ふたり回し

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脚光

ジートにもお楽しみが必要というわけ。


 おはようございます、親方。整備班が一斉に挨拶する間も、ニコライはハンガーの中をきょろきょろと探っている。

ボルゾイはすぐにでも使えます。丁度、昨日組み直したところですよ」

 昨日のボルゾイは、ニコライのものだったようだ。班長は一番手前のボルゾイを指したが、ニコライは手を振った。

「いや、今日はアレクのやつに用事があってな。ちょっと借りてもいいか?」

 サングラスが鋭く光り、それからアレクを見つけて止まった。倉庫のことだ。何かあったのか、何もなかったのか。どちらかと言えば、何もないときの方が拙い。

「ええ、大丈夫です。今日は特に立て込んでいる訳ではありませんから」

 アレクは立ち上がり、軍手をポケットに押し込んだ。

「戻ってこれるように祈ってくれよ」

 おいおい、何をやらかしたんだって? 苦笑いを浮かべるアレクを見て、レフ達は控えめに笑った。怒るでもなく、笑うでもなく、ニコライは黙って突っ立っている。ハンガーを後にしてエントランスホールの外周を歩き、エレベーターに乗り込んでから、ニコライはやっと口を開いた。

「お手柄だったな。国安の張り込みは手下に確かめさせた。今は売買に関わってた連中を順次引き上げさせてるところだ」

 在庫が全部飛んじまったのは災難だったがな。ニコライは銀色の壁に寄りかかった。滑車の音と小さな揺れが、見えない縦穴を昇ってゆく。

「手遅れだったかな」

 アレクが項垂れると、ニコライは派手にため息をついた。

「おいおい、お手柄だって言ったろ? 奴らも上手く隠してやがったからな。お前が教えてくれなけりゃ、十倍の金が飛ぶところだった」

 操作パネルのランプは、一番上まであと少し。一番上は大通りで、それより上の階は無い。地下基地なのに出口が底にあるというのは、どこか逆説的に聞こえる。

「こいつはお前の分け前だ。俺はにまだ後始末があるが、お前は先に楽しみな」

 ニコライはアレクに無地の封筒を押し付けた。重なった紙の縁と面の持つ平らな張りが、ツナギ越しでもよく分かる。アレクは金に手を付けず、目を白黒させながら封筒とニコライを見比べた。

「わ、分け前って、俺は参加したわけじゃ……」

 待ち伏せのことを教えたのは、ただの人助けに過ぎない。密輸の儲けを突きつけられて、アレクは一歩後ずさった。小さな紙の塊が、鉛の重さを滲ませている。

「じゃあ、礼だと思って受け取れ。お前、まだ殆ど文無しだろうが」

 目をそらしたアレクに、ニコライが一歩詰め寄った。ステンレスに金具がぶつかる、冷たい音。礼と言われては逃げ場がない。アレクは仕方なく封筒を手に取った。

「あ、ありがとう……」

 脳味噌が軽く浮き上がり、ブザーが到着を知らせた。人違いな大金を見れば、皆あれこれ詮索するに決まっている。ハンガーに戻るのは、部屋に金を置いてからだ。アレク達と入れ違いに何人かの悪童を乗せ、エレベーターは再びアジートの底へ戻っていった。

 

「で? 何の用事だったんだよ」

 手ぶらで戻ったところで、詮索されないわけがなかった。二人のことを放って作業中の振りをしながら、先輩たちもちらちらとこちらを窺っている。

「金を押し付けられた」

 アレクはレフの手を肩から払い落とし、耳元にこっそりと囁いた。

「城を探索してるときに、軍人かなんかに引っかかって……それで、聞いちゃったんだ、倉庫が見つかったって、話」

 短い口笛を飛ばして、レフはアレクに囁き返した。

「それで、親方に報告したってわけか」

 何だい、最初から大活躍じゃねぇの、アレク君。大声で笑いながら何度も背中を叩くので、皆が恐る恐る集まってきてしまった。

「大活躍だって? 何があったんだ?」

 レフには余計なことを言わない方がよさそうだ。アレクが硬い笑みを浮かべながら適当に相槌を打っていると、見かねた班長が助け舟を出してくれた。

「詮索しなくても、必要になれば親方が話してくれるよ」

 ほら、エンジンを早く載せないと。演習始まるまで、後20分だ。班長が手を叩くと整備班は持ち場に戻り、アレク達もさりげなく取り付け作業に加わった。黒いスケルトンフレームには、ザイロンの網目がうっすらと浮かび上がっている。エンジンをジャッキアップして黒いアバラの中に滑り込ませ、角のボルトを大急ぎで締めた。2ローター式を機械接続した、B字型4ローターエンジンだ。見てくれは肉薄だが、400馬力を叩き出す。

「コードは繋いだぞ」

 アレクが伝えるより早く、先輩は反対側で過給機を取り付けている。アレクは一番大きいギヤを手に取り、エンジン中央から出た四角いシャフトに噛ませた。同じ大きさのギアにシャフトを通し真上の穴に差し込めば、後はケースを被せるだけ。嵌った。ギヤポンプは上がりだ。

「ジャックの色、間違えないでくれよぉ」

 意地の悪い笑みを浮かべ、レフがアレクを冷やかした。

「そんなこと何度も間違えるか。分かってるよ。赤が左で青が右だろ」

 組上がったギヤポンプにパイプを繋ぎラジエーターをねじ止めすれば、一まずエンジンは上がりだ。冷却水、エンジンオイル、作動油を注ぎ込めば、枯れていたボルゾイは蘇る。作動油の注入が始まると、くぐもった音と一緒に油の乾いた臭いが広がり出した。

「意外と早く片付いたな」

 ホースに繋がれた車体を眺め、壁に寄りかかってだべっているうちに、一人目の隊員がやって来た。丸刈りの浅黒いアジア人。最初に世話になったバトゥだ。

「おはようございます」

 整備班が挨拶を返すと、バトゥは目敏くアレクを見つけた。

「お、ホントにレフの後輩やってやがる。どうだ? やっていけそうか?」

 アレクは肩をすくめ、気の抜けた返事を寄越した。

「やっと油の臭いに慣れて来たところだ」

 いつの間にか、この臭いが当たり前になっている。一晩寝ただけで、こうもあっさり変わってしまうものなのだ。

「やー、結構手際イイっすよ。元々機械弄ってだけあって」

 レフは冗談を交えず、存外さらりとアレクを褒めた。

「そりゃよかった。俺達の命もボルゾイにかかってるからな。これから宜しく頼む」

 差し出された手は、大きくて力強い。アレクはなんとなく出した手を止め、軍手を外してからバトゥと握手を交わした。

「こちらこそ。借りを少しでも返させてくれ」

 バトゥは小さく首を振り、頼もしい笑顔を見せた。

「困ったときはお互いさまだ。田舎臭いと馬鹿にされるかもしれないが」

 何でも、バトゥの郷里はモンゴルの奥地らしい。砂に飲まれた故郷を捨て、北に逃れた部族の末裔。大地を焼き尽くす太陽、凍てつく夜の砂漠、乾いた土を巻き上げフードに打ち付ける、嵐の音。僅かに生き残った者たちを、しかし党はすげなく追い返したという。

「ヤッホー! 皆、今日も元気してる?」

 バトゥの昔話を聞いていると、エカチェリーナが現れた。二、三人のいかつい手下を連れている。タンクトップ一枚で手を振るエカチェリーナの声は場違いなくらいに明るい。

「今日はもう上がりよ! ボルゾイが出入りできなくなるから」

 エカチェリーナが手を叩き、乾いた音が脂の臭いを打ち払った。

「バザールですか? 随分と急ですね」

 働き始めてまだ二日だが、班長の察しの良さをアレクはよくよく思い知っている。

「ええ、街中の仲間が、商品と一緒に引き上げてくるんですって。ぼちぼちトラックが入ってくるんじゃないかしら」

 ウスリー島の他にも、ニコライ達の商品はあちこちに隠してあったようだ。しばらくして大型トラックが姿を見せ、それを皮切りにバンやらトラックやら、大小様々な輸送車がホールに流れ込んできた。

「せっかくのバザールだ、ハンガーは一旦片付けて、皆でお店を回ってみようか」

 ウラー! こんなときだけ素直なのだから、アレクも含めて随分と勝手な連中だ。気前のよい提案に議論の余地などあるはずもなく、露店が並ぶ倍の速さで店じまいが行われたのだった。