ふたり回し

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ハック&スラッシュに水着審査はいらない

今回は過激め。


 イェリックさんと別れた後、私たちはミスコンの会場に直行しました。

 半円形の温泉に面した、かなり大きなステージです。

 参加者の募集はまだ終わっていなかったのですが、ルイエちゃんは敵討ちに付き合わず、滝の湯に打たれて来ると言い残して姿を消してしまいました。

「ルイエちゃんも出ればよかったのに、残念でしたね」

 髪にアイロンをあてながら、私はフィンカちゃんに話しかけました。

 明かりのきつい楽屋の中はもう人でいっぱいで、鏡を使うにも交代制です。

「あれで結構恥ずかしがり屋だからな。まあ、これが終わったら4人でビーチバレーでもしようぜ」

 スポーツならルイエちゃんも安心です。

 私がフィンカちゃんに笑い返すと、同じく笑顔のワノンちゃんに脇腹を小突かれました。

「もうそろそろ本番始まるえ。今は目の前の水着審査に集中しい」

 ワノンちゃんが見やった先には、ナンバー30を与えられた女、ニホチマさんがいます。

 お化粧に専念しているところを見ると、私たちのことなどまるで眼中にないのかもしれません。

「ワノンちゃん、水着を換えたんですね」

 ワノンちゃんは5重パットではなく、フリルがたくさんついたガーリーな水着を選びました。

 眩しいライムグリーンが、若々しさを主張しています。

「パットが派手にこけてしもたからな。作戦変更や」

 ひきつった笑い方をしていますが、ワノンちゃんが思っているより今の水着はキマっています。

 私も再び鏡に向かって、丁寧に眉毛を引きました。

「時間ですので、1番の人から順にステージに上がってください」

 係りの人が呼びに来ました。

 突っ立っているだけとは分かっていても、いざ始まると息が重たくなってきます。

 私たちは列の前の方に並ばされましたが、トップバッターが当たらなかったのはせめてもの救いです。

「1番! ティウルちゃん、どうぞ!」

 水着審査がとうとう始まりました。

 私たちはそでからステージを覗き、息をのんで見守ります。

 会場には重たい拍手が降り注ぎ、その隙間から軽やかな口笛がこぼれて鎮まる気配がありません。 

 人々の興奮はミスコンの始まりではなく、1番目の参加者に向けられているのでしょう。

 それもそのはず、水着審査のトップバッターが纏っていたのは、もはや水着とさえ呼べない、一本の紐だけだったのです。

「おーっと! これは大胆! ムッツリーノ先生、これは一人目からすごい逸材が現れましたね!」

 会場の歓声に負けじと、司会のおじさんが声を張り上げました。

 ひげを生やした怖そうな顔の審査員さんが、すかさずティウルさんの値付けを始めています。

「単に露出が多いだけの参加者なら下品だと切り捨てているところですが、これは健康的に引き締まった肉体を最大限に活かす選択だと思いますよ。彼女の肉体美は芸術の域に達していますね。白と黒のストライプは男性の正装を思わせるところがあり、センスのよさを窺わせます。すなわち、彼女は裸体の上に男性性を纏うことで、セックスとジェンダーの境界線を一足に飛び越えているのです」

 黒いセミロングを持ち上げてポーズをとりながら、ティウルさんはその場でターンして見せました。

 首にかかった縞模様の紐はティウルさんの首元で交差して、胸の先っちょを横切ったあと、背中でネクタイ結びに留められています。

 そこから伸びた片方の先はお尻を通って股をくぐり、右の腰骨の上でもう一本と結ばれているので、おへその下はほとんどむき出しです。

 一体どこのお店がこんな破廉恥な水着を売っているのでしょう。

 一層大きくなった男の人たちの歓声に、私は思わず肩を抱きしめました。

「いやー、たまりませんねー。これはもうヤル気満々じゃないっすか? 俺らもボッキボキだしー」

 どうしてこんなに下品な審査員を呼んだのでしょう。

 隣に座っていた太っちょのおじさんが立ち上がり、ドレッドロックのお兄さんをたしなめました。

「シタチチエロイ君、そういう物言いはやめたまえ! 我々はただ輝かんばかりの魅力を湛えた少女たちを愛でようとしているだけなのだぞ。それをすぐ事に及ぼうとするなど……紳士の発想ではない!」

 見かけによらず、がらがら声にもよらず、このおじさんはたった一人の紳士です。

 シタチチエロイさんが太っちょのおじさんを睨み返し、瞬く間に焦げだしたステージを、司会の人は無理やり押し流しました。

「はーい、1番のティウルさんでした。それでは2番、アヤタタさん、どうぞ!」

 2番目の参加者は、オレンジ色の髪をしたツインテールの女の子でした。

 オレンジとピンクのパターンが入ったエネルギッシュな水着です。

 紐で閉じたトップスの正面で胸の谷間が獰猛なうなり声を上げています。

「素晴らしい! 健康的なようでいて危険な魅力も感じられる。襟周りのフリルからエキゾチック匂いがするが、普段もアジアンテイストのアイテムが好きなのかね?」

 紳士のおじさんが分かった風な質問をすると、アヤタタさんは腕を組んで体をもじもじと動かしました。

 熱いため息の音が観客席から押し寄せ、ステージにいやらしい静けさが広がります。

 

「別に……好きとか、そういうんじゃないからねっ!」 

 アヤタタさんは一瞬にして会場を支配し、拍手の渦を生み出しました。

 これは大きな追加点が入ってしまったかもしれません。

「君、かわいーね! その谷間が大きく開いたデザインが、グー!!」

 シタチチエロイさんのコメントした通り、人々の視線はほとんどがトップスの正面に開いた窓に注がれています。

「ちょっと、どこ見てんのよ、この変態!」

 ここまで露骨に追加点を狙うと、いっそ潔く見えてきます。

 流れを断ち切るためでしょうか。

 ワノンちゃんは大きく息を吸い込み、スピーカーに負けない声で叫びました。

「彼氏は!! あんた、彼氏いるん!!」

 会場の興奮を鋭い横やりが貫き、司会のおじさんをうろたえさせました。

「ほ、他の参加者から質問が出ましたが、ここはスルーということで――」

 

 さすがに司会をしているだけあって、おじさんはアクシデントにも慣れているみたいです。

 それなのに、司会のおじさんは当のアヤタタさんに遮られてしまいました。

「そんなのいないわ。その、下僕なら……いるけど……」

 ワノンちゃんの挑発に応え、きっぱりと言い返したと思いきや、アヤタタさんは目を伏せて前髪をいじり出しました。

 会場の最前列では、さえない男の子が真っ赤な顔をして頭をかいています。

 男の子の周りから灰色の嘆きが広がり、さっきまでの興奮は瞬く間に葬り去られてしまいました。

 まさか今までのが演技じゃなかったなんて、そんな怪奇現象があってはなりません。

 本物のツンデレなどというものが世の中に存在するはずがないのです。

 勝負の潮がこちらに向いてきたにもかかわらず、私は目眩に襲われ、その場に蹲ってしまいました。

「つ、続いて3番、ユニスさん、どうぞ」

 私がステージに登った時、既に勝負は決まっていました。

 会場が完全に息絶えています。

「あー、そんな緊張しないで。ご記念参加なんだから、気楽に楽しもうよ」

 私は早速バカにされつつフォローまでされてしまいました。

 それも、よりにもよってシタチチエロイさんに。

「君、こういうイベントとか、あんまり好きそうじゃないよね? やっぱあれかな、友達も出てるとか、そういうノリ?」

 シタチチエロイさんは手加減してくれたのかもしれません。

 私は司会のおじさんからマイクを受け取り、ぼそぼそと答えました。

「あ、はい。私の後に二人出てます。もう一人の友だちは断ったんだけど、私は上手く断れなくて」

 私の言い訳を聞くと、シタチチエロイさんは苦笑いを浮かべて、軽口をたたきました。

 

「危なっかしいなぁ。友達から離れてフラフラしちゃだめだよ。ユニスちゃん可愛いんだから、ボーっとしてるとあっという間に食べられちゃうぞ」

 いい人のふりをしても、この人はやっぱり下品です。

 これを見かねたムッツリーノさんが助け舟を出してくれました。

「やめなさいシタチチエロイ。彼女は普段君と遊んでくれるような安っぽい女とは違うのです。年相応の可愛らしさの中に良妻賢母のつつましさを覗かせる彼女の魅力が分からないのですか! 控えめながら女の子らしさをアピールするホルターネックのトップスが優しい緑のロングヘアーと実によくマッチしています! ねえ、ロリペドスキー先生」

 いきなりの絶賛に、私は思わず俯いてしまいました。

 こんな褒められ方をしたのは初めてです。

 話題を振られた紳士のおじさんは、次の質問を繰り出しました。

「他の子とは違って、ユニス君には家庭的な雰囲気があるね。お母さんの手伝いとかもするのかい?」

 温泉に浸かっているお客さんたちが、いつの間にか真面目な顔で聞き入っています。

 重たい静けさを振り払うため、私は大きく深呼吸しました。

 

「うちはお母さんが働いてるから家事は私がやってました。今はこっちに出稼ぎに来てて、弟たちが良い子にしてるか、ちょっと心配です」

 私の番が来てから、初めての歓声が上がりました。

 今までとは違った、穏やかで低い興奮です。

「弟たちのために、単身? 偉いねー。やっぱり、子供は好き? 何人欲しい?」

 子供は好きですが、何人くらいまでならちゃんと育てられるでしょうか。

 私は少し考えてから、一応少な目に答えました。

「5人兄弟は結構大変だったから……苦労しないように、3人?」

 私は何かを間違えてしまったのでしょうか。

 会場は激しいざわめきに揺れています。

 私がきょろきょろと会場を見渡していると、やがて静かにシタチチエロイさんがつぶやきました。

「斬られたぜ……」

「斬られたよ……」

「私は今、初めて自らの理性を信頼できない状況を迎えています。これは近代精神の敗北である……」

 

 3人はそれっきり黙りこくってしまい、司会のおじさんは強引にプログラムを進めました。

 

「ええと、3番のユニスさんでした。次、4番、ワノンさん。ユニスさんのコメントにあったご友人ですね……シタチチエロイさん、次からはセクハラ発言は無しですよ。くれぐれも。ナシにしてください」

 私は恐る恐るアヤタタさんの隣に並び、ワノンちゃんがステージに昇ってくるのを見守りました。

 いよいよワノンちゃんのリベンジが始まります。

 ニホチマさんへの、あるいはイケメンたちへの。

「これは可愛らしい参加者ですね。あどけなさを強調するフリルのついた水着は比較的よいチョイスだと思いますよ。スタイルが大人の女性に近づくことで、背伸びをする発展途上の少女の扇情的なアンバランスさを生み出していっていると過言でもありません。今はまだ小さなつぼみですが、彼女はやがて大輪の花を咲かせてくれることでしょう」

 先制を決めたのは、ムッツリーニさんでした。

 ざわめきの色が明るくなり、小さく歓声も上がりました。

 若干気になる表現が散りばめられていますが、なかなかよい滑り出しです。

「いいよいいよ、元気いっぱいって感じで。その年でミスコンなんて進んでるねぇ。まだ、小学生?」

 シタチチエロイさんの質問に、一瞬だけワノンちゃんの表情がこわばりました。

 せっかく明るい雰囲気なのに、ここで勢いを失うわけにはいきません。

 けれどもワノンちゃんは気合で笑顔を取り戻し、ピースサインを出しながら答えました。

「早速おおきに。キャピキャピの15歳でーす」

 短い静けさを誰かの笑い声が破ると、今まで世界が経験したことのない無慈悲な笑い声が会場に広がり、軍事史を塗り替える全方位からの残忍で容赦のない飽和攻撃がステージを襲い、これをこの100年で一番出来が良いと言われた南歴672年に迫る勢いで焦土と化しました。

「ええい、愚民どもめ! お前たちには何も分かっとらん!」

 宣戦布告と共に、ロリペドスキーさんが立ち上がりました。

 この人だけはワノンちゃんに味方をしてくれるみたいです。

 

「真の美食家は赤身の締まったステーキだけを味わうものだ。その点、汚らわしい脂肪のついていない、この清潔にして完璧な肉体を見給え! 透き通った極上の旨みを柔らかい身に湛えた、これこそが理想の食――もとい、肢体というべきではないのかね?」

 異常な光を放つ目で、ロリペドスキーさんはワノンちゃんをねっとりと舐め回しました。

 細い肩を小刻みに震わせながら、ワノンちゃんは目を瞑って必死に耐えています。

 会場の笑い声は少しずつ収まり、今や男の人たちはロリペドスキーさんと同じ目で、うっとりとワノンちゃんに見入っています。

「そのフリルの下には、肋骨の形に沿った滑らかな体があるのだろう? ワノン君、恥ずかしがることはない。そのフリルをめくって見せてくれないか?」

 ワノンちゃんは自分の体を抱きしめ、かすかに首を振りました。

 途端にステージの上には会場全体からとてつもない見せろコールが押し寄せ、一向に止む気配がありません。

 これをチャンスと捉えたのでしょうか、ワノンちゃんは拳を握ったまま両手を下してしまいました。

 

 ワノンちゃん、やめてください。

 そんなことで勇敢になる必要はないのです。

 私は叫ぼうとしましたが、身体がすっかりすくんでしまい、ちっとも声が出てくれません。

 人々とカメラが見守る中、ロリペドスキーさんはワノンちゃんのトップスに手を伸ばし、ついにフリルをめくってしまいました。

「これは……真っ平らだーっ!!」

 司会のおじさんが実況すると、会場が雄叫びに包まれました。

 司会用のマイクスタンドがかたかたと震えています。

 お金持ちしか入れないところでは、こんな無慈悲で破壊的なショーが毎日繰り広げられているのでしょうか。

 私の理解と想像を超えた上流社会の残忍さにワノンちゃんはとうとう声を上げて泣き出し、冷たい床にうずくまってしまいました。

 何とかワノンちゃんを救い出さなくてはいけません。

 私がふるえる手脚でワノンちゃんに這いよろうとしたそのとき、誰かが舞台そでから飛び出し、ロリペドスキーさんをステージから蹴り飛ばしました。

 フィンカちゃんです。

「オメーら、女をなんだと思ってやがる!」

 一喝された男の人たちは温泉に落ちたロリペドスキーさんから弾かれたように逃げ惑い、逆に女の人が集まってグラスやらフォークやらをロリペドスキーさんに投げつけました。

「キモすぎて死にそう! 最っ低!」

「この人でなし、変態!」

「電気街に帰りなさい! ロリペド!」

「邪悪な豚め、二度と浮かんでくるな!」

 ロリペドスキーさんは跳んでくる割れ物から頭を庇い、プールサイドに向かってフラフラと歩き出しました。

 女性陣はなおも追いかけようとしましたが、警備の人に割って入られ、追撃はかないません。

「皆さん、プールの中にものを捨てないでください、プールの中にものを捨てないでください」

 司会のおじさんのアナウンスは、当たり障りがなさ過ぎて無力です。

 フィンカちゃんはワノンちゃんを立ち上がらせると、私に預けて小さく頷きました。

「後はアタシに任せな」

 フィンカちゃんが、どうか無事に帰ってこれますように。

 私はワノンちゃんを抱きかかえて反対側の入り口からステージを抜け出しました。