ふたり回し

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☶☴(山風蠱)――その10

いつもより短いが、シーンの切れ目なのでここまで。

9より続く


 ほどなくして、シャビィの足下に地階の床が現れた。階段と同じ幅の廊下の両側に、いくつかの扉が並んでいる。左右の扉を見比べながら廊下を進み、とうとう突き当たりまで来てしまったシャビィは、右側は五つ目の扉に手をかけようとしたが、取手に指先が触れたその時、背後から人の声が聞こえた気がした。

 こんな時間まで残っている者が他にもいるのだろうか。シャビィは弱々しい陰の中に浮かび上がったチーク材の扉を見つめた。椎茸の保管場所を聴けるかもしれないが、作業の邪魔をするのも申し訳なく、二、三度手を伸ばしてはこれをひっこめ、やがて思い切って取手に手をかけた。

「すみません。」

 部屋の中を覗き込むと、明るい壁際にうっすらと人の輪郭が見えた。背中を丸めて、机の上で作業をしていたのだが、シャビィの声を聞いた途端に影は慌てて振り返った。

「誰?」

 聞きなれた声に眉を開き、シャビィは重たい扉を押し開いた。

「クーさん、干し椎茸を―――」

 シャビィの問いかけは、半ばで止まってしまった。クーが取り落とした袋から小さな何かが零れ出し、シャビィを包むささやかな陰の中に入り込んできたからだ。床を転がる黒い粒は紛れもなく胡椒だが、部屋に詰め込まれた芳香の出所は、棚にぎっしり並んだ麻袋の中である。一つの厨房では到底使いきれない量の胡椒を目の当たりにして、シャビィはクーに色褪せた視線を送ったが、クーの形をしていたはずの白い影は何も答えず、シャビィの手にした灯りをめがけて、吹きすさぶ手をまっすぐ伸ばした。解けた蝋の熱さも顧みず、小さな蝋燭ごと幼い炎を握りつぶそうとする影の手をすり抜けたわずかな陰は、光の中に一瞬だけクーの顔を映し出し、頭を殴られ白んでゆく意識にその形相を強く焼き付けたのだった。


11に続く



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