ふたり回し

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移植ー2

今回、ほぼ説明w

  葉擦れに耳を傾けながら、アレクは目先の問題に思いを巡らせた。避難先はどんな所なのだろう。逃げるとなれば、かなり遠くに引っ越すのだろうか。ひょっとすると、ヤパンやアラスカということもあり得る。アジートのような大規模な隠れ家は、しかし、そうそうないだろう。あっても既に利用されているに違いない。ということは、幾つものグループに分かれて同胞達の街に身を寄せる。如何にも現実的な線である。
 足はニコライ達に付いていくとして、アレクが出来ることと言えば荷物をまとめることくらいだ。部屋から持って行くべきものといえば、洗面器具と箪笥の他は、食器と言ってもコップくらいのものだ。冷蔵庫とベッドは初めからあった物だし、他所に持って行く程上等でもない。本当に何もない場所となれば、冷蔵庫よりベッドかもしれないが。
 だがそこまできて、一つ問題が浮上した。キャリーバッグがない。明日起きて一番にすることが、鞄を買いに行くこととは。それも開いている店が残っていなければ無理な相談か。そうこうするうちにカルラが戻って来たので、アレクは首尾を尋ねてみた。
「ダリアは収監されていますが、調査は後回しにされているようです」
 やはり最優先はテロリストの撲滅だが、その背景にはモスクワ派の突き上げがあるという。
「あまりよく知らないんだけど、教会を追放しようとしてる勢力だっけ」
 アジートの中では、党の派閥が話題に上ることはまずない。それでもモスクワ派の名前に聞き覚えがあったのは、偏にミサのおかげだ。
「今の指導部からすれば、それが一番有難い定義でしょうね」
 カルラは浮かない顔で、ベンチに腰掛けた。
「十数年前まで、党と教会は激しく対立していました。本来社会主義は、無神論と不可分です」
 それが変わったのは、正に正教会を排斥するためだった。同じ宗教の領域で対抗することを、イブレフスキが提唱したのである。種が明らかになると、アレクは珍しく声を荒げた。
「待ってくれ。だって、信じちゃったんだぞ、俺達……みんな信じて……」
 もっと早く気づいているべきだったのだろう。病気の記憶が、改竄されていたと判った時点で。それでも疑う余地がないほど新たな『教え』を刷り込むのが、『子供の家』のプログラムだという。
「当然党内では大きな反発も生じましたが、成果は誰の目にも明らかでした」
 この新たな教会は極東地域で急速な広がりを見せ、ハバロフスク派を最大勢力に押し上げた。教育と信仰が謹厳で忠実な労働者を生み出すことが、シベリア中で実証されてしまったのである。
「北ロシアの過疎化が進み既に少数派と化していますが……モスクワ派は常に返り咲きを狙っていますし、新たな教会は格好の批判材料なのです」
 尤も、今では無神論こそが悪という風潮が出来上がっていますが。カルラは袖をまくり、赤いブレスレットを見せた。