ふたり回し

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拒絶-19

これぐらいなら平気平気。

「……痛い、です……」
 カルラは痛みに堅く目を瞑り、訴えながら身を竦めた。柔らかな肉の下に、小さな骨と熱い血を感じる。どれほどの厚かましさがあれば、この期に及んでまだ自分に傷つく権利があると思えるのだろうか。力任せに肩を押さえつけられ、裏切り者の呻き声がスプリングの軋みと重なった。苦し紛れに腕を掴まれたが、細い指は張り付くばかりで肌に食い込むの力もない。両脚を持ち上げて肩に担ぎ、汚れた捧げ物を容赦なく串刺しにする。何度も、何度も。欲を満たすためでさえない、報いを与えるための仕打ちだ。
「お願い、もう――」
 許すものか。許されるものか。たとえ命が尽き果てても、暗い炎がこの体を衝き動かすだろう。罵っても責め立ててもおよそこの世で語られる言葉にはならず、獣じみた雄叫びだけが頭蓋骨を突き抜ける。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
 カルラは訳も分からぬまま声をふり絞って命乞いを続けたが、打ち据えられる度に背もたれへと追い込まれ、ついには呻くことも出来ないほど押しつぶされてしまった。蒸気の猛りが生臭い手拍子を掻き消し、どれだけ竈を掻き回してもを熱いばかりで手ごたえの一つも感じない。一向に火は収まらず肉を嬲り続けたが、不意に芯から震えが駆け上がって来た。
 違う。アレクは咄嗟に蛭を引き抜き、生温かい毒がベッドの上にまき散らされた。これは誰だ。この臭いの主は。薄闇の中、穢れが湿った光を放っている。後少し気づくのが遅ければ、汚れていたのはシーツではなかった。
「どうし……て……?」
 カルラは息も絶え絶えに、物欲しげな眼差しで男の背後を見つめている。諦めの底から干からびた滑稽味が湧き上がり、唇の隙間からたどたどしく零れ落ちた。笑うほかない。後少しどころか、とうに手遅れだというのに。何をこんな浅ましい女のためにあくせくしていたのか。
「ずっと騙してたんだな……カルラ」
 それがいつから続いているのか、考えるのも馬鹿々々しい。夢の残骸を見下ろし、冷やかな言葉を浴びせた。
「アレクさん――」
 もうここには、アレクなどという男はいない。これはアレクではないし、ここにアレクの居場所はないのだから。気づくとテラスに一人取り残され、暫く木戸の前に蹲って自分の影を眺めることしかできなかった。