ふたり回し

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☶☴(山風蠱)――その35

晦日に更新できて、よかったということにしておこう。

次回は急展開なので、お見逃しなく。

34より続く


 禅僧たちに見つからないよう、リシュンは寺院の近くを通ることを避け、海沿いを反時計回りに歩いて隠れ家を目指した。黄色い空はじっと眺めていられる程度の明るさしかなく、空一面に穿たれた黒い星もよく見えているが、出がけよりも波が高く、髪に絡みつく潮風が重たい。古着屋の言ったとおり、今日は大雨が降りそうだ。通りに広がった露天の中にも、雨の匂いに気づいたのか、片付けを始めている店がちらほら見られる。一方で、雨の兆しを見逃しているものも多く、正面から歩いてきた男女など、海の上で肥え太り始めた背の高い入道雲を指して、間抜けな会話に花を咲かせていた。

「ねえ、ヴァルマ。あの雲、何に見える?」

 背の低い厚塗りの女が、挑発の男に訪ねた。

「うーん、……水鳥、かなあ。」

 考えるふりをしながら、男は女から目を逸らし、通りに漂わせている。リシュンと目が合い、一瞬顔を綻ばせた男に含みのある笑顔を寄越しても、男の腕に暑苦しく組み付いた女は、二人の様子に全く気付いていないようだ。

「うわ、何アレ、汚ーい。」

 女が露骨に眉をひそめ、横目に見やったその先に、先ほど大通りで見かけた物乞いの姿があった。女の物言いはいかにも品がないが、確かに物乞いはこの通りにはそぐわない。とかく雑然としたナルガの中でも、このあたりは小奇麗なことで知られている。リシュンはわざと大げさに振り向いたが、二人の物乞いは眉一つ動かすことなく、座った目で水平線をにらみ、おぼつかない足取りで歩き続けた。

「ほら、よそに行こう、シータ。この上に素敵な店があるんだ。」

 つれの女を引っ張る男の足取りは、心なしか重々しく見える。リシュンも乞食を窺うのを止め、再び足早に歩き出した。

 リシュンの部屋は、西の大通りから北側に入ったところにある。海側から見上げた西の大通りは、どの家も背を向けているせいか、他の通りと比べていささか味気ない。浜から少し上ったところに見えるアパートの脇から、リシュンは身を寄せ合う家々の隙間に入り込んだ。この脇道にしても玄関を構えている家は少なく、嵌め殺しの小さな窓や通りの名前が刻まれた赤いアーチがなければ、岩の裂け目と見分けがつかないだろう。ましてや、月のない昼間ともなれば、細い道は濃い光に塗りつぶされてしまう。左右の壁を手で確かめながら、リシュンは急な階段を上り続けた。階段は緩やかに曲がり、左右に別れ、合流し、小さな広場につながり、広場の角からまた伸びだして、リシュンを深みへと誘ってゆく。時折知り合いとすれ違いながら、単調な足音を積み重ね、ようやくリシュンの部屋のある屋敷が見えてきた、その時だった。ずり落ちてきた手土産を抱え直そうと足を止めたリシュンの後ろで、小さな足音がした。


36へ続く


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