ふたり回し

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拒絶ー2

絵をかくのもぼちぼち止めよう……不毛だ

「ご協力感謝します、サリエル先生」
 二度名前を呼ばれて初めて、サリエルは自分がアレクでないことに気づいた。なぜこれほど長く自分を見失っていたのだろう。ブランクが影響しているのか。
「何、礼には及びませんよ……それよりも、ガブリール刑事」
 サリエルに現況を説明させられて、刑事はいかにも退屈そうだ。アレク達が逃げたことは刑事も知っているらしい。アジートで二度目の戦闘が起きず、保安局が捜索範囲を広げているのだという。
東海岸を重点的にあたっているようですが、それは最悪の事態を想定してのこと。本命はウラル以西でしょう」
 各行政区の権限は縦割りだ。他所の縄張りで捜査をすれば、まずいい顔はされまい。そんなことをすれば、まず間違いなく汚職の暴き合いが始まってしまう。
「成程、殊モスクワ寄りの行政区では手を出すのが難しいでしょうな」
 壁にかかった地図を見やり、サリエルは相槌を打った。
「そしてこちら側の保安局は連中の相手に慣れていない」
 ヨーロッパと地続きの西ロシアでは、密輸業者から袖の下を受け取っていない役人を探すことの方が難しい。テロリストにとっては絶好の隠れ蓑だ。
「具体的な位置は目撃証言を追うとして、先生。先生はあの男をどうなさるおつもりですか?」
 移民として別人に仕立ててはどうか。サリエルの提案には、目を引くところも気にかかるところもない。移民のための改宗センターは、サリエルにとって実践の場であると同時に研究の場でもある。強制帰国者として国外に逃がすこともできるし、所内の死亡者とすり替えることが出来ればなおよい。隙のない理屈に阻まれ、刑事はとうとう痺れを切らした。
「改宗センターですか。それなら当初の予定通り、彼の夢を分析してみてはいかがです?」
 俄かには信じがたい話ですが。サリエルは断ってから刑事の目をじっと見つめた。
「空中に浮かぶ城の夢……その夢を見たのは、彼が初めてではありません」
 人体実験の存在には触れず、サリエルはЭ、カルラの記録を淡々と辿ってゆく。ユレシュの仮説、職員の夢、火事による計画の中止。コルレル所蔵の切り抜きとほぼ同じ内容だ。時折見つめ返しても、刑事の冷ややかな眼差しはサリエルの顔から離れない。
「つまり、居場所の分からない人物でも監視、盗聴できると。オハの研究所を見つけたのは、あの男かもしれないというわけですね」
 疑いが晴れたのか、刑事は行儀よく情報にありついた。相槌の後には静かな飢えが続き、サリエルを追いたてようとする。
「ユレシュはその先の可能性も見据えていました。エッシャーの城を通して、人間の意識や行動に影響を与えられるのではないかとね」
 保安局が撃退されたという話が本当ならば、そこにもやはり例の患者が絡んでいる可能性がある。サリエルはすかさず、刑事の問いを先取りした。
「我々が望んでいたのはその逆です。犯罪を未然に防ぎ、社会の安全を確かなものにすること……彼が協力してくれれば、彼のような人材を増やすことも出来るかもしれません」
 自分は断片的な情報しか持っていないが、彼の問診を取ることが出来れば多くの知見を得られるに違いない。話の着地点は、無論最初の交換条件だ。刑事は心地よい相槌を打ちながらサリエルを泳がせていたが、講釈が終わるや否や生徒のフリを止めてしまった。
「先生、あなた、嘘をつきましたね」