ふたり回し

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拒絶ー16

ヘルペスに悪いのは頭を使うことより手を使うことだな……

 アジートの仲間に見つかったのでなければ、カルラは一体どこに行ってしまったのか。元々杜撰な計画だったのだから、アクシデントが生じることは何も不思議な事ではない。待ち合わせに来れなかったからといって、臍を曲げて何日もアレクを避け続けるほど子供じみた性格ではなかった筈だ。中庭のベンチに寝転がったままつれない木戸を見遣り、アレクは摘まんだ菫を回した。
 違う。冷たい手応えに指が止まる。大事がなかったとしても、それは村の中だけの話だ。そもそもニコライ達より、保安局に捕まることを心配していたというのに。アレクは跳ね起き、芝生を蹴って駆け出した。扉を開け放ち、一度外に出てもう一度塔に入り直し、螺旋階段を上り始めた頃にはもう息が上がっている。
 倒れてから一週間は立っているが、果たしていくつの扉を覗けるだろうか。最悪一つ目で動けなくなる恐れがある以上、空振りは一つも許されない。やっとの思いで屋上にたどり着き、アレクは鋭い日差しに目を細めた。久しぶりに見上げる宮殿は黄金の謀を纏い、いつになく重々しい。
 キリールだ。一番堅いゴールを目指して入口のアーチをくぐったその時、大理石の手摺を淡い靴音が伝い下りて来た。浮かんだかと思ったら、もう風に飛ばされているのだから、杞憂にしては随分と軽い。迂闊に名前を呼びかけて、アレクは親しみを飲み込んだ。カルラが無事なら、中庭に来なかったのは何故だったのだろう。階段の下に身を隠し、息をひそめて足取りを探る。アレクから真相を聞き出すでもなく、安否を確かめるわけでもなく、隠れて何をしていたのか。生温い薄闇に、無責任な疑いだけが幾つも幾つも浮かんで消えた。答えが出るまで待ってくれるわけもなく、冷たい石の階段をパンプスの踵が叩く、冷たく乾いた足音が近づくにつれ浮き彫りになる。
 近い。頭の真上、階段の裏をカルラが通り過ぎる。硬い振動が頭蓋骨に伝わり、アレクの体をこわばらせた。息がねっとりと首元にまとわりつき、たった数歩が中々落ちてこない。床に辿りつくと同時に足音が丸みを帯び、明るい死角へと遠ざかる。気が遠くなる長さだったが、気付いて足を止めたわけではなさそうだ。カルラがこれから一体どこに向かうのか、そして恐らくは、この一週間どこに通っていたのか。今追えば確かめられるだろう。そこにアレクの疑問を解くための手掛かりがあるはずだ。