ふたり回し

小説投稿サイトとは別に連絡や報告、画像の管理などを行います

☶☴(山風蠱)――その55

いい感じにドタバタしてきた。

長かった山風蠱もいよいよクライマックスか……

その54より続く


 周りの男たちが見守る中、シャビィは大きく息を吸い込み、やにわに飛沫を上げて駆け出した。長年潮風にさらされているのだろう。しなびた甲板が、たるんだ音を立てた。

「待て!」

 血相を変えたヘムが、叫びながら追いかけてくる。シャビィは素早く長板を駆け下り、振り向きざまに足で蹴飛ばした。

「逃がすな、盗人だ!」

 ヘムは大きく女装をつけて、船から埠頭へ飛び降りた。先をゆく担夫達をすり抜け、シャビィはがむしゃらに走り続けたが、木箱を担いでいたのではどうあがいても勝負にならない。目障りな男たちを蹴散らしながら、ヘムはみるみるシャビィに迫ってきた。

「何しやがる!」

 バンダナの男を躱すと、シャビィの目の前に広場が開けた。シケで船が止まったせいか、人通りはほとんどない。屋台の主人たちが火を止めて、世間話をしているくらいだ。

 ここで木箱をひっくり返したところで、悪事の証は立てられない。多くの商人と買い物客で賑わう、ナルガ一の大通りを目指して、シャビィはありったけの力を振り絞った。血の重みを振り払い、絶え間なく足を踏み出し、腱の悲鳴をねじ伏せて、石畳を送り出し、ただひたすらに前へ、前へ。勢いをつけて検問所を突き破ろうとしたそのとき、聞き覚えのある声がした。

「後は任せろ!」

 煬威だ。シャビィに向かって突き進む荒々しいヘムの走りに、検問所の兵士たちが体でぶつかってゆく。ヘムが地面に倒れ込んだ表紙に、青みがかった禿げ頭がフードの中から現れた。

「放せ、仏敵め。今に仏罰が下るぞ!」

 鼻血を垂れ流しながら、ヘムは煬威達を呪った。

「よく言うぜ、この不良坊主が!」

 煬威がヘムの頭を殴りつけ、すべてが片付いたように見えたが、兵士たちが勝どきを上げたのもつかの間、船に乗っていた力自慢の修行僧たちが、ヘムを助けに駆けつけた。倉庫から飛び出した虎紳達の班も加わり、黄色い僧服が棍に打たれ、緑の隊服が投げ飛ばされ、港の広場は、瞬く間に合戦場と化している。シャビィはこの隙に乗じて、なんとか人だかりに食いついた。

 ところが、木箱を放り投げようと振りかぶったそのとき、シャビィは水溜りに足を滑らせてしまった。足にかかっていた重みが後ろに逃げ出し、大きな体が宙に浮き上がり、水溜りに倒れふしたシャビィを捨て置き、木箱だけが人ごみに突っ込んでゆく。

 重たげな音を立てて木箱は角から階段にぶつかり、激しく回りながら高々と跳ね上がった。四角い蓋が弾け飛び、香木の板切れが中に振りまかれるのを、通りの人々が口を開けて眺めている。中身が減って軽くなった木箱は二、三度跳ね返り、石段に引っかかって漸くその場に落ち着いた。

「おのれ、よくも!」

 混戦から抜け出したヘムが、散らばった護符を這いつくばって集めだした。この場にもはや用はない。シャビィは手をついて起き上がろうとしたが、水溜りの中にとんでもないものを見つけてしまった。


 浅黒く日に焼けた、団子鼻の禅僧である。



その56へ続く


アルファポリスのポイント集計へのご協力をお願い申し上げます。