ちょっと勢いが戻って来た。
翌朝アレクは歩けるようになり、コルレルからも無事に外出許可が下りた。とんだり跳ねたり出来る程の力は出ないが、散歩するくらいなら支障はなさそうだ。バザールは当然として、昼食はどこに行くべきか。それより最初にすべきは、部屋まで財布と服を取りに戻ることか。ぼんやりと考えている内に、カルラが迎えに来てしまった。
「アレクさん、随分顔色が良くなりましたね」
黄ばんだ灯りの下で、黒い瞳は一層輝いて見える。
「カルラのお陰だよ」
退院ではないから、夕食前の検温までに戻って来なければならない。アレク達は早速病院を出て坂道を下り出した。
「そういえば、お見舞いに来てくれた後はどうしてた?」
普段は真面目な話ばかりなので、いざ世間話となるとどこまで話したものか分からなくなってしまう。
「ここのホテルに泊まりました。窓はないけれど、割と綺麗な部屋でしたよ」
怒って街に帰ってしまった訳ではなかったのだ。
「綺麗なホテル? あるんですか? こんな所に」
敷石はヤニに覆われ、濁った空気はネオンに染まっている。アレクは通りを見渡し、ラブホテルの料金表を見つけてぎょっとした。
「レジスタンスの事務所からしばらく降りていった所です」
内装がログハウス風になっていて、ユニットバス付きの広々としたシングルだという。狭苦しいアジートでは、広めくらいの部屋でも贅沢品だ。女が一人で止まって怪しまれないものかと尋ねると、カルラはこともなげに答えた。
「ライブを見に来たと言ったら、すんなり信じてもらえました」
また似合わない隠れ蓑もあったものだ。ホテルのフロントも、見逃してくれたというのが正確なところだろう。
「ライブ? カルラが? あれを?」
初めて連れていかれたときには、アレクでさえも目を回した。何せアジートには、アングラでないバンドなどやってこない。
「あながち嘘でもありませんよ。怖いもの見たさですが」
黄色いフードの下から、澄んだ笑い声が零れ出した。レジスタンスを支持するとまでは行かずとも、アジートを楽しんでくれているなら御の字だ。テイクアウトの店が立ち並んでいる様子もカルラの目には珍しいらしく、あちこちを指差しながら歩いている。
「すごい、特別な日でなくてもタコ焼き屋が出てるんですね」
促されるままに目を向け、アレクは思わずカルラを引き留めた。あのタコ焼き屋だけはいけない。あの日以来、昼休みや帰り道で目撃しただけでも、既に3回も事件が起きている。
「それよりほら、あの店だよ、あの店」
レフって、昨日カルラを案内した奴がいたろ? あいつとよく一緒に行くんだ。カルラの注意を逸らしながら、アレクはタコ焼き屋をやり過ごした。