Kめ、和室を見に行ったのではなかったのか!
スマホを奪い取り、背を向けてブロックするところまで一つの動作で完結している。
貴様今まで同じことを一体何度繰り返して来た!
「ん? なんやCタケ、自分のブログの話忘れとったんか?」
水木除去コンの増加を見越して開発した火水カプレーゼは順当にトーナメントを勝ち上がった。
『火矢』は敵の除去スペルの悉くを粉砕し、火金速攻さえも足止め可能。
コントロールに火が入りにくいせいでそこまで話題に上らないが、属性を除けばcarna版の対抗呪文というべきスペックなのだ、
普通に使って弱いはずがない。
「ええい、やめんか!」
肘で押しのけられ、手を伸ばしても全くスマホに手が届かない。
俺の制止を気にも留めず、Kは記事の続きを辿っている。
「あれ? 負けとる?」
圧倒的な性能差にも関わらず、決勝戦では偶然の事故が重なりカモである筈の水木相手に敗北を喫してしまった。
特に第二ゲームからは『火矢』が立て続けに空振り、スルーしたスタンバイに限って本命の高コストスペルという有様で、本来の実力が発揮できるわけもない。
「そうか、準優勝やったもんな……」
Kのことだ。
どうせそう言うだろうと大方の予想はついていた。
表面的な結果しか目に入らない愚か者は、そうやって偶然に騙され続けているのが似つかわしい。
俺は敢えて反論せず、鼻を鳴らしてパラガスを振り返った。
「しかしパラガス、トリシャさんはともかく、なんでお前がこんなレポを覚えてたんだ?」
時間が止まっているわけでもグッズがひしめいているわけでもなく、布団が敷いてあるだけの八畳間である。
内観はほどなくして終わり、三人が戻ってきた。
「僕がコメントした記事だから、それでたまたま覚えてたんだ」
コメントを見ようとして、Kと肩を寄せ合うトリシャさんと八汐さん。
『第五実験区画』は見どころ満載のブログ、友達みんなでのチェックには値する。
だが、見るべきはそこではない!
「マロが見たときにはなかったコメントでオジャルな」
あろうことか、Kはパラガスのコメントを声に出して読み始めた。
パラガスはともかくとして、俺にくらい許可を取ったらどうなのだ。
『マッシュ、大会お疲れ様。
決勝は残念だったけど、通算なら除去コン相手に3対1だ。
火水カプレーゼの強さは十分証明されたと思います。
胸を張って凱旋して下さい^^』
K、なんだその野卑な含み笑いは。
まさか俺が自信を喪失してアキノリ共から逃げ回っていたとでも誤解したわけではあるまいな。
「大会の結果を踏まえて、新しいデッキの制作に専念していただけだ。『みすまる』では邪魔が多くて集中出来んからな!」
安直な言いがかりは、先手を打って叩くに限る。
こうも見事に論破されてしまっては、さしものKも観念せざるを得まい。
素直に負けを認めるところを、Kだけならともかく、トリシャさんまで肩を小刻みに震わせている。
何という裏切り!
たとえいかなる状況でも、トリシャさんだけは、トリシャさんだけは味方だったというのに。
「し、師匠、サヨウに思い煩わずとも、パラガスの申す通り十二分な結果でオジャル」
デッキタイプの優劣を問うならば、同じ会場にいた全ての除去コンの勝率を参考にするべきだ。
トリシャさんらしい至極数学的な擁護だが、この期に及んでは嫌味にしか聞こえん!
「武志さんは、日頃から護さんにもっと感謝するべきです」
八汐さんは腰に手を当て、ため息交じりに説教を始めた。
「感謝? 感謝してますとも。パラガスより世話になったのは実の母くらいの物ですよ」
優れたデッキビルダーは、優れた戦術家、優れた芸術家であると同時に、優れた人格者であることを求められる。
俺が優れたデッキビルダーである以上、俺が優れた人格者であることもまた自明ではないか。
関西の生徒会長には、三段論法さえ理解できないのか。
「まあまあ、新しいデッキもKさんもそこそこ勝てるようになったし、希望が見えてきたんじゃない? マッシュ」
俺にボールを返しながら、パラガスはKからスマホを受け取った。
これみよがしなガッツポーズは痛々しいので、Kには鏡を見て考え直して頂きたい。
「Kのプレイングはともかくとして、木火はリスクヘッジを捨て過ぎたな」
勝率そのものは悪くなかったのだが、大会の尺では相手の妨害からのリカバリーに不安が残る。
いっそ初手木イコンで除去による先制、ステラの攻撃を起点にフォロアでバステトを狙うくらいの方が手堅いかもしれない。
俺の見立てを、Kは実に都合よく援用した。
「おう、分かっとるやないけCタケ。ウチのプレイングは中々のモンやったやろ?」
実際一通りの基本的は押さえているし、ある程度は読み合いもできるようになった。
次の大会はコントロールも持たせても問題なさそうだ。
「裏をかくことに拘り過ぎる嫌いはあるがな。表か裏か分からない時には、原則としてリスクを避けろ」
相手のミスを狙わずとも、勝てるデッキを持たせている自負はある。
Kは舌打ちしてから、渋々と相槌を打った。
「今年のトレンドはどう変化するでしょう。土単が対策されることも想定すべきですか?」
八汐さんの眼光は、既に次の大会に向けられているようだ。
ガチ勢であることを証明したばかりのことはある。
「土単や土木を見かける頻度は上がるでしょうが、土単が対策される所までメタゲームが変遷することはないと思います」
対策されるにしても、除去と速攻を押さえて土単が最大派閥になってからだ。
次の大会では除去が減って速攻が増える程度で、土単が流行するにはまだ早い。
「除去が減ってくるということは、トリシャさんにも出番が回ってくるかもしれませんよ」
せっかく台詞を配分してもらったにも関わらず、トリシャさんは神妙な面持ちで深呼吸を繰り返すばかりだ。
まだ今日の試合を引きずっているのだろうか。
そもそも大会はネタ勢には優しくないわけで、地区大会に対して後ろ向きになるのも無理からぬ話ではある。
「パラガス……師匠も」
少しだけ目を逸らし、トリシャさんはストローを弄び始めた。
「その、もうそろそろよい、デハナイカ? というか……」
記憶を手繰ろうが想像を巡らせようが、流石にこんな切れ端だけでは、随分とハードルの高いことを言い出すつもりだという以上のことは分からない。
そろそろよいというのは何のことだ?
俺達にはまだしていないことがあるのか?
「言うほどには何も遠慮してないですよ」
こうして家にも上がりこんでしまっている。
何も含意はなかったにも関わらず、トリシャさんは空洞から鬼の首を引っ張り出して見せた。
「そう、それ、敬語! マロの方が長い付き合いなのに、なんでKだけタメ口でオジャルか!」
口惜しや! 口惜しや!
激しくテーブルを叩き、駄々をこねるトリシャさん。
「いや、敬語というほどではないし、いつもトリシャさんは丁寧語だから……」
それまで通りに接していた筈なのだが、それがこんな形で裏目に出るとは!
誤解を招かぬよう、重要なことから正しい順番で伝えなければならない。
丁寧語で話しているが、トリシャさんは親しい友人だ。
だが親しい友人ならば、なぜ丁寧語で話しているのだろうか。
「ブログとかSNSで丁寧語だったからじゃないですか?」
ああ。
4人の声が重なった。
パラガスにも分かることで、俺たちは一体何を考え込んでいたのだろう。
Webでタメ口は柄が悪いから、こればかりは仕方ないというものだ。
「されど師匠、マロとて今は『みすまる』の常連、ここに至ってはサン付けは無用にオジャル」
トリシャさんと八汐さんを一括りに考えがちだが、思えばこのメンツは八汐さんを覗いて全員高一。
そこはかとない疎外感を感じていたのかもしれない。
「それもそうですね。リアルの知り合いですし」
トリシャさんの言う通り、しょっちゅう顔を合わせているのだから遠からず慣れるだろう。
「あ、Cタケ敬語使いよった」
Kめ! 人が相槌を打つ端から、早速揚げ足を取りやがって!
「まあ、直ぐには無理だろうけど、これからも宜しくね。トリシャ」
何を卑下する必要があるのか。
要領よく他人に付け入ることに限っては、古今東西お前の右に出るものなどいないだろうに。
俺はパラガスに一瞥をくれ、ストローを噛みつぶした。
「師匠、なんたる悪相……」
既に4時過ぎだったこともあり、数回対戦しただけでその日は解散することになった。
全国大会の予選まで残すところ3か月。
その間に必ずや木火以上のデッキを完成させて見せる。
デッキを作る能もない自称ガチ勢には、首を洗って待っていてもらおうではないか。
その時こそ、小手先のプレイングではどうにもならない圧倒的な性能差を前に、連中は絶望することになるのだからな!