちとせは、青いフレームの中で後ろ宙返りをきめている。

 トリシャさんの設定では、あの上にとんぼ返りのちとせ(霊的存在)が浮かんでいるということになっているのだろう。

「諦めるがヨイ! 開眼者になる資格を持つのは、マロや師匠のような選ばれたごく一部の人間のみ。貴様は生まれた時から、マロ達とは住んでいる世界が違うのでオジャル!」

 トリシャさんは左手で金髪を払い、憐れみのこもった冷笑を浮かべた。

 選ばれし開眼者、違う世界の住人。

 俺のプロフィールに、中二ワードが次々と積み重なってゆく。

 たまらずパラガスに目配せしてみたが、返ってきたのは苦笑いだけだった。

「タケ兄、俺、ちょっと安心したわ……タケ兄なんかがいきなりいい女連れてきたら、やっぱショックでかいしな」

 アキノリはわざとらしく、ユキト達に聞こえない程度の小声でささやいた。

 何も言い返せないと思って、好き勝手抜かしやがって。

 アキノリを横目に睨んでいると、Kのだみ声が聞こえてきた。

「舐めよってからに……カーナ! 『底力のマーシュ』、『リンゴほっぺのメグ』!」

 Kはセオリー通りに展開し、攻撃の準備に入った。

 問題は、トリシャさんのスペルだ。

「オンアミリティウンハッタ、オンアミリティウンハッタ! 定めを告げよ、夢占い!」

 トリシャさんはサーチを使い、山札から『猛毒コーニー』を取り出した。

 死に際に毒を撒き散らし、敵味方を皆殺しにする陰険なトリカブト

 Kも流石にコーニーの名前は憶えていたらしく、ターンエンドを告げる声にはさっきまでの威勢がない。

式神コーニー、その呪いをもって敵を滅ぼせ! キュウキュウニョリツリーッ!」

 これでもう、マーシュとメグは死んだも同然。

 俺の目の前にいるのは、恥ずかしいだけの中二病患者ではない。

 トリシャさんは紛れもなく、俺が知っているあのビルダーなのだ。

「フハハハハ! 千年にわたって朝敵から禁裏を守り続けてきた呪詛と猛毒の結界、貴様の剣では破ること叶わヌ! これが年貢の納め時でオジャル!」

 バトル漫画に出て来る使い捨ての悪役が口にする自画自賛のようなものが聞こえたような気がするが、多分気のせいだ。

 俺の構築理論を十全に理解し、鋭い洞察を見せる論客。

 独創的なデッキを次々に発表する『夙川日記』の管理人。

 柔軟で迅速な対応によって、盤面を華麗にコントロールする優秀なプレイヤー。

 フランスからやってきた金髪碧眼の美少女留学生。

 それがトリシャさんという天才なのだから。

 

「カードを二枚スタンバイして終いや……」

 対してKのターンは、何の動きもないままに終わった。

 伏せたカードのうち一枚は恐らく、スペル『目眩まし』。

『目眩まし』でトリシャさんのイコンを転ばせ、一斉攻撃で仕留める。

 普段のKを思えば、攻撃を我慢できことだけでも上出来というところか。

「マロのターン、ドロー! カードを一枚スタンバイするでオジャル」

 コーニーは諸刃の剣だ。

 コーニーの自爆に耐えられるパワー5以上のイコンがいなくては、単なる仕切り直しで終わってしまう。

 ちとせのアニメイトに加え、追加で手札を使わなければならないのだ。

 そしてそれは、トリシャさんがKの射程圏内に入ることを意味している。

 

「チャンスかな?」

 俺はフィールドから目を離さず、パラガスに答えた。

「ああ、多分な」

 後一枚。後一枚で、Kのパンチがトリシャさんに届く。

 月並みな予想は、逆方向から覆された。

 トリシャさんが、守りにあてるはずのコーニーをあっさりと寝かせたのだ。

「魂を商うもの、屍をかしずかせるもの、式神ソーダよ、我が求めに応じて彷徨う霊を甦らせタマエ! キュウキュウニョリツリーッ!」

『死霊使いのソーダ』から濃密な死臭が吹き出し、コーニーとちとせを飲み込んでゆく。

 こんなに早いタイミングで、7コストのイコンが登場するとは。

 突然現れた大型イコンに、ギャラリーがざわめき出した。

「スペルなし」

 Kの宣言と同時に、トリシャさんが左手をつき出す。

 とうとうコンボが始まってしまった。

「ちとせとコーニーの命を糧とし、ソーダに捧げん! ちとせは黄泉帰りし定めに従い手札へ、コーニーの呪いによりマーシュとメグも道連れでオジャル!」 

 Kは渋々従ったが、何が起こったのか分かるはずもない。

 目を見開いたまま、フィールドに残った一枚のカードを見つめている。

 見かねた俺は、横から口を挟むことにした。

「K、トリシャさんは初めからこれを狙ってたんだ。『死霊使いのソーダ』の能力で、死んだときの効果を無理やり発動させるコンボを!」

 能動的に効果を発揮しづらいコーニーやちとせを使っていたのは、ソーダが生贄にしてくれるから。

 防御に穴を開けずにハイペースでソーダを出せたのは、コーニーが敵を吹き飛ばしてくれるから。

 全て理に適っている。

 おまけにソーダの能力は、これで終わりという訳ではない。

式神ソーダヨ、巴とラムネッタを甦らせタマエ! そして式神巴、山札から『ゴスロリのポピー』を呼び出すでオジャル!」

 墓地から新品のイコンが補充され、形勢はあっという間に3対0だ。

 手札も4枚に増え、攻撃も通りそうにない。

 トリシャさんのテクニカルなデッキに、小学生たちがはしゃぎまくっている。

「おっかねぇ……馬鹿丸出しだと思ってたけど、こんなに強かったのかよ……タケ兄、ホントは分かってたのか?」

 アキノリも、ついにトリシャさんの素晴らしさを認めざるを得なくなったようだ。

 この程度で驚くと思ってもらっては困る。

 俺は腰に手をあて、冷静にトリシャさんを称えた。

「ふむ。流石に俺の一番弟子を自称するだけのことはあるな」

 土台が「待て」を覚えたばかりのKには無理のある相手だったのだ。

 少々あっけないが、次のトリシャさんのターンでこの試合もお終いだろう。

「ウチのターン、ドロー、カードを一枚スタンバイ、エンド」

 Kのデッキには、中型以上のイコンは入っていない。

 今出しても、ラムネッタの効果で倒されてしまう。

「小娘。これで分かったでアロウ。マロこそが師匠に相応しい弟子であると……マロのターン、ドローでオジャル」

 伏せカードは二枚。

 フォロアでも狙っているのだろうか。

 俺の疑問をよそに、トリシャさんはラムネッタをアニメイトに使ってしまった。

式神ポピー、滅びの時を手繰り寄せタマエ! キュウキュウニョリツリーッ!」

 トリシャさんは続けて、先ほど手札に戻した巴をカーナ。

 これはもう完全に、アレを狙っているとしか思えない。

 殴りに行けば終わるところを、しかし、一体何故こんなまどろっこしい手に出たのだろうか。

 腕を組んで唸っていると、隣でパラガスが小さく呟いた。

「山札切れ?」