ふたり回し

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☶☴(山風蠱)――その34

年末で色々忙しいので、なかなか思うように進まない……

33より続く


 禅僧達の目を盗んでどうにか歓楽街を離れると、リシュンは南の大通りに向かった。仕込みはこれで十分だ。ここから先は、シャビィの出番もあるだろう。海沿いに渦巻く人ごみに棹をさし、回り道しながら足早に進んでいくと、ナルガで最も騒がしい地区が近づいてきた。

 南の大通りは、ナルガどころか、西の海の中心だ。奏やバムパ国、北方の島々や、はるかな東方の密林から、ありとあらゆる品物や通貨、言葉や風習が流れ込む。今リシュンの上っている港と市庁舎をつなぐ階段にも、様々な屋台や食堂、水揚げされたばかりの魚や色とりどりの果物、それに行き交う人々の放つ、どろどろに煮詰まった匂いが溢れている。  

 人ごみをかき分けて向かいの古着屋には入ろうとしたとき、リシュンの後ろで大きな声が上がった。振り返ってみると、昼食を摂りに坂を上ってきたのだろうか、数人の担夫が、妙に体の大きな物乞い二人に絡んでいる。リシュンはそっと胸をなでおろし、うらぶれた古着屋の庇に入った。

「いらっしゃい。何かご入用ですかい?」

 古着屋は少しうつむき、ちらちらと上目遣いでリシュンを窺った。」

 もちろんのこと、リシュンの眼鏡にかなう品はこの店の中にはない。

「新しい召使が来たので、大きめの男物を見繕っていただきたいのです。内働きの召使はみんな暇を出してしまいましたが、うちは父も年ですし、何かと男手が必要で……」

 丁寧に仕立てられた厚手の笑顔は、古着屋の眼差しを音もなく塞いでしまった。

「お客さんも見かけによらず苦労してるんですなぁ。最近はどこも景気が悪くていけませんや。」

 老人の言葉には、いくらか訛りが残っている。野暮ったいがおおらかな、これは北海の島国の響きだ。

「大きめの男物……っと、これなんか、どうです?わりに綺麗だし、縫い目もしっかりしてますよ。」

 奥にかかった服の中から古着屋が取り出した長衣を見て、リシュンは小さく苦笑した。確かに大きめだが、シャビィのカラダは大きめではきかない。

「ごめんなさい。始めから一番大きいものを探してもらうべきでした。」

 服を選び直しながら、古着屋は胡麻塩頭をかきむしった。

「いっそのこと、その大男も連れてきてくれると話も早いんですがね……」

 令嬢の外出に下男が添わないというのも、おかしな話である。リシュンは慌てず、ゆっくりと言い訳した。

「出がけに連れてこようとしたのですが、ちょうど雨漏りを直してもらっていたところなので声をかけるのを止めました。この天気も、いつまで続くかわからないでしょう?」

 雨が絶えてしばらく経つが、今日の空には背の高い雲がいくつか浮かんでいる。古着屋は、いくらか鼻をひくつかせてから、頷いた。

「確かに、雨の匂いがしまさ。井戸の水も減ってきてるし、助かるっちゃぁ、助かりますが。」

 今夜は、激しいスコールが降るかもしれません。古着屋は、今度こそとびきり大きな服を引っ張り出した。檜皮色をした麻の長衣はゴワゴワしているが、ゆったりと幅があって涼しそうだ。これなら十分間に合うだろう。

「ちょうど良い大きさです。これを貰いましょう。」

 リシュンからお代を受け取りながら、古着屋はそりゃ、本当に大きいですな、と驚いてみせた。シャビィの着替えは、畳んでもなお大きい。受け取った服を苦労して抱えると、リシュンはため息をつきながら長い家路についたのだった。


35へ続く


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