Cタケ、ついに捕まる(苦笑
そんなことは百も承知だ。
男物のパンツなら、こんな危険を冒さずとも手に入る。
「それでいい。俺が欲しいのは、女のパンツだ」
俺の放つプレッシャーに、店員はたじろいだ。
「それはその、プレゼントということでしょうか……」
緊急事態だ。
ラッピングする時間も惜しい。
Kとて、包装を気にする余裕はないだろう。
「いや、普通の包装でいい」
俺は踵を返し、再び店の奥を目指した。
狭い店内の両側にはどぎつい下着がぎっしりと並び、それが奥の試着室まで続いている。
奥の商品が見えるように、ハンガーラックは手前が低くなっているようだ。
大きさはなんとなく分かるが、問題はデザインか。
目いっぱい派手なのを選ばないと、また文句がうるさいだろう。
ゼブラ柄か、フリルか、紐か、シースルーか。
手前のハンガーを手に取ろうとしたとき、店員の叫び声が聞こえた。
「店長! 助けて下さい!」
手を止めて振り返ったのは、Kよりケバい女だった。
俺を横目に捉えるが早いか、こちらをじっと睨みつけ、大股で近づいてくる。
今更何が出てこようと、俺を阻むことなどできない。
一歩も引きさがることなく、俺は女に立ち向かった。
「お帰り下さい」
俺を見降ろし、女はドスのきいた声を突きつけた。
ご挨拶な。
ならば俺も宣戦布告だ。
「ああ。パンツを手に――」
せっかく啖呵を切ろうとしたのに、女は俺を通りすぎ、俄かに首が絞めつけられた。
襟だ。
襟が食い込んで、首がちぎれ――。
「出てけっつってんだよ、この変態オタクヤロー!」
変態といわれるような、一体何を俺がした。
俺はただ、パンツを買おうとしただけだ。
赤か黒で、フリルがついてるか、ヒョウ柄、トラ柄の、パンツを。
俺が、買う?
完全に変態ではないか!
収集するにせよ、使用するにせよ。
普通に着用するにしても、その時点ですでにアウトだ。
変態の汚名を着せられ、このまま殺されてはたまらない。
襟を掴んで引っ張る腕を、俺は弱弱しくタップした。
「ちが、……ちがう」
クソ、声が出ない。
俺が諦めかけた矢先に、なぜか女は手を放した。
「うわっ、汚ね!」
言うに事欠いて汚いだと。
オタクだというだけで、こんな扱いを受けるいわれはない。
寧ろオタクこそ優性種だということを、貴様たちDQNに思い知らせてやる。
「早まるな、俺のじゃない、自分用じゃないから!」
身勝手に金切声を上げる女たちに、俺は激しく抗議した。
「嘘! プレゼントじゃないって言った癖に!」
店員が俺を指さし、揚げ足を取ろうとした。
先手で逃げ道を塞ぐとは、何と小賢しい女だ。
カードゲーマーに駆け引きを仕掛けたこと、今ここで後悔させてやる。
「その、なんだ、それはですね……プレゼントではないんですけど……」
俺の抗弁を聞いて、店員たちはさらに眉を吊り上げた。
20年後、眉間の皺を伸ばすのにさぞ苦労することだろう。
そもそも、俺にはパンツに対する希求など露ほどもない。
こんな敵地は、それこそ願い下げだ。
「Kに言われて、何というか、仕方なくですね……」
それだ。
俺の脳裏に、電光よりも明晰で雷鳴よりも衝撃的なアイデアが去来した。
「そう、お遣い! 一言でいえば、これはお遣いなんです」
悪いがK、これが俺の限界だ。
お前の素性は誤魔化すから、それで良しとしてくれ。
「お遣いねぇ……」
店長は身をかがめて、俺をじろじろと値踏みした。
DQNめ、客を嘘つき呼ばわりしやがって。
少しは礼儀というものをわきまえたらどうなのだ。
「あー、なる。お前、イジられてんだ」
やはりコイツは、紛れもない屑の中の屑だ。
あのKでさえ、こんな下品な想像はしないだろう。
香水臭い体の隅々まで腐りきっているに違いない。
「畜生、俺だってこんな店願い下げだ! フリフリのパンツなんか欲しくねーよ! 一門の得もにもならねーのに根性試しさせられてんだ! こんな時くらい言うこと聞け!」
俺は拳を固く握り、思いのたけをぶちまけた。
文句はまだまだ山ほどあるが、これ以上は息が続かない。
「……じゃあ誰なんだよ、お前に頼んだ奴」
あの店長が、僅かにだがたじろいでいる。
このチャンス、逃してなるものか。
落ち着いて、深く息を吸え。
気負いすぎず、浮足立たず、自然体でしれっと答えるのだ。
「それは何というか、その……姉貴が、外で急に生理になっちゃって……デパートのトイレで待ってるから、ナプキンと替えのパンツを買って来るように言われまして」
凌ぎ切った。
店長から目を逸らさず、最後まで話しきった。
あと一歩、あと一歩で、替えのパンツに手が届く。
せっかくここまでこぎ着けたというのに、店長は返事を渋った。
このDQNは、一体何を迷っているのだろう。
さっさとパンツを売ってしまえば、それで万事解決ではないか。
「……嘘くさ。つうか絶対嘘だろ、ソレ」
バカな、俺のシナリオは完璧だったはずだ。
この上なくナチュラルでリアルに即していたではないか。
Kが姉に置き換わっているという、その一点を除いては。
俺はぎこちなく笑いながら、ひそかに打ちのめされていた。
いっそ変に気を遣わず事実を白状してしまえばよかったのかもしれないが、今となっては後の祭りだ。
一度失われたチャンスが、戻ってくることはない。
信じ込ませる算段もないまま、おれは破れた出まかせに縋りついた。
「ほ、ホントですよ。ほら、ナプキンを先に買ったんです。バファリンもあるし」
弱々しい状況証拠を、俺はビニール袋から取り出した。
ソフィサラの袋を見つめる店員たちの眼差しは、果てしなく細く冷たい。
これみよがしに溜息をつき、店長は俺に尋ねた。
「それで? それを言い分けに、女子トイレまで特攻するつもりだったと……変態じゃん、ヤバイよ」
言いがかりだ。
憶測だけで余罪を増やすな。
女子トイレ入りたさに生理用品を買って自己暗示をかける程、俺は旺盛でも病気でもない。
抗議しようとしたその時、俺はドラッグストアの袋をひったくられた。
「お姉さん、見過ごせないなぁ。妄想癖の変態が女子トイレに侵入しないように、デパートまでついていかないとなぁ」
さっさと案内しろよ。
レパード柄のパンツを手に取り、ビニール袋に突っ込むと、店長は俺の尻を蹴った。