ヘルペスが長かったのか……
カルラは螺旋階段を下りはじめ、寄り道せずに中庭への帰路を辿っているようだ。焦って白衣の背中を追えばブーツの底が音を立て、忍び足では少しずつヒールの音に置いて行かれる。浮ついた石段をたどたどしく拾い集めるうちに、アレクはとうとうカルラの姿を見失ってしまった。階段を叩く間際で土踏まずを引き寄せるよう、小刻みに足を速めても黒髪の毛先さえ見えてこない。離れているなら多少の音は聞こえまいと、思い切りよく駆け下り出した矢先に、横手からカルラが現れた。
まずい。このままではカルラの脛を踏んでしまう。いきなり脚を止めたばかりに前のめりに倒れかけ、一か八かアレクはつま先で階段を蹴った。空疎な体はもどかしい程じっくりと浮かび上がり、近づくにつれ螺旋階段の裏面がどんな形をしているのか分かってくる。他の場所と同じく、この階段の裏も階段か。掴めるような突起もなく、足の甲と両手で階段を挟むのが精々だが、体が軽くなったおかげで数秒はしがみつくことが出来た。
首を動かして窺ったところ、まだカルラはこちらに気づいていない。おもむろな転落の間に体を捻り、アレクは無事うつ伏せに着地した。手足から喉元に生暖かい溜息が集まり、唇の間から音もなく零れる。一度外に出て尖塔の根本を回り、戻って来てからもう一度追いかけるとなると、また間が大きく開いてしまう。息を整える暇もなく表に飛び出し、白衣の背中が見えるまでいつも通りの道筋を全速力で駆け抜けた。
中庭に立ち寄る筈もなく、カルラは横倒しの螺旋階段を上ってゆく。この先に待っているのは、先週案内された巨大な吹き抜けの広間だ。以前はあの辺りを探索していたと語っていたから、本人の扉も近くにあると考えるのが順当か。横に捻じれた渡り廊下を通り、途中で右の階段へ。頭上の通路をこちらに向かって歩いてくるのが見え、アレクは壁に慌てて渡り廊下を引き返した。
このまま自分の扉に帰るだけなら後をつける意味もないというのに、脚が勝手に暗い方へ、暗い方へと進んでゆく。カルラの視界に入らないよう遠目に位置を確かめながら、手摺の影を縫って歩いた。通路の反りの向こう側へ白衣の背中が消え、終わりの見えない我慢比べが続く。後少し、後少しでカーブが終わる。真っすぐな通路に漸く辿り着いた時、見慣れた後姿は既に消えていた。
一本道が壁沿いに遠くまで続き、石壁には間をあけて木戸と燭台が交互に並んでいる。尾行は徒労に終わったが、寧ろ行く先が分からなくてよかったのかもしれない。アレクはツナギの膝に手をつきうなだれたが、踏ん切りが付かず項垂れているうちに糸口が指先に触れた。
違う。見失う前の距離は、通路よりも遥かに短かった筈だ。いなくなる先があるとすれば、この扉の内のどれか。この中の一つをカルラが調べているか、もしくは。
「……カルラの扉?」
生唾を飲み込む、浅ましい音が聞こえた。