ふたり回し

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憔悴ー4

やっぱ投稿しなくてもいい気がしてきたという何か。

 

「アレク、後で話があります」
 去り際の一言に、アレクは黙って頷いた。ここでは出来ない話ということだ。消灯後にいつもの中庭を訪れると、いつもと同じ佇まいでカルラがベンチに座っていた。
「何か動きがあったんですか?」
 それも恐らく、良い知らせではないことを、伏し目がちな微笑みが物語っている。
「いえ。あなたの身体のことです」
 アレクが隣に座った後も、カルラは城壁にきっかけを探していた。いつもより壁の陰が高いのは、日が低いせいだろうか。
「CTは、もう確かめましたか?」
 言われて初めて、アレクはブローカ野のことを思い出した。それこそアレクが倒れたときにコルレルが撮っていてもおかしくないのだが、未だに何の説明もない。
「いいえ……でも、今回のことで、結構進んでそうな気はします」
 肩の荷をひっくり返すと、足の踏み場がなくなってしまう。敢えて踏みつけることが、話を進める唯一の道だった。
「前に一度、後遺症の話をしてもらったじゃないですか……あの話、詳しく教えてもらえませんか」
 大脳を電極で刺激する実験の後遺症。以前カルラが倒れたのも、それが原因だという。アレクの強い眼差しに、、カルラは小さく頷いた。
「正しく説明をするならば――私達が自分の扉から出てこれるのは、ある機能を失っているからです」
 最後の一言には、冷たい縁取りが施されていた。首から下げた便利な鍵が、腸を引き摺りながら沈んでゆく。
「出られないことの方が、機能だっていうんですか?」
 ええ。カルラは逆説を取り下げず、堂々と答えた。
「意識を扉の内側に留める機能が働いているからこそ、人間は自我を保っていられるのです」
 毎度違う扉に入っていたとしたら、自分という概念すら生まれてこないだろう。カルラに言われて初めて、アレクは自分が扉に入った時のことを思い出した。
「そういえばありますね。入った瞬間、自分が覗いている相手になってるって感じ」
 いつの間にか、何も感じなくなっている。以前から突きつけられていた兆候の鋭さを、冷たい汗が伝い落ちた。
「萎縮が進行するに従い身体と意識の繋がりは失われ、次第に他者の意識が混ざりやすくなって行きます」
 症例の少なさからして、何も確かなことは言えませんが。落ち着いた口ぶりと裏腹に、今日のカルラは回りくどい。
「最終的に……いや、やっぱいいです」
 今の状況に、自分の心配をする余裕はない。アレクは考え直し、進行を遅らせる方法を尋ねた。打って変わって、黙り込むカルラ。傾きかけた日差しが、暗い風の合間に淡々と震えている。
「一つ、アレクさんに謝らなければならないことがあります」
 口をついて出てきた言葉は、問いかけへの答えではなかった。
「他者の意識を覗くことが、萎縮の進行を速めている可能性があります」
 これまで目立った症状が出なかったため、説明を先延ばしにしていたのだという。無論アレクが、及び腰になることを恐れてのことだ。カルラは背中を丸め、頭を下げたまま話し続けた。
「騙して利用していたのと変わらない……本当に申し訳ないことをしました」