ふたり回し

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移植ー1

  現実の体が鈍っていたからだろうか、心なしか体が軽い。普通に歩いているだけでも、自ずとスキップになってしまう。外の階段に差し掛かり、アレクは初めて自分の間違いに気が付いた。踏み出してから足がつくまでに、1秒近い間が空くのだ。
 厚く温い不確さによって、城とアレクがじわじわと遮られてゆく。階段からの手応えがなくなり、最早下りてゆくことすらままならない。深い空を見下ろしてアレクが立ち尽くしていると、不意にそよ風が前髪をなぜた。体がぼんやりと浮きあがり、じわじわと虚空に流されてゆく。アレクは声を上げ、階段の手摺にしがみついた。城から投げ出されたら、少なくとも自力で戻って来れないだろう。風が止むのを待って命からがら這い上がると、アレクは手摺に背中を押し付け、大きな溜息をついた。
 錯覚などではない。アレクの体は、明らかに軽くなっている。ダリアを動かしたことと関係があるとして、どちらが原因でどちらが結果なのか。或いはいずれも、別な何かの結果なのかもしれない。寒くて立ち上がれないままアレクは天を仰ぎ、風の音を見送った。頭上には果てしない石壁と、尖塔の影が聳えている。中庭に行くにも、まずはあそこまで行かなければならない。アレクは頬を叩いて立ち上がると、手摺にしがみつき、一段々々城の入り口を手繰り寄せた。
 螺旋階段に入ってしまいさえすれば、風に飛ばされることもない。短いバルコニーさえ乗り切ってしまえば、いつもの中庭だ。見慣れた木戸を開き、アレクは胸いっぱい緑の香りを吸い込んだ。
「アレクさん! 良かった。何かあったのではないかと思って、心配していたんです」
 ホテルに歩いて帰った分、カルラの方が遅れるのでなければおかしい。僅かに頬をこわばらせてから、アレクははぐらかした。
「ごめんごめん、途中で、ちょっと寄り道してたんだ」
 問い質しはしないものの、カルラはまだ浮かない顔をしている。
「当面は、人の扉に入るのを避けて下さい。アレクさんの話が本当なら、ブローカ中枢には大きな負荷がかかった筈です」
 MRIは撮れないにしても、一度鏡を見て進行の度合いを確かめるべきだという。
「分かったよ。暫く探索はカルラに任せることにする」
 アレクが忠告を受け入れると、カルラは大きく頷いた。
「まずはキリールの扉を探してみます。ダリアの扉は、入って見上げた所でしたね?」
 この事態に国安がどう対処するのか、蓋を開けてみなければ分からない。
「ああ。ユーリの扉に向かう途中だから、カルラも何度か前を通ってると思う」
 内輪揉めにかまけてくれれば儲けものだが、相手がキリールではそれも望み薄か。今のアレクには、カルラが答えを持ち帰るのを待っていることしか出来ない。
「カルラも、無理はしないでくれ」
 ええ。カルラが手を振って出てゆくと、中庭は一転静けさに包まれた。上半身だけベンチに横たえると、ここからでも多面体の鏡が見える。アレクは目を細め、肘をついて起き上がりかけたが、そのままの格好でしばらく考え込んだ後、腕を組んでもう一度寝転がった。