ふたり回し

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水蛇の塔(一八六四年五月十八日)

真相につながる最後のピース。


 器具を有効利用する為寺院北側の土砂運搬作業と並行して西側の伐採作業が開始される。一通りの指示を出した後学生達に現場を任せ、私は案内役の男を伴ひ長老宅に向かつた。手土産に真鍮の煙管を持参し比較的好意的な応対を受けるも、女神像を巡る私の推察は確実に長老の機嫌を損ねた。年長者は威厳が傷附く事を嫌ふ。私はあくまで長老を謀つた者がゐる事を強調し其れがもう一つの事実と結びついてゐる事を示唆した。即ち、二匹の竜が別物ならば竜蛇が改心したとは考えられず、従つてウイシヤが最後の生贄で在つたと云ふ伝承も虚偽で在る。実際はウイシヤの後にもう一人の生贄がゐた筈だ、と。老婆は頭ごなしに否定したが、其の狼狽えやうは彼女が何らかの事実を知つてゐる事を意味してゐた。白い竜の正体を聞き出す可く其の後も幾つか鎌を掛けたが悉くが外れて仕舞ひ手掛かりを得る事叶わず、此の日は大人しく退散する次第と成つた。

 作業現場に戻ると既に北側の石畳は概ね露出してゐた。倒壊した回廊の瓦礫も整理され、中々に丁寧な仕事で在る。塀の高さは凡そ二米、四十糎の厚さを持ち、寺院内側に伸びた庇を幅一米五十糎のアアチが支えてゐる。アアチの間隔はボリスの計測した處四米との事。西側の伐採状況を確認した後、回廊の修復に附いて学生達と議論し大学に予算を請求する事が決定。誰かをプノンペン迄上京させ大使館に手紙を預けねば成らぬ。

 今夜、私は初めて意図的に亡霊との接触を試みた。白い竜に附いては関心が無くとも、バギラの話から入れば何か聞けるやも知れぬ。人払ひを済ませた後ランプの灯を低く落とし、二十余りの人骨眠る資料置き場で待つ事数時間。夜半過ぎに漸く現れたラアヤに早速質問した處、当時祭壇に飾られてゐた器が船の形をしてゐたとの答えを得、件の声の主がバギラ即ち竜蛇で在る事が確かめられた。一方バギラが姿を消した理由やラアヤ自身の死因に附いては全く覚えてゐない為祭りが再現する事件の解明には至らず。只、ラアヤが仕えるやうに成つてから一度だけバギラと喧嘩した事が有つたと云ふ。村の少年がラアヤを連れ戻しに現れ、其れを見つけたバギラが彼を殺さうとしたのだ。ラアヤが庇つた為少年は一命を取り留めたものゝ、ラアヤとバギラの間柄は俄かに冷えこんで仕舞つたのださうだ。ラアヤの記憶は其処で途切れて居り、如何にして関係を修復したのか、まるで記憶が無いのだと云ふ。私は祭壇の船を当る旨を伝え、寝床の有る天幕に戻つた。