ふたり回し

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移植ー9

もう一話、進めたいけど……

 整備班は四件の民家に分かれ、一日目の夜を迎えた。缶詰とクッキーだけの夕食を終え、汚い床に寝袋を敷いて初めて、漸く状況が見えてくる。ここには何もない。自分達は逃げ回っている最中で、いつ国安がやってきてもおかしくないのだ。

 
 果たしてカルラは怪しまれずに帰ることが出来ただろうか。アレクは夢の中で、いつも通り中庭へ向かった。体の重さは治らないが、風から隠れて進むのは慣れたものだ。どころか軽さにものを言わせ、通路から通路に飛び移ることもできる。扉を開けて光の中に飛び出すと、いつものベンチでカルラが待っていた。
「カルラ、そっちは大丈夫そう?」
 リストビャンカに国安が待ち構えていたり、途中で尾行されたりはしなかったか。アレクの心配は杞憂に終わった。カルラは捕まるどころか、ホテルで数日ぶりに文明人らしい生活を満喫しているのだという。
「いいなぁ、こっちは空き家に寝袋だよ」
 掃除をしたといっても、腐ったマットレスを捨てて床を水拭きしただけだ。村でまともに生活できるようになるのは、まだ先のことだろう。アレクが零すのを、カルラは穏やかに聞いている。
「日の出までにはニコライ達もこっちに来るって」
 今のところは何も起こっていないが、戦闘が終わってから既に三日が過ぎている。既に国安が偵察を寄越していたとしても、何の不思議もない状況だ。唸るアレクに、カルラは今日の成果を知らせた。
「幸い国安は軍の防諜局から監査を受けていて、直ぐには身動きが取れない状況です」
 そういうことなら、トンネルに見張りが立っていなかったことにも説明がつく。アレクは大きく息をつき、天を仰いだ。
「ユーリの方は? 何か分かった?」
 カルラは肩を落とし、首を振った。早速ユレシュと連絡を取ってくれるなどという、都合のいい話はあり得ない。どころかユーリは防諜局から尋問を受けていて、研究者狩りの詳細を延々と説明させられているのだという。
「ただ、ニコライ達にとっては、状況が好転したと言い切れません」
 管轄が国安から、防諜局に移る可能性がある。どちらの方が手ごわいかは、言わずもがなだ。
「いつまでも休んでるわけにも行かないし、俺も探索に出るよ」
 立つときに勢い余って、体が少し浮いてしまった。アレクは思わず振り返ったが、気付かれずに済んだのだろう。カルラは単に引き留めようとしているだけだ。
「いけません、アレクさんはまだ――」
 扉に入ることを避けるべきではないか。イポリートの時とは違い、知らないうちに取り返しのつかない損傷を受けているかもしれない。手首を掴まれたまま、アレクは真っ直ぐに答えを返した。
「分かってる。城の道順を調べるだけにするよ」
 信用なりません。カルラの条件は、自分を同行させることだった。白い宮殿の中で、既に探索した場所はどれだけあるのか。ユレシュの扉が、ユーリからもかけ離れたところにあるとしたら。二人で道すがら相談していると、既に知っている扉に通うばかりになっていたことを改めて思い知らされる。
 楽園とやらよりもまず、ユレシュの扉に辿りつくこと。この探索の最初の目的、最終的な解決に向かい、二人は階段を登っていった。