Kも少しだけ、carnaに興味が出てきたかも……
そのあとKから返って来たのは、一本の短いメールだけだった。
恥を忍んで勇気を振り絞り、寿命をすり減らした俺への労いが「まあええやろ」だと。
人を馬鹿にするのも大概にしろ。
パンツ代だけでも回収したかったのだが、あれで体調を崩したのだろうか。
Kはなかなか『みすまる』に出てこない。
練習が全くできず、俺は黙々と例の赤黒速攻を調整し続けた。
連絡が入ったのは、週も半ばを過ぎた木曜日だ。
土曜の店舗大会には、なんとか参加できるという。
お愛想程度の見舞いのついでに4,320円を請求し、俺は土曜が来るのを待った。
「久し振りだな、K」
俺が声をかけると、Kは小さく手を挙げた。
大会が始まるまで、まだ少し間がある。
今のうちにスパーをして、勘を取り戻させつつデッキの動きを覚えさせよう。
練習不足どころか、Kがこれを使ったのはたったの二、三回だ。
「お久しぶり。具合はどう?」
パラガスが尋ねると、Kはケロリとした顔で答えた。
「まあまあや。一週間暇やったからな。暴れたりんくてうずうずしてんで」
無駄な強気は相変わらずか。
プレイヤーとしてコイツが持つ、ほぼ唯一の取柄である。
「ふん。もう心配はいらないみたいだな」
言いながら、俺はテーブルの下で貧乏ゆすりを続けていた。
今日の試合には、八汐さんも参加するらしい。
Kが上達するより早く、ライバルばかりが次々に増えていく。
ゴールが逃げていくこの状況で、足踏みをしている余裕などないのだ。
「まあ、お陰様でな。正直、助かったわ」
Kは向かいに腰を下ろし、白いリュックをテーブルに乗せた。
パラガスに聞こえないよう、俺はそっと耳打ちした。
「礼より先に、金を返せよ。しめて4,320円だ」
10倍近いカード代を肩代わりしてやっているのだ。
これくらいは自分で払ってもらうぞ。
「4千? オイ、Cタケ。お前、水増ししてぼったくる気やないやろな」
逃げるどころか言いがかりをつけるとは、何という恩知らずだ。
俺は身を乗り出し、Kに抗議した。
「水増しだと? お前、よくそんな罰当たりなことが言えるな」
正真正銘4,320円だ。
世の中にこれ以上確かなことはない。
神にかけて誓ってやる。
「マッシュ、確かなことなんて何もないし、何も神に懸けて誓ってはならないっていうよ」
パラガスめ、余計なことを。
その洞察力を、半分でも試合に活かしたらどうなのだ。
「確かなことは何もない? そいつはよっぽどのボンクラのセリフだな。いいか? 十全な記憶と演繹の力を備えた者にとって、世界は実に明晰判明なものなのだ」
俺がせっかく話しているのに、Kは頬杖をつき、これみよがしに欠伸をした。
「そんなややこしーこと言わんでも、レシート見せれば一発やろ」
まずい。
俺としたことが、物証を確保するのを忘れていた。
ここでレシートを出せないと、買ったことすら疑われかねない。
「あのー……Kさん? 品物を見れば、大体の値段は想像がつくんじゃないかと……」
Kはすかさずミスにつけ込み、パンツ代を踏み倒そうとした。
「なんや、ないんかい。ないんやったら、しゃーないな」
なんと卑劣な。
俺を陥れるため、Kは初めから罠を仕掛けていたのだ。
「仕方ないだろ! その場にレジがなかったんだから」
思わず声を張り上げると、横合いから邪魔が入った。
「まあまあ、二人とも……一体、何の支払いで揉めてるの?」
いっそここでバラシてやろうか。
横目でKを睨み付けると、三割増しで鋭い眼光が返って来た。
「……いや、大したことじゃない。困ったときは、お互いさまだ。うん……」
畜生、俺の厚意を返せ。
いや、何年かかろうと、必ず取り立ててやるからな。
俺は口をへの字に曲げて屈辱に耐えていたが、Kは金を返すどころか、あまつさえ取り立てようとした。
「Cタケ、デッキや」
俺のタックルボックスには、勿論あのデッキが入っている。
赤
来る日も来る日もこのデッキを調整し続けたのは、こんな横暴な女のためだったというのか。
初めからわかっていたことだというのに、俺は打ちひしがれてしまった。
「……ああ、ちゃんと持ってきてるよ。お前のいない間に結構変わったから、今のうちに練習して少しでも慣れておけ」
俺は力なくデッキを差し出した。
八汐さんたちがでっちあげた赤黒速攻を、再調整したものだ。
Kは蓋を開けるでもなく、瞬きしながらケースを見つめている。
別に始めてみるわけでもなかろうに、コイツ、そんなにチナポンが珍しいのか。
俺が訝しがっていると、藪から棒にKは尋ねた。
「ウチがいーひんのに、ずっと?」
生まれてこの方一度もやる気を出したことのないお前と、この俺を一緒にするな。
たとえ相手がお前だろうとも、自分の仕事はキッチリこなす。
俺には、デッキビルダーとしての矜持があるのだ。
「当たり前だ。あんないい加減に作ったデッキ、そのままにしておけるか」
俺が鼻を鳴らすと、パラガスは冷やかした。
「その割には、熱心に調整してたよね」
一言が多いのは、パラガスの最大の悪徳だ。
こういう時は必ず、ここぞとばかりに俺の体面を狙ってくる。
「ええい、五月蠅い。さっさとスパーリング、始めるぞ!」
コントロールのミラーマッチに特化したデッキだから、Kの赤黒を活躍させやすいだろう。
シャッフルしながら待っているのだが、Kは中々デッキを配置しない。
この忙しいときに、まだ何かあるというのか。
「なあCタケ、あのデッキ、今日、持ってきとる?」
あのデッキでは、どれか分からない。
仕方なく聞き返すと、Kは気まずそうに答えた。
「初めて借りたデッキ、この間、八汐さんにも使っとったやろ」
何かと思えば、水木の中速ビートか。
まだまだ一線で戦えるデッキではないが、俺は常に持ち歩いている。
先週も大会に持ち込んだし、課題を克服するべく調整中だ。
「ああ、あるぞ。デッキ、替えようか?」
練習相手にするならスタンダードなデッキの方がいいのだが、構うまい。
テーブルに置いたデッキがKの手にひったくられ、俺は目を丸くした。
「今日、これで出るわ。大会」
無謀だ。
この数分で使い方を覚えるつもりか。
「使うのか? お前が?」
俺の戸惑いをよそに、Kはデッキを扇状に広げ、デッキの中身を確かめている。
どうせいつもの気まぐれなのだが、人に言われて止める女ではない。
冗談みたいなことを言うときに限って、コイツはいつも本気なのだ。
「何や? 強いと思たんやろ? お前が」
無論弱くはないが、手順があまりに複雑過ぎる。
ましてやKは、速攻以外をまともに使えた例がない。
「全く、一週間分の苦労を不意にしやがって……」
とはいえ、調整後の水木がどこまでいけるか気にならないわけではない。
複雑なデッキにKを慣れさせる必要もある。
俺は咳払いして、水金のコントロールをシャッフルし始めた。
「いいか? まずはシュシュだ。狙えるようなら、惜しまずに夢占いも使っていけ……」