ふたり回し

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移植ー7

久し振りの探索、勝手が思い出せない!

 

「バルコニーの谷は、全部調べたんだったっけ?」
 あそこにはユーリの扉の他、オハで働いていた研究者や被験者の扉が並んでいる。
「無論全てではありませんが……間にユーリが入っていて、彼らが直接指示を受けることはなかったのではないでしょうか」
 ユレシュは別の場所にいる、というのがカルラの所感だ。白い宮殿に入ると、二人は真っ直ぐ屋上に向かった。真っ白な屋上と青く透き通った空に出会う度、アレクは息をするのも忘れてしまう。とてもこの足下で、陰謀が進められているようには見えない。
「バルコニーの谷が、もっと先の広間に繋がってないかどうかだな」
 イポリートの扉があった吹き抜けに下りてきて、アレクは目を円くした。死んだ当人はともかく、他の扉まで幾つもなくなっている。粛清に巻き込まれたか、それとも別の場所に移ったか。行き止まりに残った跡から窺い知る術はない。階段と廊下の影は壁一面に絡み合い、在りし日を青々と物語っている。
「いずれこの広間自体が、なくなるかもしれませんね」
 今までに一度だけ、廊下が消えたことがあるのだという。
「あったのか? 一度に全員いなくなるなんて」
 不用意に尋ねたことを、アレクは後悔した。
「ユレシュの研究所が襲撃されたときです」
 狂言ではなかったと分かった時には、流石に驚きましたが。忌まわしい過去を振り返りながら、カルラは涼しい顔をしている。
「イブレフスキ達自身が、ユレシュに追い落とされることを恐れたのかもしれません」
 バルコニーの谷に辿りつくと、二人は別の出口を探し始めた。ここでも扉の数が減り、以前に増してコンクリートがうすら寒い。
 あれだけ足しげく通っていて、見落としがあるというのもおかしな話だ。案の定5分と経たないうちに廊下を歩き切ってしまい、それから漸く記憶が蘇って来た。
「そうだ! 入り口だよ。向う側に渡るのに、他の入り口を探そうと思ってたんだ」
 手摺から身を乗り出し、アレクは闇を見渡した。バルコニー以外の通路や、外から差し込む光はないだろうか。頭上に手摺の影を見つけてカルラを振り返り、アレクは思わず声を上げた。バルコニーの柵を握り、下の階へ伝い降りようとしている。
「ちょっと待って」
 小走りで駆け寄り、アレクは内側からカルラの手首を掴んだ。そのまま腕を伸ばし、ゆっくりと下してゆく。手摺に足がついたらしい。中空の鋼管が冷たい音を立てた。
「反動をつけても構いませんか?」
 足だけ引っかかっていても、のけ反った姿勢では外に落ちてしまう。アレクの返事を待ってから何度か体を揺らし、カルラは下のバルコニーに飛び込んだ。
「大丈夫?」
 幸い怪我はないとのことで、パンプスの足音が歩きまわっている階下を歩きまわっている。力任せとはいえ、パズルが一つ解けたことに変わりはない。下の階からさらに通路が見つかれば、この行き止まりどもおさらばだ。
「何か見つかったか?」
 駄目でも最悪、アレクも下りていって底まで同じことを繰り返す手がある。手すりにを跨ごうとして、アレクはふと反対側の壁を見やった。
「アレクさーん、階段を下りてみます」
 今のアレクなら、一蹴りで好きなところに跳べるのではないか。