ふたり回し

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水蛇の塔(一八六四年 五月十三日)

この先は本格的に怪奇方面に振れます。


 プノンペン拠りトオマ回復の報が届くも、体力の不足を理由に帰国せ使めた。彼の無念の程は窺い知れぬが、将来有望なる学徒を故郷の土も踏ませず早世させたのでは彼の両親に申し開きが出来ぬ。一同プノンペン迄出向て彼を見舞い、経過を報告しつゝ調査の成功を誓つた。

 連絡船でコンポンチアムに戻り、行商人の小舟に揺られ野営地に辿り着いた頃には、訪うの昔に日が暮れてゐた。今夜は村祭りだ。禁じられてゐない限り、酒が喜ばれぬ事は先ずない。遅参の言訳にプノンペン仕入れた酒も男連中を大興奮させ、我々は彼らの凄まじく酒に強い事に舌を巻いた。飲めども飲めども一向に潰れる気配が無い。

 やがて老人たちが獣の骨を打合せ、貝の笛を吹き鳴らし始めると、長老の家から竜を掲げた子供達が現れた。黒い竜は八本の柄に支えられ頭部は年長の子供が手を差し入れ操作する。其の胴は柄の先端に設けられた輪を蛇の皮で繋ぎ合わせ、黒い羽を樹液で張り付け造られて居り、頭部には和邇の頭骨が其の儘用いられてゐる。無論竜蛇の張り子も中々に見事な出来栄えでは在つたが、私を驚かせたのは黒い竜に続いて現れた白い竜の張り子で在つた。二匹の竜は輪を描いて踊りやや在つて黒い竜が裏手へ去り、白い竜の演舞を以て寸劇は終はりを迎えた。

 私が白い竜の存在を疑問に思ひ長老に尋ねた處、心悪しき竜蛇が改心する様を表してゐるのだと教えられた。蛇の脱皮に準えたか、或はメコン川の濁流が清流に転じた事を意味するのやも知れぬ。村の由来に附いては、大昔此の地に栄えた国の末裔で在ると云ふ話を聞く事が出来たが、集落全体の発掘には反対された。現在の村落の生活が密林に多く依つてゐる事を思へば致し方無し。ヤクシの怒りを買ふからと、特に北の森への立ち入りは避けるやう念を押された。

 長老への贈り物は後程考える事として私は大人しく引き下がり、遺跡の発掘が終はり次第帰国する約束をした。此れで先方は一度納得して呉れたのだが、他愛もない世間話が藪蛇を突いて仕舞つた。さう謂へば、ラアヤと云ふ女の子が見当たりませんね。私が口を滑らせると、余程都合の悪い事実が有るのか、長老は目を剥き誰から訊いたと私に迫つた。余りの剣幕に村人達が驚愕た為長老は声を落としたものゝ、野営地に遊びに来たと云ふ私の答には僅かに恐怖の色さへ見せ、私は悪霊に憑りつかれてゐる、明日にでも悪魔祓いの儀式を享けよと私を脅した。

 未開社会の儀式には興味を引かれるが、我が身で怪しげな薬や野蛮な切除やら摘出を試すと成ると些か不安が勝る。今夜は久しぶりに眠れぬ夜と成りさうだ。