ふたり回し

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憔悴ー2

今回からチョイ短め更新で。

 

 

 ベッドの縁に突っ伏して、カルラはゆっくりと息をした。カルラもどこかで呼吸法を身につけていたのだ。夢の中にあるのは、冷たい暗闇などではない。あの城にはこの人がいて、アレクのことを待っていてくれるのだ。震えが止まり、胸から手足へと、穏やかに熱が伝わってゆく。カルラが寝入ったのを見届け、アレクは静かに目を閉じた。

 アレクの目の前に広がっていたのは、石造りの壁だった。所々に揺れる松明の灯、捻じれた回廊、何のことはない、いつもと同じ場所だ。アレクは壁に寄りかかり、長らく詰まっていた息を吐き出した。息は狭苦しく、頭は軽く痺れているが、起きていた時に比べれば大したことはない。思えば自分の身体に戻って来れた時点で、心配する必要などなかったのだ。カルラに無事を伝えるため、アレクはいつもの中庭へと歩きだした。身体は重く、足下はあやふやで、何をしても息が上がってしまう。本日4度目、螺旋階段に腰を下ろし息を整えていると、アレクの名前を呼ぶ声が上の方から聞こえてきた。
「カルラ様ー! ここです。戻って来れましたー!」
 アレクが手を振ると、カルラが手を振り返すのが見えた。ちょうど階段を一周した地点だが、アレクとは立っている向きが違う。
「アレクさん! 良かった、今そちらに行きます」
 足下から、仰向けのカルラが降りて来る。アジート風の変装ではなく、見慣れた白衣と、紺色のワンピース。横を一度通り過ぎてから、カルラはアレクと同じ段に腰を下ろした。
「いやー、ありがとうございました……カルラ様が来てくれなかったら、気絶するまで眠れなかっただろうな」
 アレクが弱々しく笑うと、カルラは肩に手を置いて微笑みかけた。
「あんなことが起こった後です。無理もありません」
 カルラといえど、死の瞬間を体験したことは未だに一度もないという。その後に続く、冷たい虚無の恐ろしさも。
「そんな時に私は、自分だけ暢気に夕食を摂っていた……私、いつもアレクさんに押し付けるばかりで――」
 硬く目を結んだカルラの頬に、アレクは手を伸ばした。
「そんなこと言わないで下さいよ。カルラ様はずっと、一人で頑張ってたじゃないですか。その分くらいは、俺にも分けて下さい」
 人差し指に留まる、涙の熱。アレクの右手を両手で掻き抱き、カルラは押し殺した声で伝えた。
「ありがとう」
 目を閉じた安らかな笑顔に、アレクは息を呑んだ。穏やかな温もりにぼんやり浮かんでいると、次第に体の重さも分からなくなってゆく。主をおいて、人にしるしを与えられるものがいるとしたら、当てはまる言葉はたった一つだけだ
「カルラ様……この前言ってた、本当は天使なんていないっていうの、あれ、嘘でしたね」
 カルラが微かに目を開け、まつ毛の上で涙が輝いた。
「病室でカルラ様の顔を見た時、思っちゃいました。『ああ、これで助かった』って」
 だから俺も、『ありがとう』です。だらしなく笑うアレクに、カルラは力強く応えた。