ふたり回し

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俺は死を選ぶぞ! その5

Kも少しだけ、carnaに興味が出てきたかも……


 そのあとKから返って来たのは、一本の短いメールだけだった。

 恥を忍んで勇気を振り絞り、寿命をすり減らした俺への労いが「まあええやろ」だと。

 人を馬鹿にするのも大概にしろ。

 パンツ代だけでも回収したかったのだが、あれで体調を崩したのだろうか。

 Kはなかなか『みすまる』に出てこない。

 練習が全くできず、俺は黙々と例の赤黒速攻を調整し続けた。

 連絡が入ったのは、週も半ばを過ぎた木曜日だ。

 土曜の店舗大会には、なんとか参加できるという。

 お愛想程度の見舞いのついでに4,320円を請求し、俺は土曜が来るのを待った。


「久し振りだな、K」

 俺が声をかけると、Kは小さく手を挙げた。

 大会が始まるまで、まだ少し間がある。

 今のうちにスパーをして、勘を取り戻させつつデッキの動きを覚えさせよう。

 練習不足どころか、Kがこれを使ったのはたったの二、三回だ。

「お久しぶり。具合はどう?」

 パラガスが尋ねると、Kはケロリとした顔で答えた。

「まあまあや。一週間暇やったからな。暴れたりんくてうずうずしてんで」

 無駄な強気は相変わらずか。

 プレイヤーとしてコイツが持つ、ほぼ唯一の取柄である。

「ふん。もう心配はいらないみたいだな」

 言いながら、俺はテーブルの下で貧乏ゆすりを続けていた。

 今日の試合には、八汐さんも参加するらしい。

 Kが上達するより早く、ライバルばかりが次々に増えていく。

 ゴールが逃げていくこの状況で、足踏みをしている余裕などないのだ。

 

「まあ、お陰様でな。正直、助かったわ」

 Kは向かいに腰を下ろし、白いリュックをテーブルに乗せた。

 パラガスに聞こえないよう、俺はそっと耳打ちした。

「礼より先に、金を返せよ。しめて4,320円だ」

 10倍近いカード代を肩代わりしてやっているのだ。

 これくらいは自分で払ってもらうぞ。

「4千? オイ、Cタケ。お前、水増ししてぼったくる気やないやろな」

 逃げるどころか言いがかりをつけるとは、何という恩知らずだ。

 俺は身を乗り出し、Kに抗議した。

「水増しだと? お前、よくそんな罰当たりなことが言えるな」

 正真正銘4,320円だ。

 世の中にこれ以上確かなことはない。

 神にかけて誓ってやる。

「マッシュ、確かなことなんて何もないし、何も神に懸けて誓ってはならないっていうよ」

 パラガスめ、余計なことを。

 その洞察力を、半分でも試合に活かしたらどうなのだ。

「確かなことは何もない? そいつはよっぽどのボンクラのセリフだな。いいか? 十全な記憶と演繹の力を備えた者にとって、世界は実に明晰判明なものなのだ」

 俺がせっかく話しているのに、Kは頬杖をつき、これみよがしに欠伸をした。

「そんなややこしーこと言わんでも、レシート見せれば一発やろ」

 まずい。

 俺としたことが、物証を確保するのを忘れていた。

 ここでレシートを出せないと、買ったことすら疑われかねない。

「あのー……Kさん? 品物を見れば、大体の値段は想像がつくんじゃないかと……」

 Kはすかさずミスにつけ込み、パンツ代を踏み倒そうとした。

「なんや、ないんかい。ないんやったら、しゃーないな」

 なんと卑劣な。

 俺を陥れるため、Kは初めから罠を仕掛けていたのだ。

 

「仕方ないだろ! その場にレジがなかったんだから」

 思わず声を張り上げると、横合いから邪魔が入った。

「まあまあ、二人とも……一体、何の支払いで揉めてるの?」

 いっそここでバラシてやろうか。

 横目でKを睨み付けると、三割増しで鋭い眼光が返って来た。

「……いや、大したことじゃない。困ったときは、お互いさまだ。うん……」

 畜生、俺の厚意を返せ。

 いや、何年かかろうと、必ず取り立ててやるからな。

 俺は口をへの字に曲げて屈辱に耐えていたが、Kは金を返すどころか、あまつさえ取り立てようとした。

「Cタケ、デッキや」

 俺のタックルボックスには、勿論あのデッキが入っている。

 赤

 来る日も来る日もこのデッキを調整し続けたのは、こんな横暴な女のためだったというのか。

 初めからわかっていたことだというのに、俺は打ちひしがれてしまった。

「……ああ、ちゃんと持ってきてるよ。お前のいない間に結構変わったから、今のうちに練習して少しでも慣れておけ」

 俺は力なくデッキを差し出した。

 八汐さんたちがでっちあげた赤黒速攻を、再調整したものだ。

 Kは蓋を開けるでもなく、瞬きしながらケースを見つめている。

 別に始めてみるわけでもなかろうに、コイツ、そんなにチナポンが珍しいのか。

 俺が訝しがっていると、藪から棒にKは尋ねた。

「ウチがいーひんのに、ずっと?」

 生まれてこの方一度もやる気を出したことのないお前と、この俺を一緒にするな。

 たとえ相手がお前だろうとも、自分の仕事はキッチリこなす。

 俺には、デッキビルダーとしての矜持があるのだ。

「当たり前だ。あんないい加減に作ったデッキ、そのままにしておけるか」

 俺が鼻を鳴らすと、パラガスは冷やかした。

「その割には、熱心に調整してたよね」

 一言が多いのは、パラガスの最大の悪徳だ。

 こういう時は必ず、ここぞとばかりに俺の体面を狙ってくる。

「ええい、五月蠅い。さっさとスパーリング、始めるぞ!」

 俺はタックルボックスから水金のコントロールを取り出した。

 コントロールのミラーマッチに特化したデッキだから、Kの赤黒を活躍させやすいだろう。

 シャッフルしながら待っているのだが、Kは中々デッキを配置しない。

 この忙しいときに、まだ何かあるというのか。

「なあCタケ、あのデッキ、今日、持ってきとる?」

 あのデッキでは、どれか分からない。

 仕方なく聞き返すと、Kは気まずそうに答えた。

「初めて借りたデッキ、この間、八汐さんにも使っとったやろ」

 何かと思えば、水木の中速ビートか。

 まだまだ一線で戦えるデッキではないが、俺は常に持ち歩いている。

 先週も大会に持ち込んだし、課題を克服するべく調整中だ。

「ああ、あるぞ。デッキ、替えようか?」

 練習相手にするならスタンダードなデッキの方がいいのだが、構うまい。

 テーブルに置いたデッキがKの手にひったくられ、俺は目を丸くした。

 

「今日、これで出るわ。大会」

 無謀だ。

 この数分で使い方を覚えるつもりか。

「使うのか? お前が?」

 俺の戸惑いをよそに、Kはデッキを扇状に広げ、デッキの中身を確かめている。

 どうせいつもの気まぐれなのだが、人に言われて止める女ではない。

 冗談みたいなことを言うときに限って、コイツはいつも本気なのだ。

「何や? 強いと思たんやろ? お前が」

 無論弱くはないが、手順があまりに複雑過ぎる。

 ましてやKは、速攻以外をまともに使えた例がない。

「全く、一週間分の苦労を不意にしやがって……」

 とはいえ、調整後の水木がどこまでいけるか気にならないわけではない。

 複雑なデッキにKを慣れさせる必要もある。

 俺は咳払いして、水金のコントロールをシャッフルし始めた。

「いいか? まずはシュシュだ。狙えるようなら、惜しまずに夢占いも使っていけ……」