ふたり回し

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☶☴(山風蠱)――その39

つじつまを合わせるのに苦労しますが、なんとかまとまってきました。

38より続く


 隠れ家に戻ってくると、リシュンは竈に燈台の火を移した。まずは体を乾かさなくてはならない。炎が薪をゆっくりと舐め、塩辛い音を立てて火の粉が踊り始めると、シャビィ達が火の匂いの広がった部屋へと静けさを引きずりながら入ってきた。

「狭いところで大したおもてなしもできず、恐れ入ります。火を炊きました故、ここでお召し物を乾かしてくださいませ。」

 立ち上がったリシュンに、虎紳は硬い声で切り出した。

「こちらこそ、急に押しかけた非礼を詫びよう。気遣いはありがたいが、それより話の続きを聞きたい。俺たちも暇ではないのでな。」

 歩み出た虎紳を押しのけ、シャビィはリシュンの隣についた。シャンカから散々悪評を聞かされた連中だ。お人好しのシャビィにとっても、易易と信用できる相手ではない。それを――虎紳達を見張りながら、シャビィは横目でリシュンを見やった――あのリシュンが、仲間に引き入れようとしている。

「一言で申し上げるなら、私は門主に鎌をかけたのです。寺院が胡椒から資金を得ているかどうかを確かめるために。そして、それを利用して罠を仕掛けるために。」

 乾いた音と共に、火の粉が巻から飛び出した。火の粉がゆらゆらと昇り、静かに消え入るその先に、黒々と浮かび上がったリシュンの影が躍っているいる。

「お前はあの時――」

 竈の火を見つめながら、虎紳は一旦言葉を切った。

「国境破りが露呈したと、俺たちが門主を捉えようとしていると、門主に向かってそう言ったな。」

 シャビィを睨んでいた煬威が、虎紳の脇から口をはさんだ。

「だからよ、虎紳、こいつらが門主に入れ知恵して俺たちの邪魔をしようって――」

 煬威が火にあたりながら顎をしゃくってリシュン達を指したのを見て、シャビィは太い眉を潜めた。虎紳はともかく、煬威はシャンカが語った通りの荒くれ者だ。虎紳も首を横に振り、煬威をたしなめた。

「今更蒸し返すな。話がややこしくなる。」

 リシュンは二人組に目もくれず茶を淹れる準備をしていたが、話だけは聞いていたらしい。水の入った小手鍋を竈にのせると、虎紳の質問に答えだした。

門主が私の話を信じるなら、それは密輸が行われているという事実を『知っている』証です。逆に、密輸と無関係か、あるいは別の方法で密輸が行われているなら、門主が私の話に付き合う必要はありません。」

 リシュンは棚から茶杯を取り出し、一枚ずつ茶葉を入れた。後は、湯が沸くのを待つばかりだ。

門主は自分たちが関わっていることを隠そうとしていたな……お前が寺院とグルでないということは、お前が密輸を知っていること自体が奴には想定外の事態だったわけだ。」

 虎紳の影は、あてどなく壁の上にたゆたっている。リシュンは虎紳を見つめ、相槌をうった。

「そして、私が知っているということが、密輸が発覚したことの証でもあると、そうお考え下さい。」

リシュンの言葉に、虎紳は目を見開いた。

「そうか、ようやくつながったぞ!お前が知っていて俺たちが知らないはずがないと、始めからそこに持っていく算段だったんだな。」

 シャビィは火にあたりながら、二人の顔を交互に覗っていた。しばらくお会いでいるうちに衣もだいぶ乾いてきたが、まだ重たい生臭みは抜けきっていない。

「深刻な話をしているのに、老師はなぜあなた達の同席を許したのですか?」

 シャビィはとうとうしびれを切らした。

「そもそも、あなた達に会うはずがありません。」

 機を逸した問いかけに、煬威は笑って答えた。

「その通り、爺さん達は、俺たちの頭の上でややこしい話をしてたのさ。」

 少しも気の利いていない軽口に、しかし、シャビィは手を打った。先日も、床下で門主の様子を探っている連中はいたのだ。

「大帆行の床下に潜んでいたのもあなた達だったんですね?」

 大きな体に似合わない素直さが、煬威の脇腹をくすぐったのだろう。煬威の馬鹿笑いは雨音をかき分け、もはや手綱のとりようもないほどに活き活きと駆け回った。

「ああ、どうにも寺院の様子がおかしってんで、こんな格好させられて、くっさいおっさん相手に聞き込みしたり、じめじめした床下で我慢比べしたり、毎日そんなんの繰り返しよ。せっかく南の島に来たってのに、これじゃナンパもできやしない。」

 目を白黒させているシャビィの隣で、リシュンは小さくため息をつき、腰に拳をあてた。

「これで納得していただけましたか?私が門主に協力してもいなければ、シャビィさんが連絡係でもないということを。」

 話の腰を折られて眉間にしわを寄せた虎紳の向こうで、煬威は何度も頷いた。

「疑う気も失せちまったよ、少なくとも、このハゲは信じて間違いなさそうだ。あんたの考えてることは未だに全然わかんねぇけどな。」

 リシュンは煬威に微笑み返し、茶杯に湯を注いだ、いつの間に湯が沸いたのか、小手鍋からは暗い湯気がもうもうと立ち上っている。

「お茶の準備ができました。もうお召し物も乾いた頃合でしょう。どうぞ、部屋に上がってください。」

 なるほど、もう土間で火にあたっている必要もない。リシュンに招かれるままに、二人の兵士は卓子についたのだった。


その40へ続く


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