カードオタトーク全開!
あくる朝、八汐さんの勅命により、俺たちは6時起きで『みすまる』に招集された。
開店まで4時間もあるが、部活の朝練みたいだとマスターはノリノリだ。
本人は親切のつもりだろうが、眠い目を擦りながらではアイデアなど浮かばない。
ミネルヴァの梟は、夕暮れ時に飛び立つのだ。
筋肉だけが動けばいい運動部の馬鹿共と、インテリを一緒にしてもらっては困る。
「いずれにせよ、仮想的は火金か水木だな」
現在普及しているしているメタデッキのうち、火金は最も攻撃寄り、水木は最も妨害寄りのデッキだ。
状況の再現性が高いので、どちらも使っていて安心感がある。
裏紙の上に書き込まれた名前を、八汐さんが指さした。
「防御よりの構成にして火金を押さえ、エンジンを強くして水木に備えるのが順当でしょう」
悪くない。
十分実現可能な範囲で、ちゃんと環境への解答になっている。
答えがすらすら出て来る辺り、流石は八汐さんといったところか。
俺は顎に手を当て、小さく唸った。
「ソリューションにはなってますけど……パワー負けするとキツイですよ」
八汐さんの鼻息は、省察の底へと潜っていった。
土と水では、なかなか高コストまでは引っ張りきれない。
大型イコンの能力一つで、押しつぶされる可能性がある。
俺は咳払いで場を鎮め、それから自分の思想に言及した。
「いいか? 環境を支配し得るデッキというものは、対策から出て来るものじゃない。一方的に長所で押しきる、デッキ自体のポテンシャル。それこそが『勝てる』デッキの条件なんだ」
断言することができるのは、俺が何度も成し遂げてきたからだ。
自分のデッキで環境を、いや、時代を出し抜くという、偉業を。
「能動的で、金火にも水木にも有効な手段……俺が考えているのは、初動からの徹底的な除去だ」
相手の初動を根絶やしにすれば、速度域にかかわらず完封することができる。
単純だが、実現するには超えなければならないハードルがあった。
激しく消耗する手札、要求される豊富なアニム、そして除去カードの確保。
試行錯誤の末に俺がたどり着いた答えが、今調整している水木の中速ビートなのだ。
「前から師匠が時々使っているデッキでオジャルナ。刹那の立ち合いに全てを注ぎ込む迅雷の如きコントロール、一房の草さえも逃さぬ荒神の雷」
敵の初動を潰すと同時に軽量イコンで攻撃を叩きこみ、フォロアでリソースをカバー。
新たなリソースで再度除去スペルを投下し、相手に立ち直る隙を与えない。
ビートを前提にした構成は一見無謀だが、機能する条件も、機能の使い道も始めから整っている。
ビートダウンと先制除去には、完全な循環型のシナジーがあるのだ。
「一般的なデッキがすぐ性能の限界に到達するのは、デッキを能力の集合として認識しているからだ。能力ではなく、条件と帰結の構成体としてデッキを認識することができれば……」
俺はテーブルに肘をつき、目の前で手を組み合わせた。
見えている。
今この場で、俺だけに。
常識の裏に隠された真理と、変革に繋がる一本のシナリオが。
パラガスたちの顔つきを確かめてから、俺は結論を述べようとした。
「『デッキの機能はおのずと偽りの限界を突破する』。『シナジーの構造』第一回、『性能という欺瞞』でオジャルな……」
俺としたことが、完全に忘れていた。
この次元について来れる数少ない人間のうちの一人が、このテーブルにいたのだ。
ナイロン地の水干に袖を通してはいても、トリシャさんが才媛であることに変わりはない。
現にこうして、「第5実験区画」をすらすら引用しているではないか。
俺が得意顔のトリシャさんに目を見張っていると、隣りから歯切れの悪い言いがかりが伸びてきた。
「その、言いにくいんだけどさ、マッシュ……何の説明もなしに用語や抽象的な表現を濫用するのは、あんまりよくないかもしれないよ。世の中には除去とかエンジンとか言われて分かる人の方が少ないし、それに……」
凡人め。
俺は初めからレベルの低い人間が読者になることなど想定していない。
「パラガス……叡智というものは、分かる人間、分かろうと努力する人間に伝わればそれで十分だ。バカを手とり足とり教え導いたところで、そんな奴が一体何を生み出せる?」
親切な解説? 分かりやすい内容?
そういう安易なポピュラリズムがカードゲーム業界の純度を下げるのだ。
俺は立ち上がり、両手をテーブルに叩きつけた。
「この際はっきり言わせてもらおう。俺に選ばれなかった時点で、そいつの命運はとっくの昔に尽き果てている!」
俺は肩で息をしながら、パラガスを上目遣いで睨んだ。
己の志の低さを思い知り、完全に言葉を失っている。
思いあがった凡人には少々残酷だったかもしれないな。
溜息をつき腰を下ろすと、なぜかパラガスは俺の肩を叩いた。
「マッシュ、まずはKさんを起こそう」
毎度のことながら、何という図々しい女だ。
Kはテーブルに突っ伏し、満足げに寝息を立てている。
こんな朝早くから、俺たちが一体誰のために集まったと思っているのだ。
俺はKを揺すり起こし、一言文句を言ってやった。
「起きろK! お前のデッキだろうが! 作れとか催促したのは誰だ!」
Kは人の気も知らずにのっそりと起き上がり、厚かましく欠伸をした。
次世代を切り開くデッキに対する、それがお前の答えだというのか。
「俺たちがしてるのはだな、のんびりした試合冒頭の実況解説なんかじゃない! プレイヤーを容赦なくふるいにかける関西地区予選トーナメントと、強豪同士がつぶし合う決勝リーグ。 全部勝ち上がるためにはどうすればいいのかって、そういう話をしてるんだよ! 実績も才知もない今のお前に……二度寝するだけの余裕があるのか」
一気にまくしたてたせいで、ほとんど息が残っていない。
俺はパイプ椅子に座り込み、肩で息をしながらKを睨み付けた。
これで少しは目も覚めただろう。
今のうち、今のうちに謝れば、許してやれないこともない。
むくれた瞼を持ち上げ、Kがようやく口にしたのは、しかし、身勝手な文句だった。
「はあ? 起きたときはもっとしゃっきりしてたし。眠うなったんは、お前がケッタイな念仏唱え始めたせいやないか」
一から十まで、懇切丁寧に教えてやってこれか。
こんな愚か者に付き合わされたのでは、俺の才能も役に立つまい。
テーブルに肘をつき、俺は身を乗り出した。
「何が念仏だ。理解する気もない癖に! そんなに念仏が聞きたきゃ、トリシャさんにでも唱えてもらえ!」
Kは唇をまくり上げたが、噛みつくのはトリシャさんが先だった。
「マロの専門は真言でオジャル。経典はかじった程度にて」
不味い。
たとえパラガスが敵に回ったとしても、今までならトリシャさんは常に味方だった。
ここで仲間割れをしては、今後の進退に関わるではないか。
「それに……そこな霊長類では、際どいデッキは使いこなせるマイテ。マロならば、もっとプレイングの単純なデッキを持たせるところでオジャル」
複雑なプレイングを要さないということは、それだけデッキ自体の性能が高いということだ。
それも、メタデッキと正面衝突して、そのまま押し勝てる程に。
トリシャさんには、何か奇策があるらしい。
裏紙に字を書き出した白い手を、俺はじっと見守った。