ふたり回し

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励起

戦闘終了。

やはり戦闘シーンは大変だった^^;


 近すぎる。回避が間に合わない。考える前に、人差し指が引き金を引いていた。視界を遮る発火炎と、銃声の洪水。両手を外側に捻ると、サルーキは幹に跳びかかった。穴だらけの幹を蹴り倒し、再び右へ。降り注ぐ弾幕が、大木が土に沈む分厚い音を遮った。銃口は息もつかず、更にサルーキを追ってくる。イワンはフットペダルを二度踏み、強引に追撃を逃れた。

 その場で機銃を避けるにも、限度というものがある。イワンは右からヘリの側面に回り込み、射角の外側へ逃げ込んだ。土に突き立てた爪が滑り、ずるずると車体が外に逃げる。

「敵機、回頭! 足が止まりました」

 バトゥが叫び終わるよりも早く、ニコライは発射を命じた。

「撃て!」

 鈍い星空を貫き、サルーキとすれ違う鋭い光の尾。続けざまに二発のミサイルが放たれ、赤い光に夜の森が浮かび上がった。破片榴弾の重たい振動に、ヘルメットが軽く震える。振り返るまでもなく、二つ目の轟音が聞こえてきた。あるべき場所に、敵が還った音だ。残りの蠅も同じように、炎の中に叩き落としてやる。イワンはサルーキを止め、エンジンを落とした。

 空を見上げると、ヘリは隊列を乱し、闇雲にフレアを播いている。安全圏から撃ち下して楽に片付けるつもりだったのだろうが、実戦はそうそう楽に運ぶものではない。愚か者にふさわしい、実に無様な末路だった。

「次だ! バトゥは手前、モーゼスは海側の機体を狙え」

 残った三機が応戦を始めたが、もうイワンに向かって弾は飛んでこない。ロケットは頭上を飛び越え、燃え盛る森に降り注いだ。

「クッソ、フレア邪魔だし! 隊長、棒立ちじゃやられぱなしっすよ」

 浮足立ったモーゼスに、ニコライが釘を刺した。

「適当に播いてるだけだ。絶対にエンジン点けんなよ!」

 敵のサーモグラフは、恐らく山火事で塗りつぶされている。実際ボルゾイを狙うどころか、隠れ場所の見当さえついていない。じきにフレアが底をつき、味方の攻撃が再開された。真っ直ぐに一点を目指し、宙に突き刺さるミサイルの火。一つ、また一つと鮮やかな炎が花開き、赤い尾を引いて森の中へと散ってゆく。

「目標への着弾を確認」

 バトゥが弔辞を読み上げると、無線越しに安堵が広がった。終わってみれば、一方的な勝利に近い。イワンはポケットから煙草を取り出し、厚いグローブの指で箱の底を軽く叩いた。

「うし、上出来だ。イワン、燃料はあるか」

 残っている。ニコライに返事をしてから、イワンは煙草を咥えた。

「いやー、ガチで死ぬかと思ったぁ」

 モーゼスは流石に気が抜け過ぎだ。可能性は高くないが、増援がこないとも限らない。

「軟弱者め、少しはオッサンを見習え。4機に追い回されても、平然と帰って来たぞ」

 バトゥの口ぶりは、余りにも和やかだった。本当に、何事もなかったかのように。皆無事で乗り切れたかのように。イワンは会話に加わらず、マッチに火を点け、煙草の先に移した。

「お前ら、撤収だ。グズグズしてると港で捕まるぞ」

 本当に何事も起こらなかったというのだろうか。ニコライが怒鳴ったのも、単に作戦のためだった。イワンが吸い込んだ煙の臭いが、肺の奥で澱にかわってゆく。

「それで、どうしますか、親方。アントンの骨は」

 バトゥだけは、欠けた仲間を忘れていなかった。捜査隊に拾われても、丁重には扱ってもらえまい。今が同志を連れ帰る最後のチャンスだ。

「諦めろ」

 ニコライの返事は、重く、短く、そして冷たい。マッチをグローブでもみ消し、イワンは藪の中に投げ捨てた。

「まあ、そうなっちまいますよね」

 無駄なおしゃべりに、時間を使い過ぎだ。イワンはサルーキに飛び乗り、エンジンに点火した。ターボファンの鳴き声が鋭さを増し、油圧系の青い針が白いゾーンに近づいてゆく。サルーキが立ち上がったところに、別動隊から無線が入った。

「こちらエカチェリーナ。子供達の受け渡しが終わったわ。今車に戻ってきたとこ」

 別動隊の作戦は上手くいったようだ。子供達は救い出され、もう実験台として虐げられることもない。カルラが知れば、どれだけ安心することだろう。

「先に港に向かってくれ。出港の準備も頼む」

 さあ、飛ばせ飛ばせ。ニコライの指示に従い、再び山を駆け上がる猟犬達。上下に揺れるサルーキの上、グリップから手を放し、アレクは両手でかくようにしてイワンの夢から浮かび上がった。

 扉の前に座り込んでいると、逆に床が揺れているような気がしてくる。躍るサルーキ、降り注ぐ銃声、夜の中に膨れ上がる炎。アレクは床に手をつき、暫くの間惚けていた。どこを探しても、先輩への説明が見つからない。作戦は成功した。子供達は助かり、ニコライ達は帰ってくる。ただ、その中にアントンはいない。余り話したことはなかったが、全く知らない男ではなかった。山の中に捨て置かれたきり、亡骸が残っているかどうかさえ分からない。一緒に戦ってきた筈のニコライ達にとって、しかし、それは大したことではないという。

 理解できずとも、戻って先輩に伝えなくてはならない。アレクは立ち上がり、自分の扉へと歩きだした。

うたた寝の割には、随分と長かったなぁ……終わったのか?」

 声のした方を探すと、先輩が床を掃いていた。大方の片付けはもう終わってしまったようだ。

「作戦は成功したよ。まだ撤収は終わってないだろうけど」

 アレクが笑いかけると、先輩は両手で箒を天に掲げた。

「よっしゃー! やっぱウチのメンツ、タダもんじゃねえや!」

 アレクも同じように、勝利を喜ぶべきなのだ。アクシデントを乗り越え、実働部隊は子供達を見事に救い出した。それも追手を全滅させるというおまけ付きで。

「ああ、確かに凄かった。帰り道で攻撃ヘリに追いつかれてさ。それを返り討ちにするんだもんな、あの人達は……」

 だが、アントンは死んだ。勝ち戦でも、味方は死ぬ。ニコライの言葉の意味が、アレクには全く分かっていなかった。

「どした?」

 目を伏せたままのアレクを先輩は訝しがったが、腹の底に沈んだまま、答えは口から出てこない。

「いや、何でもない」

 アレクが伝えられたのは、後ろ向きな要望だけだった。

「それより、このこと、皆には黙っててくれないか? 仲間のことを覗いてたなんて、やっぱり気が悪いしさ」

 先輩がぎこちなく頷くと、アレクは立ち上がり、自分の箒を取りに行った。