ふたり回し

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偶像

円盤型ガスタービンって、どうかね。

 

「この辺りには、よく来るんですか?」
 よくも何も、アレクは概ね三食この界隈だ。集まって遊ぶときは贅沢することもあるが、自室で食事することはない。寝泊まりするだけの質素な家なのだが、アジートで手に入れた幾ばくかの私物が、殆どあそこにあるということもまた事実だ。通りから横に伸びた細い坑道を通って、二人はアレクの部屋に立ち寄った。おとといレフから聞いた通り、ドアノブが取り換えられている。少しめくれている黒い部分が、バールに噛みつかれた痕ということか。扉を開けて灯りを点けると、黄ばんだ光が部屋を照らし出した。
「さあ、どうなってるかな……」
 何しろ一週間ぶりの我が家だ。何が消えていても不思議はない。アレクは足で紙袋とスウェットを押しのけ、皺だらけのベッドに近づいた。錆が浮いたナッツの空き缶。あった。丸めたドル札が、まだぎっしり詰まっている。10枚程財布に押込み、アレクはなるべく皺の少ないカッターシャツと、折り目の残っている綿パンを探した。
「どんな部屋か見てみたかったのですが、残念です」
 暫くしてアレクが出て来ると、カルラは頬を膨らませた。人様に見せられる有様からは程遠いと、白状しても中々見逃してもらえない。
「仕方ない人ですね。この機会にゴミを片付けて、床を水拭きしなくては」
 そんなことをしていては、出かける前に外出時間が終わってしまう。アレクは体を張ってカルラを押しとどめ、説得を試みた。
「街にはないものだから、一度でいいから見せたいと思ってたんだ」
 バザールの品物は初日から段々減っていき、売れるものがなくなると終わってしまう。不定期だから次にいつ開かれるかも分からないし、買い逃した物が再び並ぶとも限らない。「そこまで言うなら、まあ」
 渋々ながらもお許しを頂き、アレクはカルラを連れてエントランスホールに向かった。坂を下るにつれて人通りが増え、エレベーターに至っては行列が出来ている。カルラを連れている以上、今までのようにハンガーを通るわけにもいかない。場所をとれなかった店が溢れて来ているのか、並んでいる最中にもワッフルの売り子に声をかけられた。漸く乗れたエレベーターも定員ギリギリで、二人は解放されるや否や、外に飛び出して酸素を補給した。
「それにしても、凄い人通りですね。こんなに沢山の人がアジートに住んでいるなんて、俄かには信じられません」
 いつもは涼しいホールが、人いきれで満たされている。ざわめきに混じるドラムの音と、屋台から広がる油の匂い。ケージにしがみついた黄金色の猿は、どの大陸からやってきたのだろう。児童ポルノの写真集が目に入り、アレクはパーカーの袖を引いた。
「ほら、あれ! よく分かんないけどグロい絵があるぞ! ホント、何で良し悪しを決めてるんだろ?」
 幸いカルラは血みどろの表紙に気づかず、人間の顔と思しきグラフィティに向かっていった。ピンクと紫の絵具を塗りたくったボンネットには顎の尖った銀の顔が笑っている。子供の悪夢から這い出して来た化け物に、しかし、カルラはじっと見入って離れない。
「分かりますか? お客さん。これはアダン・マルチネス最期の作品でして――」
 プレゼントに決まってるじゃないの。悪魔の絵が嘯き、細い目でアレクを捉えた。カルラがそこまで気に入っているなら、何もアクセサリーに拘ることはない。アクセサリーより安いのであれば、アレクが購入を考えることもあっただろう。